第11話 刹那の栄光

 シンプルに、速かった。


 まばたき一つすら許されないほど刹那、ホムラが踏み込み“焔月”を抜刀した。


 音速で迫ってくるのだ。人類の誰もが到達できない速さだだった。


 けど、ローズの瞳に諦めは浮かんでいなかった。裂帛の叫びをあげる。


「ハァァアアアア!!」


 竜の力をその身に降ろす≪竜の祝福≫は最強の固有能力と謳われるに相応しく、四つの力を内包している。


 竜の翼を生やして浮遊し、自由自在に飛翔する〝竜翼りゅうよく〟。


 黒瘴気こくしょうきや霊力の流れを視ることができる〝竜眼りゅうがん〟。


 霊装に風の刃を纏わせ放つことのできる〝竜爪りゅうそう〟。


 そして。


「〝竜鱗りゅうりん〟ッッ!!」


 突如としてローズは膨大な紅の霊力を噴き上げ、“焔月”を受け止めたのだ。


 それは、霊力をオーラ状に実体化させ、あらゆる攻撃を防ぐ〝竜鱗〟。その防御力は高く、至近距離で放たれた銃弾すら弾くほど。


 故に、≪刹那の栄光オーバー・クロック≫によるホムラの一閃は、ローズのAランクの霊力の〝竜鱗〟によって阻まれた。


 だが、しかし!! 


「灰鉄流奥義――」


 ホムラは刹那、納刀し。


雷斬らいきりッッ!!」

「ッッ!?」


 抜刀した。本命の一閃最強を放った!


 鼠人族最弱が放ったそれは、容易く〝竜鱗〟を断ち、ローズを斬ったのだ!!


 紅の竜の翼はもちろん、“ブレイブドライグ”も“レーヴァテイン”も消え去る。同時に、音速を超えた抜刀により発生した衝撃波ソニックブームが、ローズを襲い吹き飛ばす。


「ガッ、カハッ」


 ローズは地面を何度もバウンドし、転がった。頭からは血が流れ、体の節々に激痛が走る。


 また、先ほどのホムラの一撃によってAランクもの霊力の殆どを消費していた。虚脱感などが襲ってくる。


 それでも、黒瘴こくしょう竜と戦った経験を持つローズは立ち上がった。


(……結局、才能霊力に救われたわけね)


 正直、ローズ以外が今の一撃をくらっていたら、〝暗殺殺し〟の効果によって、一瞬で霊力を使い果たし気絶していただろう。


 ローズが立てているのは、竜人族の中でもひと際高い霊力のおかげだった。


(……ホムラ君は)


 ローズは血が滲む視界で、前を見た。


 ホムラが“焔月”の柄に手を添え、抜刀の構えを取っていた。青白い顔を見る限り、ホムラも限界だった。


(……ホムラ君の霊力もほぼない。それでも立っている。“焔月”霊装を握りしめている)


 ホムラのその闘志にローズは敬意を払う。残り僅かの霊力を全て注いで“ブレイブドライグ”を展開し、構える。


 シーンと、耳が痛くなるほどの静寂が二人の間に訪れた。


 そして。


「灰鉄流奥義――竜殺りゅうごろし

「紅蓮流奥義――覇竜斬はりゅうざん


 互いの全身全霊を懸けた一撃が交わり。


「た、担架を持ってきてください!!」


 そして両者は倒れたのだった。



 Φ



「な、なんや……あれは」


 観客は呆然としていた。ゾーイもだった。


 いくつもの驚愕はあった。ホムラの剣の腕前。ローズの霊力量。色々と言いたいことがあった。

 

 だが、あれは。あの音すらも置き去りにして駆けたあの能力は何だっ!


 ゾーイのその疑問に答えたのは、


「……≪刹那の栄光オーバー・クロック≫」

「≪刹那の栄光オーバー・クロック≫だ」


 鼠人族の少女であるカオリと、


「ヴィ、ヴィクトリア様っ!?」


 ローズの姉であり、第六聖霊騎士団団長のヴィクトリア・ヴァレリアだった。ゾーイは急に現れ、隣に座ったヴィクトリアに驚く。


「ど、どないしてここにっ!?」

「理事長先生に用事があってな。ついでに妹の試合を見に来たのだが……」


 ヴィクトリアは互いに倒れ、ヘーレンから治療を受けているローズとホムラを一瞥した後、カオリを見やった。


「君は確か、クイエム小聖域出身ではなかったと思うが?」

「……昔、旅行で訪れた時に教えてもらった。そっちこそなんで?」

「私も……昔、教えてもらったんだ」


 ヴィクトリアは一瞬だけ悲痛な表情を浮かべた。その様子に気が付かず、ゾーイは尋ねる。


「そ、その、ヴィクトリア様。≪刹那の栄光オーバー・クロック≫っちゅうのは……?」

「ああ。鼠人族の固有覚醒能力の事だ」

「はぁっ!?」


 ゾーイは面白いほどに驚く。


「いや、やって、鼠人族は固有覚醒能力を――」

「持たない、と言われている。世間一般ではな」


 覚醒。


 固有霊装、特殊霊装ともに発生する現象で、二つ目の異能を宿す事を指す。その異能を特別に覚醒能力というのだが、通常の異能とは比べ物にならないほど強力なのだ。


 だからこそ、その覚醒条件は厳しい。しかも、一部種族にいたっては固有霊装の覚醒能力が確認されていない。存在しないと言われているほどだ。


 鼠人族もその一つの種族だった。


「たぶん、どの種族にも必ず固有覚醒はあるのだ。だが、その条件が誰も覚醒できないほど厳しすぎるか、もしくは――」

「……覚醒しても伝わらない」

「伝わらない……やと?」


 嫌な予感がゾーイの頭を過ぎった。それにヴィクトリアが答える。


「死ぬのだ」

「死ぬ……」


 ヴィクトリアは淡々と言う。


「その覚醒条件に才能はいらない。鼠人族なら誰でも目覚められる。ただ、大切な人を守るために戦い、瀕死になればいい」

「……それでも強大な敵を倒すために、一矢を報いるためにその異能はある」


 ヴィクトリアは自らの手を握りしめた。


「史上最強と謳われる竜人族の固有覚醒能力、≪覇竜の栄光ドラゴンハート≫。Sランクの黒瘴獣こくしょうじゅうとも渡り合える程の、絶大な力を得る異能」


 ヴィクトリアは何かを思い出すように、拳を握った。


「だが、鼠人族のそれは、命に等しい体内の霊力を使い果たし、一瞬だけ超えるんだ。我らの≪覇竜の栄光ドラゴンハート≫を。故に、≪刹那の栄光オーバー・クロック≫と言う」

「……だから、発動すれば必ずどんな敵も殺し、必ず死んでしまう。鼠人族最弱が使う必殺必死最強能力ちから

「なんや……それは。ありえんやろ、それはっ!」


 カオリと、そして英雄であるヴィクトリアが淡々と語る内容に、ゾーイは恐れおののいてしまう。


「やって、彼は! あの一期いちごっちゅう子は生きてるやないかっ! それに、必死というんやったら、なんであんさんたちはその能力のことを知って――」

「特殊霊装……特殊能力の力だよ」

「ッ! エマはんっ!?」


 今まで黙り込んでいたエマが、恐ろしい程真剣な表情をしていた。


「一期ホムラ君の特殊能力は霊力なしで発動できるんだよ」

「はっ? 何を根拠に――」

「ほら、見て。固有霊装である彼の刀は消えているのに、右手首の鈴は消えてない。霊力が無くても展開できているんだよ」


 ホムラとローズは担架で運ばれており、ホムラの右手首には“鬼鈴”があった。


「能力は回復系。だけど、たぶんその回復能力は高くない。真価は別にある」

「別って……」

「死なない事だよ。少なくとも、霊力を使い果たした程度では彼は死なない。まさに、その≪刹那の栄光オーバー・クロック≫ためだけにある特殊能力。尊敬に値する意志だよ」


 エマのその言葉には、深い敬意があった。その瞳には強い闘志があった。


 カオリが補足する。


「……昔。彼と同じ特殊能力を有した鼠人族がいた。彼は鍛錬を重ね、≪刹那の栄光オーバー・クロック≫を自由自在に操る技を手に入れた。名を一期ライカ。鼠人族の英雄」

「は? それって七十年前の聖瘴第二大戦で、七英雄と共にSSランクの黒瘴こくしょう竜と戦った老人の……。やけど、あれは鼠人族の迫害を是正するための作り話――」

「ではない。彼は実在したんだ。その戦いで六人もの英雄が亡くなってしまった事や鼠人族への偏見故に、クイエム小聖域に暮らす鼠人族以外は信じていないが」


 ヴィクトリアは遠くを見やった。エマが何かを思い出した仕草をする。


「そういえば、油断するなとかの意味合いで『窮鼠竜を殺す』っていうことわざがあるけど……」

「そうだ。一期ライカがSSランクの黒瘴こくしょう竜と相打ちしたが故に生まれた諺だ」


 ヴィクトリアは立ち上がった。


「ヴィクトリアさん、どこに?」

「妹の見舞いだ。あと、歴史に名を残す・・・・・・・であろう・・・・二人目の英雄の顔を拝みに」


 そしてヴィクトリアはその場を去っていった。

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