第13話 霊力が多いほど他者の霊力に敏感になる

 僕たちは朝の鍛錬を始めた。


「ハァ……ハァ……ハァ……」 


 ローズが僕がしている鍛錬を体験したいということで、治癒術で体力回復しながらの三十分間全力ランニングを始めたのだけど、ローズは息も絶え絶えと言った様子で座りこんでしまった。


 僕はローズの手を掴み、無理やり立ち上がらせた。


「ローズ。辛いだろうけど、止まっちゃダメだよ。余計に辛くなる」

「……くっ」

「ほら、水。口の中に含めるだけでも、落ち着くから」

「あ、ありがとう……」


 肩で息をしながら、ローズは水筒の水を軽く口に含んだ。それからしばらくして、ローズの呼吸が落ち着いた。


「どう? 大丈夫?」

「ええ、大丈夫だわ。ありがとう。……それにしても、体力はもちろんの事、ホムラ君の霊力制御技術は凄いわね。体力回復の治癒術はかなりの高等技術なのに、走りながらずっと維持するなんて。私は五分しか維持できなかったわ」


 霊力には肉体を変質させ、その能力を向上させる特性がある。それを応用して、傷や病気を治したり、体力などを回復させたりする術を治癒術と言う。


 治癒術は、身体強化と違ってそれなりに難易度が高い。簡単な傷を治すだけなら霊力量でごり押しもできるが、病気を治したり体力を回復させたりするにはかなり高度な霊力制御技術と医学知識が必要になる。


 なので、走りながら体力回復をするのはそれなりに難しい……が。


「やっぱり、鼠人族なら誰でもそれができるのかしら?」

「できるね。霊力制御技術の基礎と一緒に、小さい頃から大人に叩き込まれるんだよ」


 僕の地元にいる人なら誰でもできるから、あまり難しいという実感がない。


「どういった風に叩き込まれるのかしら?」

「う~ん。口で説明するよりも早いかな。訓練棟で教えるよ」

「分かったわ」


 僕たちは訓練棟のあるトレーニングルームに移動した。小さなトレーニングルームなので、誰も来ないだろう。


 僕はローズに両手を差し出す。


「ローズ。握って」

「……ええ」


 ローズは少しだけ躊躇い服で手を拭いて僕の手を握った。


 ……僕の手、触りたくなかったのかな。


「ホムラ君?」

「あ、いや、何でもない」


 今は集中しないと。


「僕もキチンと教える側に回るのは初めてだから、地元の大人たちみたいに手際がよくないけど、ごめんね」

「そんなの気にしないわよ。私はホムラ君に教えて欲しいの」

「……うん。じゃあ、今から、ローズの霊力を操作するから」

「えっ」


 僕は目を瞑り、神経を研ぎ澄ませる。そして繋いでいる手からローズの霊力を感じ取っていく。


 ……よし、ローズの魔力を大まかに把握できた。


 僕は自分の霊力をローズに流し込み、彼女の霊力を制御していく。そして更に神経を研ぎ澄ませながら、制御下においたローズの霊力・・・・・・を操作して、体力回復の治癒術を発動させる。


 体力回復の治癒術をローズの体に教え込む様に。丁寧にじっくりと丹田にある霊炉れいろから体全体に霊力を巡らせる――


「んぅん!」

「うわっ!?」


 少し色っぽい声と共にローズが勢いよく握っていた手を離し、僕から距離を取った。顔は赤く、涙目でなっていた。


「だ、大丈夫? もしかして痛かった? それとも変な風に霊力を流されて、気持ち悪くなっちゃった?」

「……い、いや――」

「ごめんね、下手くそで。今度はもっと上手に――」


 上手くローズに教えられなくて落ち込む。霊力制御技術は高い方だと自負していたけど、やっぱり地元の大人たちには遠く及ばないなぁ。


 悔しい。もっと練習――


「ホムラ君、顔をあげて!」

「ッ」


 ローズが僕の肩を掴んだ。


「謝らないで、ホムラ君。別に痛くもなかったし、気持ち悪くもなかったわ」

「けど、慌てて僕から距離をとったし、顔とか真っ赤だったし……」

「違うのよ、それは。あれは、そう、くすぐったかったのよ」

「くすぐったかった? え、どこが?」


 下手な人に霊力を操作されると、異物感を感じて気持ち悪くなったり、痛みを感じたりはする。


 けど、くすぐったくはならないと思うんだけど……


 そう思ってローズを見上げれば、ローズは顔を真っ赤にして僕を睨んだ。


「……私の口から何言わせようとするのよ。えっち」

「えっ!?」


 なんでっ!? 確かに普段の僕はちょっとえっちかもしれないけど、さっきの質問のどこにえっちな要素なんてあったのっ!?


「……何でもないわ」

「え、いや、だから、何が――」

「何でもないわ! 良いわね?」

「あ、はい」


 瞳孔が開いた竜の目で睨まれれば、頷くしかない。ローズが咳払いする。


「こほん。それよりも、ホムラ君は私の霊力を操作して体力回復の治癒術を発動させたのよね?」

「うん。僕たちは体力回復の治癒術の感覚を幼い内に体に教え込んで、そのあとは限界まで走らせて体力回復の治癒術を行わせる。それで習熟度が上がれば、今度は今日みたいに走りながら体力回復の治癒術を行わせるんだよ」

「……かなりのスパルタね」

「確かにスパルタかもね。けど、それが出来ないと万が一の時すぐに死んじゃうから、大人たちは必死に教えるんだ」


 長く走れるというのは、逃げるときに本当に役にたつのだ。いくら黒瘴獣こくしょうじゅうといえど、体力は無限じゃない。疲れるのだ。だからこそ、僕たちが先に疲れちゃ駄目なんだ。


「……今は平和な時代なのよ」

「それでも、僕たちは臆病で怖がりだから。少しでも心配事はなくしておきたいんだよ」


 僕は肩を竦めた。それと同時に、ピピピと、ローズのポケットからアラーム音が鳴った。ローズがポケットからスマホを取り出す。


「もうこんな時間だわ」

「え、もう朝食の時間?」

「ええ」


 マジか。今日はなんだか時間の進みが早かったな。っというか、シャワーの時間もあるし早く戻らないと。


 そして僕とローズは慌てて寮に戻ったのだった。



 Φ



「下腹部にある霊炉れいろは霊力を生成、貯蔵します。そして霊喞れいしょくによって吸い上げられ、霊管れいかんを通って全身へと送られます。それぞれは重要器官のため、自分や他者の霊力にかなり敏感であり、肉体に大きな影響を及ぼします。しかし、感覚はあるものの神経的に脳と繋がっているわけではなく、霊力と同様実体をもたないため、観測は難しく――」


 昨日のこともあり、僕はローズ以上に多くの人から注目されるようになったのだ。


 ただ、声を掛けられることはない。マチルダさんみたいに直接何かしてくる人は誰もいない。


 クラスメイトは、様子を伺うように遠巻きに僕を見やるだけだった。


「竜人族の≪竜の祝福≫の〝竜眼〟を再現した霊力探知の機器が開発されて以降、霊術による医学はさらに進歩し、一般医学と組み合わせた――」


 まぁ、クラスメイトの様子は気にしても仕方ない。なるようになるさ。


 それよりも、一昨日できなかった部活の見学について考えよ。


 聖霊騎士になるためにこの学校に来たけど、一度しかない人生だから青春は楽しみたい。高校生活は一度だけなのだ。


 だから、兄ちゃんが貸してくれた漫画みたいにスポーツ系の青春が楽しめる部活に入りたいな。


 そして友人と絆を深めて、なんかの大会に優勝するのだ。


 なんか、ワクワクしてきた。


「聖霊騎士は緊急事態において、治癒術などによってけが人の手当を行う必要があり――」


 そういえば、ローズはどこの部活に入るんだろう? もし、まだどこに入るか決めてなかったら、一緒に部活見学できないかな?


「では、今日の授業はここで終わります。来週までに指定した部分について教科書等で調べ、まとめてください」


 そんな事を考えていたら、ヘーレン先生の救護Ⅰの授業がいつの間にか終わっていた。


「一期ホムラくんとマチルダ・ドルミールさんはこの後、職員室の前に来てください」

「え」


 ヘーレン先生が僕とマチルダさんを呼んだ。心なしか、ヘーレン先生の声音に怒気が混ざっていた気がする。


 もしかして、怒られる? っというか、何で職員室じゃなくて職員室の前?


 少し疑問が湧いたけど、呼ばれたのだから仕方がない。僕は教科書とノートをカバンにしまい、バーニーと少し話したあと、職員室に向かった。


 職員室の前には、ローズがいた。


「あれ、もしかしてローズも呼ばれた?」

「ええ。職員室の前に来るようにって」


 あ、じゃあ、もしかして怒られるとかではない?


 ローズがいるなら大丈夫だと思い胸を撫でおろしていると、遅れて丸耳ヒューマン族のマチルダさんがやってきた。


 そしてローズの顔を見るなり大きく顔をしかめ、美しい碧眼でローズを睨んた。


「なんでヴァレリアがここにいるんですの?」

「それはこっちのセリフなのだけれども」


 ローズが聞いたこともないような凍える声音を発した。


 あれ、二人ってかなり仲悪い? 


 一気に悪くなった雰囲気に驚いていると、職員室からヘーレン先生が出てきた。


「揃いましたか。では、理事長室に向かいますよ」


 ……理事長室に向かうらしい。なんで?

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