第7話 強制再会

「……ふぅ。たぶん、逃げ切った」


 ローズは入寮式の次の日に退院し、遅れて入寮してきた。


 もちろん僕は最初、先日のことでローズに感謝しに行こうとした。あの奇跡はローズが為したのだから。


 だが、怖かった。なんか、僕を恐ろしい眼で睨んでたんだもん。だから、なんとなく感謝を言いそびれていた。ちょっと避けてた。感謝する機会を窺っていた。


 すると、その眼光はさらに恐ろしくなり、固有霊装に宿る≪危機感知≫すら反応し始めた。


 避けるしかなくなってしまった。


 男子寮の前で悪鬼羅刹もかくやと言わんばかり形相で立っているローズに出会わないように窓から出入りし、風呂や食事の時もできるだけ時間をずらすようにした。


 また、ガイダンスやオリエンテーション時はバーニーとできるだけ話すようにして、距離をとった。


 それが数日も続けば、完全に後に引けなくなってしまい、今に至る。


えあるアルクス聖霊騎士高等学校に入学された新入生の皆様の多くは、将来聖霊騎士として、もしくはそれに従事する職業に就くかと思います』


 巨大演習場で行われている入学式。


 品のある服に身を包んだ老婆、アルクス聖霊騎士高校の理事長が話していた。七十年前の聖瘴第二大戦を経験した理事長の言葉はとても重みがあるものだった。


 次に、在校生代表として生徒会長さんが壇上に上がった。


 丸耳ヒューマン族の美少女だった。はっきりとした顔立ちと人懐っこい目を持ち、とても明るく活発な雰囲気があった。実際、明るくハキハキと祝辞を述べていた。


 にしても……強い。聖霊騎士学校で生徒会長をしていることを差し引いても、彼女の強さがハッキリとわかる。


 出立ちや視線の動きなどもそうだけど、何より隙がない。今、僕が突然≪刹那の栄光オーバー・クロック≫を発動させて彼女を急襲しても、防がれる。その未来が確実に見える。


 筋肉のつき方からして霊装はたぶん、重量型の武器……いや、重量型と軽量型両方かな。というと、固有霊装と特殊霊装の両方を発現しているんだ。


 異能は何だろう? 固有霊装は丸耳ヒューマン族の固有能力として、特殊霊装は――


「あ」


 ジロジロ見すぎた。生徒会長さんと目が合ってしまった。そして生徒会長は一瞬だけ目を見開き、少し離れたところを見やってニッと笑った。たぶん、誰かに笑いかけたんだ。


 僕はその人物が気になって生徒会長が見やった方向に視線を向けたが、僕よりも背の高い同級生たちの壁に阻まれ見ることはできなかった。

 

 まぁ、いいか。


 そして生徒会長さんの祝辞も終わり、ローズが新入生代表の挨拶のために壇上に上がる。


 壇上に立つと人が良く見えるのだろう。ローズはすぐに背の低い僕を見つけ、新入生代表の挨拶を述べている間、何度も僕に殺気を放っていた。


 ……気が付かなかった事にしよう。


 僕はローズから視線を逸らした。


 そして入学式が終わり、写真撮影などしたあと僕たちは教室へと移動していた。


「ねぇ、バーニー。生徒会長さんってかなり有名なの?」


 教室に移動している最中、同級生たちが口々に生徒会長さんの名を挙げていたので気になったのだ。


 バーニーが驚く。


「はっ? お前、知らねぇのか!?」

「うん」

双霊使いデュアルキャスターで、弱冠十五歳で固有覚醒に至った人だぞっ!?」

「へぇ、丸耳ヒューマン族の覚醒者なんだ。凄いなぁ」

「何が、凄いなぁ、だっ! 反応薄すぎるだろ! 覚醒だぞ! 二つ目の異能を霊装に宿した人のことだぞ!? 数える人しかいないんだぞ!?」

「知ってるよ。だから、あの強さに納得がいったんだけど」

「あの強さ? お前、生徒会長の事を知らなかったんだよな」

「うん。でも、戦っても勝てないなって、見れば分かるじゃん」

「……」


 バーニーが頭が可笑しい存在を見る目を僕に向けてきた。そして呆れたように溜息を吐いた。


 え、何? 酷くない?


「酷いのはお前の頭だ」

「ナチュラルに心を読まないでよ」

「顔に書いてあるんだよ」


 再びバーニーは呆れた溜息を吐いた。


 そうこうしている内に教室に着いた。幸いなことに僕とバーニーは同じクラスだ。ぼっちにはならなくてすむ。


「皆さん、席についてください」


 僕の担任は先日の耳長エルフ族の女性だった。


「このクラスの担任を勤めるヘーレン・ナティーシャです。一年生での科目担当は救護Ⅰと生命倫理です」


 自分の自己紹介を終えたヘーレン先生は、次に僕たちに自己紹介をさせる。


 アルクス聖霊騎士高校の一学年に対するクラスは五つあり、一クラス二十人だ。そしてまた、クラスは能力別で分けられている。


 この能力は、単に優劣とかではなく、個々の種族、性格、学力、霊装発現、またその能力等々で決まる。つまり、相性で分けられている。


 だから、クラスごとにある程度の特色が現れる。


 客観的に見て、鼠人族の僕は学校にとってかなり扱い難い存在だと思う。そんな僕が分けられたクラスなのだ。


 つまり、無難で真面目な子が多い。


 僕が自己紹介したときも、鼠人族の僕が聖霊騎士学校にいることに不満を持っているっぽい子などもいたが、少し睨んでくるだけであからさまな態度を出したりはしてこなかった。


 問題を起こすタイプは少なそうだった。


 自己紹介を終えた後、ヘーレン先生からいくつかの説明などを受けた。


「最後に親善試合についてですが」


 ヘーレン先生は明日行われる新入生同士の親善試合について説明を始めた。


 親善試合は、新入生が自分たちの同級生のトップがどれくらいの強さなのかなどを知り、目標を定めたり親睦を深めるために行うトーナメント試合らしい。上級生も観戦するそうだ。各クラスで三名ずつ選出される。一組だけは四人らしいが。


「そしてその三名ですが、先日行われた試験を参考に私たちの方で話し合い、既に選出しています」


 入寮式の次の日から三日間かけて行われた試験か。学力はもちろん、霊力量やその制御技術、武術とか、色々とテストされた。


 ……嫌な予感がする。


「その結果、我がクラスではマチルダ・ドルミールさんとジョン・スミスくん、そして一期ホムラくんの三人に出場してもらいます」

「え」

「はっ?」

「え、鼠人族だろっ?」

「俺たちより強いのかよっ!」

「ありえないだろ」


 みんなが騒めき始める。バーニーだけは納得だな、と頷いていた。


 そしてヘーレン先生は騒めく生徒たちにきっぱりと言う。


「アナタたちは私たち教師の選出に文句があるのですか? あるのであれば、手をあげ粛々と述べてください。その内容に妥当性があるのであれば、教師陣で協議にかけますが」

「「「……」」」

「ないようですね」


 黙り込んだ生徒たちにヘーレン先生はにっこりと笑った。


「ドルミールさんとスミスくん、一期くんは親善試合について詳しい説明がありますので、前に来てください。では、今日はこれにて終わります」


 ……ギヌロ、と無数の視線が僕に突き刺さった。


 

 Φ



 翌日になると、最弱の鼠人族が親善試合に出るという情報は学校全体に間に広がっており、僕は噂の的となった。


 とはいえ、巨漢悪人面のバーニーが近くにいたため、直接的に何かされることはなかった。裏でコソコソ言われたり、睨まれたりする程度だ。


 だから、問題ない。ちょっと悲しいなと思うくらいだ。


「にしても、かなりの部活動があるんだな」

「ね」


 アルクス聖霊騎士高校は聖霊騎士を育成する学校だが、一般の高等教育も兼ねている。そのため、部活動も多く存在する。


 そして向こう一ヵ月は部活動の仮入部などができる期間だ。新入生の勧誘も多く行われている。


 なので、バーニーと一緒に気になる部活動を見学しようと思っていたのだけど……


「あ、あの。ちょっといいですか?」

「え、僕?」


 狐人族の女子生徒に話しかけられた。リボンの色からして、上級生だ。


「こ、これ。ヘーレン先生から伝言があって。親善試合の事で話があるから、一人でここに来い、と」


 彼女から受け取ったノートの切れ端には、訓練棟のある第九準備室に来いと書かれていた。


「分かりました。伝えてくれてありがとうございます」

「で、ではっ」


 女子生徒は急ぎ足で去った。


「バーニー。そういう事だから、ごめん」

「おう」


 僕はバーニーと別れて、準備室に向かう。


 それにしても話って何だろう? 今の噂の件での話かな?


 そんな事を考えながら教室にたどり着き、扉を開いた。


「あれ、真っ暗」


 窓もないためか、明かりがついてない準備室は真っ暗だった。


 ええっと、電源は……


 僕は真っ暗な準備室に足を踏み入れ、明かりをつけた。


「あ」

「あ」


 なんか、ローズがいた。下着姿だった。黒で大人な色っぽさがあって、破壊力があった。


 そして状況を即座に理解した僕は慌てて準備室から出ようとして。


「えっ、あ、ちょっ!?」


 バンッと準備室の扉が閉じられ、カチャリと鍵が閉められた。


 僕は下着姿のローズと一緒に閉じ込められたのだった。

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