第17話 嫉妬と対抗心と甘え

 僕は慌てて窓を開け、≪竜の祝福≫で浮いているローズに尋ねる。


「どうして、ここにいるのっ!?」

「ホムラ君と一緒に寝に来たのよ」

「はぁっ!? いやいや、駄目だって! そもそもここ男子寮だし、女人禁制! セキュリティーとかだってあるじゃん!」

「大丈夫よ。今、監視カメラにはビニール袋を被せてあるわ」

「何が大丈夫なのっ!?」


 混乱する僕を他所にローズは窓から部屋に入ろうとする。


「中に入るわよ。警備員が来ちゃうし」

「いや、だってっ!」

「いいから入るわよ」

「あっ!」


 ローズは窓際に立つ僕を押し倒しながら、窓から部屋へと入り込んだ。顔に大きなおっぱいが押し付けられ、ちょっとマズイ。


 そんな僕を気にする様子もなく、ローズは立ち上がり窓を閉めた。


「……危なかったわね。ちょうどビニール袋を外しに来てた警備員に見つかるところだったわ」


 ローズが僕を見た。


「じゃあ、ホムラ君。一緒に寝るわよ」

「いや、だから、なんで――」

「静かにしなさい。隣の部屋の人たちに怪しまれるわ」

「ッ!」


 ローズの一方的な物言いに怒鳴りそうになりが、どうにか抑える。小声で尋ねる。


「……それで、どういうことなの?」

「ドルミールもバーニー君もいないし、明日は休みだからちょうどいい機会だと思ったのよ」

「……なんの?」

「ホムラ君の“鬼鈴”の効果を確かめる実験よ」


 そういえば、数日前にそんな話をした。


「あれ本気だったのっ?」

「当たり前じゃない。冗談だと思ってたのかしら?」

「当たり前だよ!」


 誰が付き合ってもない十五の男女が一緒に寝るなんて思うのっ!? 倫理的に駄目だって!


「いいから、一緒に寝ましょう」

「あ、ちょっ!?」


 純粋な力勝負で僕はローズに敵わない。男女の違いはあっても、鼠人族と竜人族の身体能力の差、体躯の差、そして霊力の圧倒的差の前に僕は無力だ。


 僕はローズによってベッドの中に連れ込まれてしまった。

 

 ベッドは当然一人用だ。つまり、狭い。必然的に僕とローズは密着することとなる。


 今のローズはとても可愛いパジャマを着ている。しかも、そのパジャマの生地は薄く、触れるとローズの肌の温もりがはっきりと感じられる。


 それに、胸元が開いているのだ。ローズのシミ一つない綺麗な肌と白い下着がチラリと見てしまう。吐息も物凄く近くで感じられるし、女の子のいい匂いもする。


 もうヤバい。死にそうなほど恥ずかしい。


「……ホムラ君の顔、真っ赤だわ」

「ろ、ローズだって顔真っ赤じゃん! っていうか、どうしてこんなことするの!?」

「……強くなりたいからよ。睡眠時間が短くなったら鍛錬にそれだけ費やせるじゃない」


 その言葉を聞いた瞬間、ちょっと黒い気持ちが湧きあがってきた。


「ッ。ローズは強くなるためだったら、誰にでもこんなことするのっ?」

「ッ! 何言ってるのよ! ホムラ君以外にするわけないじゃない! もういいから、気にせず寝なさい!」

「むぐっ」


 ローズが僕の背中に手と竜の尻尾を回し、僕をぎゅっと抱きしめた。


 胸に、お腹、太ももなど。ローズの柔らかさを全身で感じてしまう。何をとっても僕とは違う柔らかさに体が熱くなる。


 しかも、物凄く優しくてそれでいて本能を刺激するような甘い匂いが僕の鼻をくすぐり、クラクラしてくる。脳が沸騰する。


 ああ、もう、だめ……。しげき、つよい……


「……他の女の子に目移りしたら許さないわよ」


 気絶するように僕の意識は遠のいてしまったせいで、ローズが何を言ったかわからなかった。


 

 Φ



「……ん」


 習慣のおかげで、いつも通り朝日が昇る前に目を覚ました僕は。


「ッ!?」


 隣で寝ていたローズが何故かパジャマを着ておらず、白の下着姿だったことに酷く驚き、飛び起きた。逃げるようにベッドから飛び降りる。


 暗い部屋の床にはローズのパジャマが落ちていた。


「……どうして。いや、考えるのはやめよう」


 僕はローズから視線を逸らし、洗面所に移動して顔を洗い運動着に着替える。


「……おはよう」

「ッ……おはよう」


 そして部屋をこっそり出ようとしたとき、ローズが起きた。


「……外で待ってて。私もすぐに着替えて行くわ」

「……分かった」


 僕はなるべくローズの方を見ないように頷き、部屋を出た。


 廊下はまだ暗い。朝日すら昇っていないのだから当然だ。


「……はぁ。本当に、ローズったら」


 あまりに刺激が強すぎて気絶してしまったが、昨夜の事は全て覚えている。ローズの姿も甘い匂いも柔らかな感触も。


 顔が熱くなってしまう。


 けど、同時に悔しさも感じてしまう。


「たぶん、僕を男として見てないから、あんなことしたんだろうな」


 ローズだって常識があるはずだ。強くなりたいとしても男と一緒に寝ようなんて普通は思わない。ということは、僕を男として見てないのだ。


 ……でも、昨夜のローズの顔、物凄く真っ赤だったし、もしかしたら………………


 ああ、もう! 考えるのは止めよ! 昨夜は何も無かった! ローズは来なかったし、一緒に寝てもない! 


 全て忘れる!


「すぅ……はぁ」


 深呼吸をして、切り替える。


 寮を出ていつもの場所でしばらく待機した。足音が聞こえ、そちらを振り返れば運動着姿のローズがいた。


「……ホムラ君、お待たせ」

「……うん」


 お互いに気まずくて、顔を合わせられない。と、ローズが大きく息を吸った。


「ほ、ホムラ君! 違うから!」

「え、何が?」

「あ、あれよ。その……パジャマの事よ!」

「……え?」


 昨日のローズのパジャマ姿を思い出し、そこから一気に色々な感触とかを思い出して再び顔が熱くなってくる。


 忘れるって決めたのに、すぐにこれだ。


「いつもはアレなのよ! 着てないのよ! だから、無意識に脱いじゃっただけなの! 最初から脱いでたわけじゃないのよ!」

「……は、はぁ」

「だから、その、違うからね!」


 ……何が言いたいのだろう? 


 そんな疑問を飲み込み、僕は頷いた。


「わ、分かったから」

「そう、なら……その、いいわ」


 そして僕たちは少しギクシャクしながら、鍛錬を始めた。走り、霊力操作技術を鍛え、筋トレをし、素振りを行い、剣の手合わせをする。


 そして剣の手合わせを何度か行い休憩する。


「やっぱりローズの剣は力強いね。僕には真似できそうにないや」

「それはそうよ。下地となる体躯や身体能力、霊力が違うから。いうなれば私たちは剛の剣で、ホムラ君たちのは柔の剣よね」

「まぁ、技術だよりの剣だからね」

「……つまり私たちの剣が技術なしの力任せって言いたいのかしら?」


 ローズが揶揄う様にジト目を向けてくる。なので、僕は冗談で返す。


「まぁ、ローズはかなり脳筋なところがあるからね。ごり押しこそ、最強って考えてそう」

「あら、そういうホムラ君こそ、考えなしに動くことが多いじゃない。いえ、考えなしというより、間抜けなのかしら?」


 僕とローズはちょっと睨み合い、そして一拍おいて。


「アハハハハ」

「フフフ」


 ちょっとした冗談のやり取りが面白くて、僕たちは思わず笑ってしまう。それでようやくギクシャクした雰囲気が消え、いつも通りに振舞えた。

 

 それからしばらく談笑していたら、ローズが急に落ち込みだした。


「……それにしても、またダメだったわ」

「〝瞬光駆動フラッシュドライブ〟のこと?」


 〝瞬光駆動フラッシュドライブ〟とは、鼠人族が培ってきた身体の一部に一瞬だけ霊力を流し身体強化をする技のこと。


 単に霊力の消費量を減らすだけでなく、同等の霊力で通常よりも高い身体強化の出力を得ることができる。


 一ヶ月前からローズはその練習をずっとしているのだ。


「やっぱり、霊力制御技術が足りてないからかしら」

「そうだね。一ヶ月前よりも格段に良くなってきているけど、ローズの技量を考えるとまだまだだとは思うよ。特に身体強化の発動時にかかる大きな抵抗をなくすには、かなりの技量が必要になるし」

「……そうよね」

「で、でも、〝変光駆動ギアドライブ〟はできるようになってきたじゃん!」

「少しだけね」


 〝変光駆動ギアドライブ〟とは、身体強化をしている最中に、一瞬だけ霊力を流す量を変えて出力を変化させる技のこと。

 

 〝瞬光駆動フラッシュドライブ〟と違い、常に身体強化をするため霊力消費量は大きいが、それでも常に高い身体強化を維持するよりは少なくて済む。それに難易度も低くなる。


 とはいえそう簡単に習得できるものでもないため、いまだに上手くいかないローズは少し落ち込んでいるのだろう。

 

 と、急にローズは大きく息を吸い、パァンっと自分の頬を叩いた。


「ろ、ローズっ? 大丈夫?」

「甘えてた自分に活をいれただけよ。気にしないで」

「え? ローズが鍛錬とかで自分を甘やかしてはないと思うんけど……」


 ここ一ヶ月、妥協することなく自分を追い込んで鍛錬に取り組んでいたローズを思い出す。


「違うわよ。鍛錬じゃなくてホムラ君に……もう、いいじゃない。本当に気にしないで」


 ローズは立ち上がり、“ブレイブドライグ”を展開した。


「さ、手合わせを再開しましょ」

「……うん」


 僕は立ち上がって“焔月”を展開しながら、ふと思った。

 

 もうちょっとローズの気持ちが知りたいな。もっと弱音を吐いて欲しかったなぁ。

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