第15話 入学式から一ヵ月後
「ここにエドワードが展開した霊装がある」
訓練棟の三階にある教室よりも少しだけ広い演習室。僕たちはお行儀よく座り、ジャージを着た犬人族の女性の方を向いていた。
犬人族の女性、戦闘実技等を担当するカーラ先生が、クラスメイトのエドワードくんが展開した剣の霊装を鉄製の台の上に置いた。
「じゃあ、ホワード。全力でエドワードの霊装を叩け」
「は、はい」
カーラ先生はホワードさんに鋼鉄のハンマーを渡し、ホワードさんは鋼鉄のハンマーを大きく振り上げ、エドワードくんの剣を力強く叩いた。
すると、パリィンとガラスが割れるような音と共にエドワードくんの剣が砕け散り、虚空へ消えた。
「エドワード。お前の霊力量はどれくらいだ?」
「え、Dランクの
「だろうな。じゃあ、一期。お前も霊装……刀の方でいい。展開しろ」
「はい」
僕は“焔月”を展開し、カーラ先生に渡す。カーラ先生は先ほど同様に“焔月”を鉄製の台の上に置き、ホワードさんに鋼鉄のハンマーで叩くように指示する。
そしてホワードさんが力強く“焔月”を叩いた。
「「「「おお」」」」
僕の“焔月”は砕けることはなかった。クラスメイトがちょっとどよめく。
カーラ先生は僕に尋ねた。
「一期。お前の霊力量はどれくらいだ?」
「Eランクの
「うむ」
カーラ先生は僕たちを見渡し、バーニーを指す。
「ディヒター。霊装の強度が何によって決まるか言ってみろ」
「霊装に込められた霊力量とその密度です」
「そうだ。そして霊装の霊力量は意図的に調整しない限り、保有霊力の約一パーセントを使用して展開される。また、三十分の霊装の維持でおよそ二十パーセントの霊力を消費する」
カーラ先生がエドワードくんと僕を見やった。
「エドワードと一期では、エドワードの方が多くの霊力を霊装に込めている。だが、結果は皆が見ての通りだ」
淡々と話していたカーラ先生は、しかしクワッと目を見開き、ビリリと響く声音で言う。
「いいか、お前たち!
表情、声音、雰囲気。何をとっても恐ろしく威厳に満ちたそれに、僕たちの背筋は自然と伸びる。
「それだけではない。身体強化や能力の使用などで霊力は更に必要となってくる! だからこそ、霊装の強度程度で余計な霊力を使ってはならないのだ!」
故に、とカーラ先生は続けた。
「霊力の密度をあげろ! それがお前らの命を左右する! 生きるか死ぬかが決まる!」
カーラ先生の言葉を大げさに感じるかもしれない。けれど、
「さて、具体的に霊力の密度をあげる方法だが、基本的には霊力を練ればいい。だが、霊装の種類によってその練り方や訓練方法が変わるため、近接武器型、遠距離武器型、防具・補助具型に分かれろ」
カーラ先生が僕を見やった。
「一期とディヒター、ドルミールは私の指導の補助に回れ」
「「「はい」」」
僕が近接武器型、マチルダが遠距離武器型、バーニーは補助具型のクラスメイトを指導の補助を担当することとなった。
「じゃあ、先ほど教えた通り各自訓練を始め。また、分からないことがあれば一期たちに聞くように。以上!」
カーラ先生がそう言った途端、クラスメイトの半分近くが一気に僕の方に来た。
「一期くん。霊力の練り方についてなんだけど」
「ホムラさんはどれくらいの霊力を込めているのですか?」
「おい。コツとか教えてくれ」
「それよりも――」
「私にも――」
近接武器型の子だけじゃなくて、他の霊装の種類の子も僕に色々と尋ねてくる。
だけど、いっぺんに尋ねられても困るわけで……
「おい、お前ら! 分からないところがあれば聞けと言ったはずだ! 最初から
カーラ先生が怒鳴り、皆は蜘蛛の子を散らすように自分の訓練に戻っていったのだった。
Φ
入学から一ヵ月以上が経ち、僕を取り巻く環境は大きく変わった。少なくとも悪い物ではなくなったのだ。
親善試合で僕がローズと引き分けた結果について、上級生を中心に全校生徒の半数以上が肯定的に認めてくれた。
とはいえ、同級生に多いのだけど、僕をペテン師呼ばわりしてくる人もいる。僕がローズや教師陣を買収したなどという良くない噂も多少は流れている。
だけど、僕のクラスメイトはその限りではない。
実技の授業などを通して僕の実力を知ったクラスメイトの数人が、僕に霊力制御技術や剣術などについて質問してきた。
仲良くなれるきっかけになるかもと思い僕は全力でその質問に答えていたところ、今度は強くなるために色々と相談されるようになった。
そしてその相談に全力で答えていると、他のクラスメイトからも相談されるようになった。それがきっかけとなり、クラスメイトともいい関係を築くことができた。
今ではよく雑談したりする仲だ。特に男子たちとは、寮内でボードゲームなどをして遊んだりもしている。
まぁ、その相談や一緒に遊ぶことが楽しくて夢中になり、ローズとの鍛錬時間を減らしてしまってローズが不機嫌になってしまったのは、僕の不徳の致すところだ。
何度も謝って、ようやく許してもらった。夢中のなりすぎはよくない。気を付ける。
ともあれ、最近は相談される頻度も減り、遊ぶ時間も固定化してきたため、ローズとの鍛錬や勉強などに時間を費やせるようになっている。
「ふぁ~あ」
「ローズ、眠いの? 夜更かしした?」
薬用植物研究会の活動の一つ、朝と夕方の薬草のお世話。基本的にこれは当番制で、僕とローズ、バーニーとマチルダの二組で順番に回している。組み合わせはくじ引きで決まった。
今日は僕とローズが当番で、朝の鍛錬を早めに切り上げて薬草の水やりや掃除などを行っていた。
小さく欠伸をし片目をこすったローズが僕の質問に答える。
「ええ。昨日出た宿題がちょっと難しくて、少しね。けど、大丈夫だから気にしないで」
「そう……だけど、あんまり無理しちゃ駄目だよ? 睡眠はとても大切なんだし。なんだったら鍛錬の時間を少し短くする? 二週間後にはテストもあるし」
「大丈夫よ。たまたま昨日夜更かししちゃっただけだから。気遣ってくれてありがとうね」
ローズは優しく微笑んだ。その微笑みが可愛くてちょっとドキッてしてしまう。一ヵ月以上一緒にいるのにあまり慣れない。
「というか、私よりもホムラ君の方が心配よ。最近までいろんな子の相談に乗ってたいたし、無理して夜更かしとかしてないでしょうね?」
「してないよ。大丈夫だって」
じ~とローズが僕を見つめる。僕が嘘を言っていないか確かめているのだろう。
「……無理はしてないようね」
「してないよ。休むのも大切だって知ってるし」
前に無理しすぎて身体を壊し家族に物凄く心配をかけちゃったから、しっかりと休むようにしているのだ。
「それにこれがあるから、
右手首に身に着けている“鬼鈴”を見やる。
「確か≪回癒≫……回復能力を高めるんだったわよね」
「うん。治癒術も含めてあらゆる回復を補助してくれるんだ。だから、八時間の睡眠が六時間で済むんだよ。まぁ、回復系の特殊能力にしては補助率が悪いけど」
回復系の特殊能力は多岐に亘る。治癒術の発動だけを補助するものだったり、特殊な回復の力を与える物だったり、病気に限定して効くものだったり。
だけど、その効果は絶大だ。僕と同じ回復能力の補助でも、三倍ほどの補助をしてくれる。つまり、八時間の睡眠が二時間半くらいで済むのだ。
そもそも特殊霊装の顕現者は多くない。聖霊騎士でも四割に届くくらいだ。
顕現の条件と方法がある程度分かっている固有霊装はともかく、個人限定の特殊霊装の顕現の条件は個人によって左右されため、簡単に顕現できないのだ。
「補助率が悪いって複合系だからでしょ。しかも、生命活動の代替なんていう強力な能力じゃない。なに自分の特殊能力は弱いんですよ感だしてるのよ」
「あ、
ローズにデコピンされた。
≪回癒≫は回復能力補助以外に、生命活動の代替という力を持っている。特に、霊力が関わる生命活動の代替率が高い。
だから、生命活動に必要な霊力が無くても僕は数日は死なないだろうし、自分だけじゃなくて触れていれば他者の霊力が関わる生命維持もできる。また、通常の生命活動についても、数十分くらいであれば代替することができる。
しかも“鬼鈴”の霊装維持には霊力を必要としない。常に展開が可能だ。
デメリットは非常にお腹が空いてしまうということだけ。一日三食では足りないのだ。とはいえ、それを差し引いてもとても強力な力だ。
ローズがふと思いついたように僕を見た。ニヤリと笑っていた。
「……ねぇ、ホムラ君。その≪回癒≫って自己対象だけじゃなくて、他対象も可能なのよね」
「そうだね。治癒術以外は手とかで触れてなきゃいけないけど」
「それじゃあ、ホムラ君に触れながら一緒に寝れば、私の睡眠時間は少なくなるかしら?」
「…………え」
ローズと一緒に寝る?
「ッ! だ、駄目だって!」
「どうしてよ。いいじゃない」
「だって、僕男だよ!!」
「ええ、知ってるわよ。あ、もしかして、私に変なことするつもりなのかしら?」
「ッ」
ニヤリと挑発するような微笑みを浮かべるローズに、僕は怒鳴りそうになる。けど、こういう時はまともに相手にしない方がいい。
「箒片付けてくるから!」
僕は掃除に使った箒などを薬用植物研究会の倉庫に片付けに行く。
薬用植物研究会は部員が僕含めて五人しかいない小さな部活なのだが、理事長先生が趣味として作った薬草園を借りているため、施設は豪華だったりする。
「……はぁ、やっぱりちんちくりんだからかな」
倉庫に箒などを片付け、僕は少し溜息を吐いた。
ここ一ヵ月の間。朝の鍛錬や薬用植物研究会の活動、食事の時間など。僕はかなりの時間をローズと一緒に過ごした。
そして分かったのだが、ローズは僕を男として意識していないのだ。可愛いとか言ってくるし、無防備にボディタッチしてくるし、今日みたいに揶揄ったりもしてくるし。
たぶん、兄ちゃんが貸してくれた恋愛漫画でもよくあった、背の低い男は異性として見られないやつだ。弟みたいな可愛がる存在としか思えないのだ。
……はぁ。
悔しくて心の中で溜息を吐いていると、後ろから急に声をかけられた。
「あ、あの、ホムラ君。今、いいかなっ?」
「あ、リリーさん」
リリーさんは同じクラスの兎人族の女子生徒で、二週間前に固有能力の事で相談されて以降、よく話すようになった子だった。
にしても、どうして朝に薬草庭園に来て僕に?
「もしかして、緊急の相談とか?」
「いえ、その……」
リリーさんは可愛らしい顔を赤くしながら、ゆっくりと深呼吸をした。
そして大きく息を吸い。
「そ、その、一期くん! 好きです!」
「…………え」
僕に告白してきたのだった。
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