第26話 あたおか作戦

 ローズが制服を脱ぎ始めた時。


「あのバカッ」

「マチルダ、落ち着いてっ」


 身を乗り出してガラスフェンスから飛び降りようとしたマチルダを止める。


 マチルダは小声で怒鳴る。


「離してくださいましっ。あんな屈辱を味わうのはわたくしだけで十分なんですのっ。大体、アナタはどうしてそんなに落ち着いてますのっ」

「落ち着いてないよっ。怒りで一杯だってっ。でも、ここでマチルダが飛び出したら、それこそローズのためにならないっ」

「ッ」


 マチルダは目を見開き、何度か深呼吸をした。


「……取り乱しましたわ」

「大丈夫。それよりも僕ももう我慢ならないし、さっさと作戦を実行するよ」

 

 僕は立ち上がる。ホームセンターで買ったバールのような物を手に取り、近くの服屋にあった黒コートを制服の上から羽織る。


「……アナタ、本当にそれで行きますの?」

「作戦成功のために徹底しないといけないから」

 

 僕はガラスフェンスに手をかける。


「じゃあ、作戦通りお願いね」

「……ええ、任せてくださいまし。わたくしの腕前はその筋の聖霊騎士にすら劣りませんわ」


 僕とマチルダは互いの幸運を祈るようにサムズアップし、そして僕は四階から飛び降る。


 ……ふぅ。夜な夜な練習していた成果を見せる時が来たようだね。僕の好きな漫画の主人公のように振る舞う時が。

 

 恥ずかしさを捨て去り、僕はすぅっと息を吸った。


「ライバルよ。もう安心しろ。我が来た」


 黒コートをはためかせながら着地し。


「さぁ、同族よ。我が相手だ」

「は?」


 バールのような物をセラムに突きつけた。ローズやバーニーも含め、その場にいた全員が呆然とした。


 セラムがハッと我に返り、鋭い目を僕に向けてくる。


「……アナタ、誰よ」

他人ひと誰何すいかするならば、まずは己が名を名乗り給え。常識だろう?」

「……セラム・パースキューセット。灰の明星の一員であり、偉大なる灰の神のしもべよ」


 疑念と警戒の表情を浮かべるセラムは、けれど僕の空気に飲まれているせいか面白いほどあっさりと話してくれる。


 ……それにしてもやっぱり灰の明星か。嫌な予感があたちゃったな。


 僕は悠然と歩き、ローズたちと向かい合うように、つまりセラムたちを挟むような位置へと移動する。カッコいいポーズをとる。


「セラム・パースキューセットか。貴様、クイエム聖域出身ではないな」

「……私は名乗ったわ。今度はアナタが名乗りなさい」


 その反応だけで分かる。彼女はクイエム聖域出身ではない。


 そもそも地元を出た人の顔と名前は全員覚えているので、最初から分かっていたことだけど、一応確認をとったまで。


「我は一期ホムラ。アルクス聖霊騎士高校に通う、どこにでもいるただの学生さ」


 滅茶苦茶カッコいいポーズをしながら、僕はフッと笑い、ローズを視線を送る。呆然としていたローズはハッと息を飲み、バーニーに視線を送る。


 うん、やっぱりローズは凄い。視線一つで僕の考えを読み取ってくれた。


 僕はローズと約束した。一人で戦わないと。だから僕はローズを頼る。マチルダとバーニーも頼る。


 頼ってこの状況を切り抜けて、皆を助ける。


 だから、集中しろ。言葉の選び方、間の取り方、視線や手の動きに至るまで。その全てをコントロールして、有利な状況を作り出すんだ。


 セラムが蔑むような目を僕に向けてきた。


「鼠人族がアルクス聖霊騎士高校の学生? 何の冗談かしら? しかもその格好に口調。ごっこ遊びでもしているのかしら? ああ、哀れだわ。灰に祝福されし同族がここまで愚かな――」

「ペラペラと回る口だな。喋ることでしか己の価値を示せぬ道化よ」

「は? 道化ですって?」

「貴様だ。お人形遊びが大好きなその自称神とやらの道化しもべなのだろう?」


 セラムの表情がストンと抜け落ちた。


「鼠人族風情が。我が神を侮辱するなんてっ!」


 セラムは拳銃を取り出し、僕に向かって引き金を引いた。


 よし! 第一段階成功! ローズたちを人質に取られることなく、直接力で僕を潰しに来た!


「ふんっ。たわいない」

 

 バールのような物で弾丸を斬る。真っ二つに割れた弾丸が地面に転がった。


 セラムは驚愕する。


「は? どうやってっ」

「真っすぐにしか飛ばない弾など、どんなに早くとも止まっている的のようなものだ」

「ッ! 鼠人族がそんな事できるわけないだろっ!」


 今まで黙っていたアルムが怒鳴る。僕は肩を竦めた。


「貴様の目はその事実も見れぬほど、節穴なのか?」

「ッ! 言わせておけば――」


 アルムは僕にとびかかろうとして。


「やめなさい」


 セラムが止めた。そして鋭く目を光らせ、僕を指さした。


「戯言に付き合っている暇はないわ。可愛いワンちゃん。殺しなさい」


 黒瘴こくしょう狼が一体、僕の前へと躍り出る。


「……ふぅ」


 ここからが正念場だ。


 そこらの物語の主人公より主人公している兄ちゃんは色々な黒瘴獣こくしょうじゅうに襲われるだけでなく、様々なトラブルに巻き込まれた。


 その中には強盗やテロリストなどもいたそうな。


 だから、兄ちゃんには強盗やテロリストたちを御する方法を知っていた。


 それはテロリストよりも弱い存在が頭の可笑しな言動をし、自分の命を脅かすほど脅威でない且つ全く理解できない状況を作り出すことだ。


 つまり、あたおか作戦である。


 そして頭のおかしい存在を目の間にしたテロリストは、状況を理解するのを放棄して保有している暴力でねじ伏せようとしてくる。


 そのタイミングや暴力の種類はその時々アドリブで誘導しなければならず、僕にはその経験がないから上手くできるかは賭けだけど……


 黒瘴こくしょう狼一体を目の間にして、僕は深呼吸して呟く。


「ワンコロ一匹で我の相手ができるとでも?」

「何?」

「足りぬ! 足りぬぞ! ワンコロ三匹でも足りぬ。そこの子猫も含めて我が相手してやろう!」

「何を戯けた事をッ! 行きなさい!」


 黒瘴こくしょう狼は僕に向かってとびかかり、その鋭い爪を光らせる前足を振るった。僕が八つ裂きにされると思ったのだろう。誰かが悲鳴をあげた。


 けれど、その悲鳴は無用だよ。


「ふっ。軽いな」

「ガウッ!?」

「何っ!?」


 バールのような物で黒瘴こくしょう狼の爪撃を逸らした。そのまま僕は黒瘴こくしょう狼の懐に入り込み、バールのような物を振るう。


「アオォオン!!」


 黒瘴こくしょう狼は大きく飛んで僕の攻撃を躱し、咆える。すれば黒瘴こくしょう狼の口から一条の雷撃が放たれた。黒瘴こくしょう狼の異能だろう。


「灰鉄流奥義――雷斬」


 僕は驚くことなく、〝瞬光駆動フラッシュドライブ〟を発動しながらバールのような物を振るった。雷撃はパァンと音を立てて消えた。


 刀じゃないから失敗するかなと思ったけど、手が少し痺れるくらいですんだ。バールのような物でも頑張ればどうにかなるね。


「あ、あり得ないわ。鼠人族が、そんな……」

道化人形の目は所詮ビー玉か」

「ッ! お前たちも行きなさい!」

「「ガウッ!!」」


 残りの黒瘴こくしょう狼二体も僕に襲い掛かる。


 慣れない武器でDランクの黒瘴こくしょう狼三体を相手にしているのだ。一撃でも掠ったら、僕の命はひとたまりもない。蜘蛛の糸で綱渡りをしているようなもの。


 それでもセラムの冷静さを失わせるために、僕は頭のおかしい言動をして余裕しゃくしゃくに(見える演技をして)黒瘴こくしょう狼の攻撃を逸らし、かわす。


 まるで、事前に打ち合わせた殺陣たてのように華麗に、かっこよく。そうであるように演技する。


 それを見て、恐怖に震えていた子供たちの目に光が宿る。希望をもった表情をして、僕を応援し始めた。悲壮感が薄れた。


 よし。子供たちも含めて全員の体の強張りも取れ、すぐに走ることができるかな。


 僕はチラリとローズに視線を送り、セラムに向かって哄笑する。


「フハハハハ!! 弱い、弱いぞ! 全ての攻撃が遅すぎるっ、軽すぎる!」


 正常な判断などできないほど、冷静さを失っているのだろう。セラムは虎の子であるCランクの黒瘴こくしょう獅子にも命令を出した。


「圧倒的な力で放ちなさい!! そのふざけたガキを殺せ!」

「「「アオォオオン!!!」」」

「シャァアアアア!!」


 黒瘴こくしょう獅子と黒瘴こくしょう狼たちは空中に躍り出て、炎と雷と黒瘴灰の弾丸を無数に浮かべてガトリング掃射のごとく僕に放った。


 逃れられぬ弾幕が僕を襲う。


 だからバールのような物を上に放り投げ、“焔月”と“鬼鈴”を展開し。


「≪刹那の栄光オーバー・クロック≫」

「私についてきて! 逃げるわよ!」


 ≪刹那の栄光オーバー・クロック≫を発動させ、その視界一杯を埋め尽くす炎と雷と黒瘴灰の弾丸の絨毯を駆け抜けた。


「灰鉄流――烈風斬れっぷうざん・四閃」

「「「ガゥァアア!!」」」

「ヴゥァアア!!」

「「な……」」


 そして“焔月”を抜刀し、黒瘴こくしょう狼三体と黒瘴こくしょう獅子に斬撃を放つ。


 音速にしか達しない僕の斬撃は、しかし流石の黒瘴こくしょう狼たちも防御が間に合わず、多少の血しぶきをあげながら吹き飛んだ。中央広場の周りにあるお店にぶつかり、うずくまる。


 それでいい。烈風斬は斬る事よりも吹き飛ばすことに重きを置いた技。


 僕は≪刹那の栄光オーバー・クロック≫の発動を止める。


 ……霊力は残り三割ほどか。残りの作戦を考えると、かなり危ういけどローズたちを信じるしかない。


「セラムッ! アイツらが!」

「ッ、今すぐに――」


 僕が黒瘴こくしょう狼たちを吹き飛ばしたことに動揺していたセラムとアルムは、けれどすぐにローズとバーニーが子供やその親御さんたちを率いて逃げたことに気が付き、追いかけようとした。


「行かせると思う?」

「ッ」

 

 僕が“焔月”を突きつけ、その追跡を阻んだのだった。


 

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