第27話 反撃の鐘
「はぁ」
追跡を阻む僕にセラムは一瞬だけ顔を歪ませたが、溜息をして冷徹な目を僕に向ける。
「最初からこうすればよかったんだわ」
「っ」
黒瘴灰が僕の周りを囲み始めた。慌てて上へと逃げようとするが。
「シャアッ!!」
「チッ」
そしてその黒瘴灰の檻は狭まっていく。あと数十秒もしない内に、僕は黒瘴灰に押しつぶされるだろう。
「どんなに力があろうと、〝浄灰〟が使えないこの空間で灰には敵わない。ああ、愚かよ。愚か。アナタも逃げたウジ虫たちも、灰の救済からは逃げられないのよ!!」
確かにそうだね。いくら霊力を練ろうと、この霊力霧散空間じゃ分厚い黒瘴灰を浄化することはできない。
「愚かで哀れな同族に、灰の救済を――」
だけどさ、僕一人で戦っているわけじゃないんだよ。
「ねぇ、東エリアの屋上にいるお友達は無事かな?」
「は? 何を――」
呆けた声が黒瘴灰の向こうから聞こえたの同時に、ドォーーン! と大きな爆発音が響いた。
「灰鉄流――
シャンッという“鬼鈴”の鈴の音とともに、僕は〝
「……どうして」
「そりゃあ霊力を霧散させてた霊具を壊したからだよ」
「ッ、誰がっ!?」
驚愕するセラムに僕は心の中で答えた。
マチルダだよ。
Φ
「っと」
ホムラが変な格好と口調で飛び降りたのと同時に、マチルダはガラス張りの天井に開いた穴から顔を出す。
(よし。いないですわね)
(敵の数は不明。仲間が多くおり、当然監視カメラを確認している者もいるはず。それにCランクの
監視カメラを避けるため屋上を走りながらマチルダは自分の役目を思い出す。
(けれど、一番厄介なのはこの空間ですわ)
屋上から見渡せるはショッピングモールを囲む巨大な黒瘴灰のドーム。
あれがある限り、マチルダたちはショッピングモールから逃げられる事はできず、聖霊騎士団たちも状況の把握や戦力の投入ができない。救援が望めない。
そして黒瘴灰のドームが聖域内にある事を許しているのは、霊力を霧散させる空間。いや、それを作り出す霊具。それによって、〝浄灰〟が使えず黒瘴灰を祓えない。
つまり、逆を言えば霊力を霧散させる霊具さえどうにかできれば、この状況を打破できるということ。
マチルダは東側付近を頂点として展開されている黒瘴灰のドームを見上げる。
『今現在、霊力を霧散させる霊具は四種類しかなくて、保管場所やその出力規模を考えると二つまでに絞れる。そこから黒瘴灰のドームの大きさや位置とショッピングモールの地図とかを比較すると……あ、ごめん。結論だけ話すよ。つまり、東の駐車場屋上にその霊具があるんだ』
ホムラの言葉を思い出し、
「落ち着きなさい。こんな事、どうって事はない。
緊張と恐怖にすくみそうになる自分を叱咤しながら、マチルダは走った。西側にある駐車場の手前までたどり着く。
「当然、駐車場内にも監視カメラはある」
駐車場はショッピングモールよりも高い。七階建てだ。屋上をいれれば八階分の高さとなる。
マチルダはその場でピョンピョンと飛び跳ね、ウォーミングアップをする。そして、数メートル後ろへと下がり。
「行きますわよっ」
全力で身体強化をして走り出し、四階も上の駐車場屋上へ向かって大ジャンプする。
「届きなさい!」
マチルダは必死に手を伸ばした。
「よしっ」
ギリギリ屋上の柵に手が届き、マチルダはぶら下がる。力を込めてマチルダは柵をよじ登った。
「東はあっちですわね」
屋上にある監視カメラの位置を確認しながら、駐車されている車で身を隠しながら、東側へと移動する。
霊力で視力を強化する。
「……アレですわね」
西側の駐車場から約一キロ先。その反対側に位置する東側の駐車場屋上。西側の駐車場よりも一階分低いその屋上には、車二台分ほどの高さの釣り鐘型の機械が置かれていた。
霊力を霧散させる空間を作っている霊具だ。
その周囲には灰色の司教服を着た三人の男と子供ほどの大きさの兎が二体、
兎の
車の物陰に隠れながらその様子を見ろしたマチルダは、固有霊装を展開する。
「万物を穿ちなさい、“カリヨンCG”」
現れたるはスナイパーライフル。黒を基調とし、前床には黄金で魔女と鐘の意匠が彫られている。
そう。マチルダはたった八人しかいないスナイパーライフル型の霊装保持者の一人なのだ。銃型の霊装保持者は少なく、さらにスナイパーライフル型はさらに少ないのである。
だからテロリスト側は想定できなかった。一キロも先の霊具を一瞬で壊す存在を。
マチルダは駐車場の床に這い、柵の隙間から“カリヨンCG”の銃口を出す。狙うは釣り鐘型の霊具。
「ふぅ……」
マチルダは深く深呼吸する。
(チャンスは一度きり。あそこにいる誰もが反応できない程の速度で、あの霊具の動力部を撃ち抜く)
弓や銃など遠距離型の霊装は矢や弾丸の生成をする必要があるため、他の霊装よりも霊力の消費量が大きい。
その代わり霊力がある限り弾数を気にする必要はなく、霊力を余剰に込めたり密度をあげたりすれば飛距離や速度などをあげる事ができる。
(練りに練った
マチルダの霊力量はBに近いCランク。小さい頃からローズを追いかけて鍛え上げた霊力量だ。
その半分をゆっくりと弾丸一つに込め、装填する。
“カリヨンCG”のライフルスコープを覗き、マチルダは引き金に人差し指をかける。
風の動き、手の震え、呼吸。ありとあらゆる全てを意識し、集中する。
(今!)
あらゆる全てが静寂した一瞬、マチルダは引き金を引いた。黄金の弾丸が音速の三倍を超えた速さで射出された。
そして弔いの鐘の音のごとくパァーーンと銃声が響いたのと同時に、釣り鐘型の霊具が爆発したのだった。
Φ
霊力を霧散させる霊具が壊れた事実にセラムは唖然とする。その時、セラムが持つ無線から叫び声が響いた。
『せ、セラム様! 影がっ! 糸が影が俺たちをッ!』
『セラム様ッ!
『水が、水が押し寄せてッ!』
『ね、ねずみびと……ガアァアアア!!』
「どうしたのッ!? アナタたち、返事をしなさい!!」
セラムが怒声を放つが、無線からは返事が返って来ない。
……僕たち以外にも動いた人がいるのかな? これなら他のエリアの人質の保護は任せてもいい感じかな。
なら、僕はあの子供たちが外へと逃げられるまでの時間を稼げばいい。余裕ができた。
「お、おい、セラム。どうしたんだよ。何かあったのか?」
「ッ! どうしたも、全てがご破算よ! あの霊具を手に入れるのにどれだけ苦労したと思ってるのよ!!」
セラムが僕を睨んだ。
「全部全部お前のせいだわ!! どうして灰に祝福されし鼠人族が灰の救済に歯向かうのよ!! どうしようもなく哀れで醜いウジ虫どもを守ろうとするのよ!!」
その叫びには人間への強い憎しみがこもっていた。
「もういいわ! お前たち、全てを壊しなさい――」
セラムが
「業火の裁きを! 紅蓮流奥義――
「「なっ!」」
≪竜の祝福≫・〝竜翼〟を発動させたローズが豪速で飛翔してきて、炎を纏いながら
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