第14話 入学式から一週間で
「最近、若者の間でにゃんにゃんおにぎりダンスが流行ってるじゃない? だから、私もピーチューブに投稿するために練習をしてたのよ」
「「「は?」」」
齢八十五の威厳たっぷりな老婆の発言に僕らの目が点になる。
にゃんにゃんおにぎりダンスとは、クッキンキャットというある教育番組発の猫人族お料理系アイドルグループを代表するダンスで、最近普及し始めた動画投稿サイトを中心にメディア的ヒットをしている……らしい。そのアイドルファンである妹から教えてもらった。
兎も角、僕らを呼んだ理事長が開口一番にそんな事を口にしたのだ。
「けど、練習の途中に腰をやってしまってね」
「いい加減歳を考えて大人しくしてください」
「私の辞書に大人しくなんて言葉はないわ。私の心はいつも最先端を走ってるの。流行に遅れるわけにはいかない――アア、イタタタ」
腰をさする理事長先生にヘーレン先生が溜息を吐いた。そして理事長先生は僕たちに言った。
「だから、貴方たち三人には薬用植物研究会に所属してもらうわ」
「え、なんで?」
あっ、やばいっ。思わず、ため口で聞き返してしまった。慌てて口を抑え、僕は恐る恐る理事長先生を見やった。
全く気にした様子もなく、にこやかに頷いた。
「良い質問よ。貴方、確か名前は……」
「い、一期ホムラです」
「そう、一期ホムラ。良い名前よね。ケイガイが似合いそう」
は? ケイガイ? 薬とかに使われる植物のケイガイの事?
僕の疑問を無視して、理事長先生は続ける。
「私の代わりに薬草の世話をしてほしいの。人気がないのか部員が一人しかいなくて、困ってたし」
「……つまり、腰を悪くしてしまった理事長先生の代わりに、私たちが薬用植物研究会が育てている薬草の世話をするという事ですか?」
「そうよ。確か、ヴァレリアの……」
「ローズ・ヴァレリアです」
「そう、ローズ・ヴァレリア」
マチルダさんが、恐る恐る手をあげた。
「あの、どうして
うんうん。僕は薬用植物研究会じゃなくて、スポーツ系の青春が楽しめる部活に入りたいんだけど。
理事長先生だからって、僕らに入る部活を強制する権利なんて――
「聖域への密入出国かつ、聖霊騎士団への虚偽報告」
「あ」
理事長先生がマチルダさんを見やった。
「同級生の監禁」
「え」
ローズを見やった。
「学校の備品の器物損壊」
「え、や、あれは閉じ込められて――」
「携帯で連絡すれば済む話でしょう。私的な理由で扉を破壊したのではなくて?」
「うっ」
口を噤んだローズに満足そうに頷いた理事長は腰をさすりながら微笑んだ。
「入ってくれるわよね?」
「「「……はい」」」
つまり、これは僕たちへの罰なのだ。
「よろしい。詳しい説明は薬用植物研究会の顧問であるヘーレン先生に聞いて。よろしくね、ヘーレン先生」
「……はい」
ヘーレン先生は面倒だと言わんばかりに顔をしかめながら、頷いたのだった。
Φ
「どうして
翌朝。僕たちは薬用植物研究会が育てている薬草の水やりに来ていた。
ツインドリルの金髪を揺らしながら、マチルダさんが悪態を吐く。ポニテ姿のローズがマチルダさんを睨む。
「ホムラ君を監禁したくせに、よくもまぁぬけぬけと。頭に虫でも湧いているんじゃないのかしら?」
「扉を破壊した暴力女には言われたくないですわ」
……仲が悪い。
どうやら、ローズとマチルダさんはご両親が友人で昔から付き合いがあるらしいのだが、馬が合わないのかいつもいがみ合っているらしい。
しかも、運が悪いことに今の二人は寮のルームメイトで放課後の大半を共に過ごしているせいで、余計に仲が悪くなったらしい。
「ま、まぁ、二人とも仲良くしよ。せっかく、同じ研究会に入ることになったんだし、一緒に楽しも! ね?」
スポーツ系の部活での青春は諦めざる終えなくなってしまったが、人気のない研究会系の部活で美少女たちと一緒に活動するというのも、それはそれで良い青春が送れそうだ。
なので険悪な空気ではなく、キャッキャウフフといった雰囲気になって欲しいと思い、二人の仲介に入ったのだが……
「……ホムラ君。馬鹿なの?」
「……アナタ。馬鹿ですの?」
ローズとマチルダさんが呆れた目を僕に向けてきた。
え、なんで?
「あのね、ホムラ君。この女は君を監禁したのよ? どうしてそんな女と仲良くしようと思うのよ」
ああ、ローズは僕のために怒っているのか。声音と表情でそれがありありと分かった。
それがちょっと嬉しく思いながら、僕は理由を説明する。
「いやね。僕としてはあれのおかげでローズの綺麗な下着姿が見れたから、逆に感謝してるっていうか――」
「ふんッ!」
「のわっ!?」
突如放たれたローズの拳を慌てて躱した。
「ホムラ君。あの時は不可抗力だって分かってたから深く追求しなかったのだけれども、もしそんな事を本気で言っているなら――」
「じょ、冗談だよ。ローズとの仲直りのきっかけを作ってくれたから、感謝してるんだよ」
「いや、それでもおかしいですわよ。
マチルダさんが思わずツッコミを入れた。いや、本人がそれを言うんかい! と思う部分もあるんだけど……
「ええっとね。そもそもマチルダさんは僕が鼠人族だから監禁したわけじゃないでしょ?」
「はぁ? 何を根拠にそんなことを言っているん――」
「霊航機での件かな?」
「え」
マチルダさんは綺麗な碧眼を大きく見開いた。
「
「……どうして」
「自慢じゃないけど、僕、記憶力が良いんだ。だからあの時僕に対して暴言を言った人の顔は全員覚えてるんだ」
別に彼らに対して復讐しようとか思っていない。ただ、普通に覚えているだけだ。
「その中にマチルダさんはいなかった」
「……ですが、
「あの時、僕が霊航機から放り出されてすぐに、聖霊騎士団に通報が入ったんだって。あれ、マチルダさんでしょ?」
「ッ」
僕が霊航機から放り出される直前、チラリとだけマチルダさんがスマホでどこかに連絡しているのが見えた。
ヴィクトリアさんに確認したところ、個人情報のため名前は教えてもらえなかったが、ある少女が通報してくれたということは教えてもらった。
それでピンと来た。
「まぁ、だから、マチルダさんが種族を理由に監禁したとは思ってはないんだよ。僕を睨んでたのは、ローズと同じで自分への怒りが顔に現れちゃったってところかな?」
ローズとマチルダさんが仲が悪いのって、たぶん似たもの同士だからだと思うんだよね。直感だけど。
「それで、どうして僕を監禁したかに関しては理由は分からないけど、そもそも理事長先生がこの程度の処罰で済ませてるんだし、情状酌量の余地あるんだと思ってる」
「……それでも
「それはまぁ、本心じゃないと思って許すよ。次は分からないけど。僕も同族が侮辱されるのは嫌だし」
「……」
マチルダさんは黙り込んでしまった。僕はローズを見やる。
「ローズ。そういうことだから、僕は気にしてないの」
「……分かったわ」
ローズは少しだけ不服そうに頷いた。僕はローズの手を握る。
「僕のために怒ってくれてありがとう。嬉しかったよ」
「ッ。お、怒るのは当然よ! た、大切なライバルの事だもの!」
「うん、そうだね」
僕もローズに何かあれば真っ先に味方になろう。怒ろう。そう思った。
Φ
それからの事を話す。
結局のところ、マチルダさんは脅されて僕を監禁したらしい。
そしてマチルダさんを脅したのは、僕に準備室に行くようにノートの切れ端を渡した上級生の狐人族の女子生徒だった。
彼女は入寮式の日に右も左も分からないマチルダさんに近づき、その過程で弱みを握り脅したらしい。弱みの内容はマチルダさんの尊厳をかなり傷つけるものであったとか。
その内容を知ったローズが狐人族の女子生徒に対してかなりブチ切れていたのは、記憶に新しい。あと、ローズとマチルダさんの間にあったわだかまりも少しなくなったとか。
また、狐人族の女子生徒がマチルダさんを脅して僕を監禁させた動機の方だけど、あまり気分のいいものではなかった。
彼女は最近鼠人族の事で過激な活動をしている人権団体に所属しているらしく、僕がマチルダさんに監禁されている動画を撮ってピーチューブに投稿し、世間を煽ろうとしたとか。
まったく、僕たちはそんな事望んでいない。対立を煽るなんて、最もやっちゃいけない事だし、困ってしまう。
……そろそろ行動が目に余るし、僕たちの方で何らかのアクションを起こさないといけないかな。長老たちに相談しておこう。
兎も角、その女子生徒は一年間の停学処分、つまり実質的な退学処分が下された。聖霊騎士を目指す存在としてあるまじき行為だからだ。
また、親善試合において鼠人族の僕に対して目に余る暴言を吐いた一部生徒に対しても、それなりの注意と処罰が入った。
「……んで、史上最も早く多くの処罰者を出した学年って、先輩たちから揶揄されてるんだぞ」
就寝前。バーニーがそんな事を言った。
「いや、僕のせいじゃないじゃん。一人は上級生だし」
「お前も処罰者の一人だろ」
ぴゅ~ぴゅ~。
「口笛吹けてないぞ」
…………。
「それにしてもバーニーも薬用植物研究会に入るんだね」
「もともと、園芸部かそっちで迷ってたんだ。んで、先輩と話も弾んだから、薬用植物研究会にしようと思ってな」
「そういえば、二年生の先輩がいるんだよね。まだ、会ったことないけど」
「生徒会にも入っているらしくてな。特にお前らの処罰の件で、仕事がかなり忙しくて顔をあまり出せないらしいぞ」
「……いや、だから僕悪くないし」
ジト目を向けてくるバーニーに僕は背を向けた。
それにしても、実家を出てから二週間ちょっと。色々なことがあった。
トラブルに巻き込まれたり死にかけたりもしたけど、中々に幸先のいい高校生活のスタートをきれたんじゃないだろうか?
だって、ローズとライバルになれて、バーニーと親友になって、部活まで入ったし。
うん、かなり順調な高校生活のスタートだろう。
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