第12話 ライバル宣言

 パチリと目を覚まし。


「こわっ!?」

「うおっ!?」


 僕の視界一杯に悪人すら裸足で逃げ出すような強面が映りこんだ。思わず大きな叫びをあげてしまう。


 それに強面の男性も驚く。


「急に声を出すんじゃねぇよ。びっくりするじゃねぇか」

「そっちこそ、そんな怖い顔で覗かないでよ、バーニー。心臓が止まるかと思ったよ」


 バーニーだった。


「……僕とローズの試合はどうなったの?」

「引き分けだ。両方とも戦闘不能で気絶したからな。んで、医務室に寝かされているってわけだ。ちなみに、優勝は二組のオスカー・ブレイバーだな」


 バーニーが扉の方へ向かう。


「じゃあ、俺は先生を呼んでくるから大人しくしてるんだぞ。……あと、あの異能、気が向いたら教えてくれよ」

「……うん」


 バーニーは医務室を出ていった。


 頬を緩ませながら、周りを見渡す。


「……ってローズもいる」


 隣のベッドにはローズが寝かされていた。窓の外を見やれば、既に真っ暗で夜だった。


「結局、ローズには勝てなかったな……引き分けか」


 悔しいなぁ、と呟いた瞬間。


「……ええ、本当に悔しいわ」

「うおっ!?」


 寝ていたはずのローズが口を開き、僕は思わず驚く。ローズは顔をしかめながら、ゆっくりと体を起こす。


「霊力欠乏症ね。先週ので慣れたせいか、半日で起きられたわ」


 最悪な気分、とローズは頭を押さえる。


 まぁ、それは分かる。霊力欠乏症による気絶から目覚めたときって、かなり気分が悪いんだよね。地元の大人たちが言うには二日酔いを十倍にして煮詰めた感じらしい。


「ホムラ君は全然苦しそうじゃないわね」

「まぁ、慣れかな? 小さい頃からほぼ毎日軽い霊力欠乏症になってたし」

「……呆れるわ」


 ベッドボードに寄りかかりながら、ローズは天井を見上げる。


「結局、完敗だわ」

「いや、引き分けだって」

「何が引き分けよ。霊力のごり押しで食い下がっていたに過ぎないわ。剣の技量、霊力制御技術、異能の扱い方。何をとっても負けていた」


 ローズは首を傾げる。


「あの異能は、もしかして固有覚醒?」

「……そうだよ、鼠人族の力。使えば死ぬけど、必ず相手を殺せる能力」

「言ってたわね。仲間を守りきるために殺すって」

「そういう事」


 ローズは溜息を吐いた。


「なら、ホムラ君は本気じゃなかったわけね」

「……そりゃあ、殺し合いじゃなくて模擬戦だからね。出力は確かに調節してたよ。っというか、そもそも本気を出したくても出せないし」

「え?」

「いや、何でもない」


 僕はローズを見やった。 


「ともかく、僕は本気で引き分けだと思ってるよ。最後のローズの剣。あれは、本当に僕と互角だったからさ。ローズの努力の全てをぶつけられた」

「……努力」

「うん。霊力が使い物にならなくなった時の剣が、技が、一番の努力の結晶だから。あの時のローズの剣は本当に綺麗だったよ」

「……ホムラ君の剣も綺麗だったわ。私、ホムラ君の剣が好きよ」

「……ありがとう」


 剣の腕前を褒めてくれてたのが嬉しいのもあるんだけど、ローズの表情があまりに美しくて、顔が顔が赤くなってしまう。尻尾が揺れてしまう。


「こほんっ」


 医務室の入り口の方から咳払いが聞こえ、そちらを見やる。


「ちょっといいか?」

「お、お姉ちゃんっ!?」

「ヴィクトリアさんっ!?」


 ヴィクトリアさんだった。


「ど、どうしてお姉ちゃんがここに……」

「理事長先生に用があって、たまたまな。そのついでにローズの試合を見ようと思っていたのだ」


 ヴィクトリアさんはローズと僕を見やった。


「二人ともいい試合だったぞ」

「「ッ」」


 僕とローズは息を飲み、ヴィクトリアさんは微笑みながら僕たちの頭に手を置いた。


「だが、あまり無茶はするな。先週、死にかけたばかりだろう。少しは安静にしたまえ」

「「……はい」」

 

 ヴィクトリアさんは自然の僕とローズの頭を撫でてきた。その撫で方はとても優しかった。ローズは物凄く甘えた表情をしていた。


 僕の視線に気が付いたローズが顔を赤くし、ヴィクトリアさんの手を叩いた。


「お姉ちゃん。もう子供じゃないんだからやめてよ!」

「……そうだな。もう子供ではないものな。撫でるのは控えるようにしよう」


 ヴィクトリアさんが少し悲しそうに目を伏せた。それを見てローズは恥ずかしそうに唇を尖がらせ、ポショポショと言う。


「そ、その誰もいない時は、その撫でてもいいわ……よ」

「そうか。なら、今度、沢山撫でてあげよう」

「……沢山はいらないわ」


 顔を赤くしそっぽを向くローズ。ヴィクトリアさんは静かに微笑み、僕を見やった。


「ところで、君は≪刹那の栄光オーバー・クロック≫に覚醒していたのだな」

「……さ、さっき、ローズとの戦い――」

「死にかけてもなかったのにか?」


 ぐっ。やっぱり、ヴィクトリアさんは≪刹那の栄光オーバー・クロック≫の覚醒条件を知ってるのか。聖霊協会の上層部には、キチンとした情報があるのかな?


 ど、どう誤魔化――


「もう調べはついているぞ、ホムラ君」

「な、何のこと――」

「三月二十九日。十二時二十三分。ノイトラール大聖域の中部に位置するインパルシ市のヨツゴシデパートにて――」

「ああ!!」


 大声をあげてヴィクトリアさんの言葉を遮る。ローズが首を傾げた。


「何なのよ。急に大声を出して」

「な、何でも――」

「何でもはあるだろう。私に虚偽の報告をしたのだぞ」

「それって、もしかして黒瘴こくしょう竜の片翼の……」

「そうだ」


 ヴィクトリアさんはローズに三月二十九日から四月一日までの僕の行動を詳細に語りだした。


 逃げようと思ったけど、ローズに捕まってしまい無理だった。


 そしてヴィクトリアさんから全ての話を聞いたローズは怖い目を僕に向けてくる。


「つまり、ご家族に怒られたくないがために、あんな嘘を吐いたのっ!? っというか、黒瘴こくしょう地帯を生身で移動って死ぬ気なのっ!?」

「そ、そんなつもりはないよ。鼠人族だけが知る安全ルートも――」

「ホムラ君っ!」

「い、痛いぃ! 頬引っ張らないで!!」

「……はぁ」


 ローズは仕方なさそうに溜息を吐き、僕のほっぺから手を離した。僕は赤くなった頬をさすった。


 ヴィクトリアさんが僕をじっと見ていた。


「あの、僕の顔になにか?」

「……いや、すまない。ちょっと昔を思い出しただけだ」


 ヴィクトリアさんは少し遠い目をしたあと、僕にニヤリと笑った。


「兎も角、君の動向に関しての調査が終了したため、その内容を理事長先生やご家族に伝えた」

「え」

「しっかりと怒られることだな」

「……うぅ」


 皆、怒ると怖いんだよな。いや、まぁ、お金使い込んだり危険な事した僕が悪いのは分かってるんだけどさ。


 ……しばらく携帯は見ないようにしておこう。


 そしてしばらくしてバーニーがヘーレン先生を連れて戻ってきたのだった。


 

 Φ



「おはよう、ホムラ君」

「……え?」


 親善試合の翌朝。


 僕はいつも通り太陽が昇る前に起きて、トレーニングをしようと寮を出た。すると、運動着姿のローズが待っていた。


「どうしてここに?」

「昨夜、バーニー君に聞いたのよ。ホムラ君に言いたいことがあったから」


 そういえば、バーニーとローズがコソコソと話していた気がする。


 ローズは真剣な表情で僕を見やった。


「ホムラ君。私はどんな脅威からも人々を守り助ける聖霊騎士を目指しているわ。それが私の夢で、誇り」


 ローズの言葉はとても真剣で、本当にそれが彼女の夢なのだと分かった。


「だけど、私はあの時、黒瘴こくしょう竜を前に無力だったわ。弱かった。もしホムラ君が助けてくれなかったら、私は誰も守れず助けられず死んでた。夢もかなえられず、無駄死によ」


 ローズは悔しそうに拳を握り、僕に深々と頭を下げた。


「強くなりたいの! 少しでも誰かを守れるようになりたい! だから、どうかお願いします! 門外不出の技術だって分かっているわ。でも、少しでも強くなりたいから、どうか私に、鼠人族の、君の技術強さを教えてください!」


 ……そんな必死に頼まれたら断れないじゃん。


「いいよ。けど、代わりに、ローズにしてもらいたいことがあるだけど」

「分かっているわ。鼠人族に伝わる高等な技術をタダで教えてもらおうなんて思ってないわ。何でもするわよ」


 何でも……


 自然とローズのおっぱいに目線が――


「ホムラ君?」

「な、何でもない! 変な事考えてない!」

「……はぁ」


 ローズは深い溜息を吐いた。僕は気まずくなり、咳払いする。


「こほん。ローズには僕の訓練相手になって欲しいんだ」

「そんな事でいいの?」

「それがいいんだ。ローズは強い。僕じゃできなかったことを為したんだ。尊敬してる。だからこそ、僕もローズから色々と学びたいんだ」


 あの時ローズが感じた悔しさ。僕も感じていた。


 僕だけでは、瀕死状態だった聖霊騎士を助けることすらできなかった。黒瘴こくしょう竜と相打ちをして家族を悲しませた。それがとても悔しかった。己の無力さはいつも憎んでる。


 僕も強くなりたい。黒瘴獣こくしょうじゅうから皆を守り助けられるように。誰も死なずに済みように。


 そんな聖霊騎士になりたい。なるんだ。


「……つまりライバルってわけね」

「ライバル?」


 僕はローズと敵対するつもりはないのだけど。


「だってそうでしょ? 互いに切磋琢磨しあって、聖霊騎士を目指す。まさにライバルじゃない?」

「……確かに」


 漫画みたいな関係だ。


「じゃあ、これからよろしくね。ホムラ君」

「うん。よろしく、ローズ!」


 僕らは手を握りあったのだった。


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