第16話 告白される
「そ、その、一期くん! 好きです!」
「…………え」
生まれて初めてされた告白に僕の頭が真っ白になる。
え、なんで僕が? ちんちくりんだよ? なのに、リリーさんみたいな可愛い子が僕を好き? え? ありえない。
………………あ、もしかして、漫画とかでよくある友人との罰ゲームで嘘の告白するあれかな? なら納得だ。とすると、どこか物陰に――
「あ」
物陰にリリーさんの友人がいないかと顔をあげたとき、僕はようやく気が付いた。
……はぁ、何やってんだよ。
リリーさんがこんな顔をしてるのに。声だって手だって震えているのに。
少しでも彼女を疑った自分に嫌気が差していると、リリーさんが僕の顔を見て何かを誤解したのか慌てる。
「そ、その、急にごめんなさいっ! でも、どうしても伝えたくなってっ」
リリーさんは胸に手をおいて、小さく息を吸った。
「さ、最初は親善試合で戦う一期くんの姿がカッコいいと思ってっ。鼠人族なのにヴァレリアさんと互角に戦えるほど強くて凄いなって。それで固有能力の相談したとき、凄く真剣に相談に乗ってくれてっ。それがとても嬉しくてっ!」
上擦った声音で、リリーさんは口早に言う。
「そしたら、その、いつの間にか目で追ってて。コロコロ表情が変わるところとか、笑顔が可愛いところとか、困っている人がいたらすぐに助けてる優しさとか、毎日剣の努力してるところか、意外と力持ちなところとか」
リリーさんは目端に涙を溜め顔を赤くして、それでもすぅっと息を吸って叫ぶ。
「ヴァレリアさんがいることは知ってる! けど、好きです! 付き合ってください!」
……凄いな。尊敬する。自分の気持ちをハッキリ口にして、怖いだろうに。
ふぅ……。
こんな僕だけど勇気を出して気持ちを伝えてくれた彼女に恥じないようにキチンと言わないと。そう思って、深呼吸をしてゆっくりと口を開いた。
「リリーさん。話してくれて、ありがとう。凄く、嬉しかった」
彼女の表情を想像するだけで胸がとても苦しくなった。
「僕も好き……な人がいるんだ」
「ッ」
迷いで言葉がつっかえてしまった。手が震える。けど、リリーさんも同じ気持ちだったはずだから。いや、僕よりももっと苦しかったはずだから。
僕は頭を深く下げた。
「だから、ごめんね」
「……そっか……うん」
リリーさんは一瞬だけ俯いた。けど、すぐに顔をあげた。その表情は笑顔で、とても綺麗だったと思う。
「一期くん、ありがとうね! じゃあ」
リリーさんは僕に頭を下げて、去って行った。
Φ
「なぁ、タイプじゃなかったのか?」
「え?」
「ほら、アレだよ。噂になってるやつ」
リリーさんの告白を断った翌朝。朝食時にふとバーニーが尋ねてきた。
リリーさんが僕に告白した事は、その日に噂として広まっていた。どうやら、彼女の同室の子が広めてしまったらしい。
マチルダが手を尽くしてくれたおかげで噂はすぐに終息したが、リリーさんがクラスで人気がある子だったらしく、クラスの雰囲気がギクシャクしているのだ。
だから、バーニーも尋ねてきたのだろう。
「タイプかは分からないけど、可愛いくていい子だと思ったよ。ちんちくりんの僕を男として見てくれて、好きって言われて嬉しかったし。尊敬しているところもある。けど……」
「……そうか。いや、悪いな。急に変な事を聞いて」
「ん」
僕は味噌汁を啜る。ふと、目の前で食事をしているローズの姿が目に入った。
「ローズ? なんか怒ってる?」
「……怒ってないわよ」
ふんっとローズがそっぽを向いた。
……怒ってる。
昨日も不機嫌そうだったのだが、今日は更に不機嫌だ。
その理由が分からず首を傾げていると、ローズが隣に座っていたマチルダを睨んだ。
「……そのにやけ顔をやめなさい」
「嫌ですわ。
「ッ!」
「あら、やるんですの? 食事中ですのに?」
「……チッ」
マチルダからは例の監禁の件で正式な謝罪をもらった。そもそも彼女は、自分が脅されていた事を言い訳にすることはなく、責任をとって退学しようとしていたらしい。
だが、それは教師陣に止められたそうだ。
ともかく、僕は彼女の事を恨んでもいない。許しているし、今ではローズやバーニーと並んで、大切な友人だと思っている。
ただ、ローズとマチルダは仲が悪いのだ。いつも何かで喧嘩している。昨日から機嫌が悪いのもその喧嘩のせいだと思う。
とはいえ、大きな喧嘩をしているわけではなく、ちょっと張り合ったり言い合うくらいだ。二人ともそこら辺は見極めている。
あれだ。喧嘩するほど仲がいいって奴だ。たまに食事中にあ~んとかしてるし。
「……ドルミール。覚えておきなさいよ」
「アナタから負け犬みたいな
「……殺す。後で絶対殺す」
……違うかも。普通に仲が悪いかも。
僕とバーニーは険悪なムードの二人に溜息を吐いた。
それからいつも通りローズと分かれて教室に行き、授業を受けた。放課後になると薬用植物研究会の部室に行き、ヘーレン先生から薬草や霊薬に関する授業を受けたり、自分たちで調べたりする。
部活が終わり、夕食までの間、ローズと一緒に訓練棟に行って鍛錬を行う。夕食を食べ、風呂に入り、今日出た宿題をしたり、予習などもする。
そして夜の九時ごろ。僕がベッドボードに寄りかかりながら学校の図書館で借りた本を読んでいたら、バーニーがバックを背負って部屋を出ていこうとした。
「あれ、どこ行くの? あと一時間で消灯時間だよ?」
「……お前、覚えてないのか? 俺はこれからヘーレン先生たちと一緒にメトーデ小聖域に行くんだぞ?」
「え、何で?」
「明日、メトーデ小聖域で霊薬分野の学会があって、ヘーレン先生がそれに出るから、その付き添いでマチルダと行くんだ。こないだ話しただろ」
「……あ、忘れてた」
薬用植物研究会は霊薬の元となる薬草を育て、新しい霊薬を作る研究を主な活動としている。
ヘーレン先生は元々そっち専門の人らしく、定期的に自分の研究を発表するとか。それで伝統的に薬用植物研究会の部員がその手伝いをするらしい。
「でも、なんでこんな時間に」
「ヘーレン先生の仕事が終わるのがこの時間なんだと。メトーデ小聖域は霊航機で数時間かかるし、学会は朝からあるらしいからな」
なるほどね。
「じゃあ、バーニー。頑張ってね。お土産もよろしく」
「おう」
バーニーは部屋を出ていった。パタンと扉が閉まり、部屋がシーンと静まり返る。
「……続き読も」
入学してからずっとバーニーが部屋にいたので、時計の針の音だけが響く静かな部屋に不思議な感覚を覚えながら、僕は本を読み進めた。
読んでいる本は
そのため、
ここら辺はまだまだ解明されてない部分が多く、また分かっている事についても僕の頭では理解のできないほど難しい内容だ。難しい数式が沢山出てくる。
この本はそういう難しい数式とか物理式とかを省き、
思い出すのは
あれも
じゃあ、実際のところ“焔月”はどうやってブレスを相殺しているのか。
それを感覚的に理解しているけど、キチンと知識として理解し論理付けて考えられるようになれば、僕はもっと強くなれると思う。
「……ムラくん」
なるほど。やっぱり、ブレスに限らず
「……ホムラ君」
防ぐ場合は……
「ホムラ君!」
「ん?」
名前を呼ばれた気がして、ふと顔をあげた。コンコンと窓を叩く音が聞こえ、そちらを見やり驚く。
「ホムラ君。中に入れてちょうだい」
「え、ローズっ!?」
ローズが窓の外にいた。
ここ、四階なんだけど……
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