第6話 世話好きのルームメイト

 僕の部屋は寮の四階にある。


 そこから飛び降りた僕は霊力で身体能力を強化しながら、シュタッと着地した。黒コートが華麗にひるがる。


「……今の着地はかなりカッコいいんじゃないかな?」


 宵の口に窓から飛び降り華麗に着地する黒コートの男。


 ……カッコいい。


 ひとしきり感激に震えたあと、僕は寮を見上げる。


「確か、八階建てだよね」


 アルクス聖霊騎士高校は全寮制のため全校生徒が住む寮は大きく、コ型で男子エリアと女子エリアに分かれている。中央は共同エリアだ。


「今は春休みで帰省している生徒が多いとは聞いたけど、気配的にそれなりの人が寮にいるね」


 窓から零れる光や僕のネズミ耳が捉えた音を聞いた限り、寮の四分の一ほどの部屋には人がいる。


「バレたら流石に怒られそうだし、気づかれないようにしないと」


 あと、ごっこ遊びしているのがバレると恥ずかしいし。カッコいいし、心の奥底でワクワクが溢れるが、一般的に見るとかなりイタい子だし。


「“焔月”」


 僕は碧い灰色の霊装の刀、“焔月”を作り出し、腰に差す。


 そして柄に手をかけながら、軽く腰を落として。


「≪刹那の栄光オーバー・クロック≫」


 真上に跳んだ。一気に屋上と同じ高さまであがり、空中を蹴って横に跳ぶ。


「くっ」


 ズザァーーと滑るように屋上に着地した。


「……ふぅ、疲れた。五パーセントの出力とはいえ、やっぱり一瞬の発動でもかなり霊力を消費するなぁ。けど、常時発動したら十秒も持たないし、出力調整も大変なんだよね。昨日は音速以上の出力を出しちゃったから、体に色々とダメージ入ったし」


 もっと訓練して使いこなせるようにならないと。けど、ここ最近は伸び悩んでいるしなぁ……


「まぁ、そのために聖霊騎士学校の中でも最もレベルの高いアルクス聖霊騎士高校に来たんだ。先生たちに助言とか貰おう」

 

 そう考えると、俄然学校生活が楽しみになってきた。


「あ、でも、≪刹那の栄光オーバー・クロック≫をいつ明かそうかな? ヴィクトリアさんに黒瘴こくしょう竜の件で嘘吐いちゃったし、学校にもその情報が伝わってるよね」


 どうしよ。


「≪刹那の栄光オーバー・クロック≫の覚醒条件ってたぶん伝わってないよね? だとしたら、急に覚醒したとかで誤魔化せないかな? あ、けど、こういうのは演出が大事って兄ちゃん言ってたよね……」


 う~ん。悩ましい……って、そうじゃない! 今は黒コートのカッコよさを堪能しに屋上に来たんだった。


 僕は“焔月”を消す。


「ええっと、兄ちゃんが教えてくれた中二病は確か……」


 アルクス小聖域の高台の上に建つアルクス聖霊騎士高校。周りは小さな林で、その奥に人口の灯が輝く街並みが広がる。


 屋上の柵の上に立った僕はそれを睥睨へいげいした。


「フッ。今宵は風が騒がしいな」


 黒コートに霊力を込めて、風にたなびいているように操作する。


「貴様らはまだ知らぬ。我の本当の姿を。我が力を」


 霊力で強化した視力で街を行き交う人々を見渡す。


「今はせいぜい最弱と罵ればいい。驕り高ぶっていろ。だが、時は来る。最強の名を知る時が」


 バッと黒コートを翻しながら、僕は街から視線を外し、柵の上から屋上へと飛び降りる。


 そして屋上の中心へと歩き出し。


「我は一期ホムラ。灰という絶望から世界を救う英雄――」


 うん。決まった。物語の主人公みたいだ。


 最高にカッコいいのではなかろ――


「誰かいます……か?」


 ガチャリと屋上に繋がる扉が開き、耳長エルフ族の女性が現れた。


「…………」

「…………」


 目があう。僕と彼女の間に長い沈黙が訪れ。


「誰もっ、いまっ、せ~~ん!!」

「あ、ちょっ!!」


 恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、僕は屋上から飛び降りたのだった。



 Φ



 あの後、屋上から飛び降りた事で耳長エルフ族の女性教師からめっちゃ怒られた。あと、あの格好にも言及されて死にたい気分になった。


 そして入寮式や試験、ガイダンスなどが行われ一週後。今日は入学式だ。


 夜明け前。


 僅かに白み始めた空の下で、運動着を着て寮を出た僕は軽くストレッチをし、学校のランニングコースを走り出した。


「ハッ、ハッ、ハッ」


 最初はゆっくりと走り、徐々に速度をあげていく。十分も経てば、全力に近い速さとなる。


 もちろん、疲れる。しかし、特殊霊装、“鬼鈴”の≪回癒≫と霊力の治癒術で体力回復をしていれば、全力疾走で走り続けることができる。


 僕は流れる景色に意識を向ける。


 学校を一周するようにあるランニングコースには、そのいたるところに植物が植えられている。


 朝日が昇る前なのもあって春の花々は閉じているが、その色どりは綺麗だ。


 全力で走り続けているから肺が燃えるように痛く苦しいけど、それでも景観がいいから気分はいい。


 三十分ほど走ると朝日が顔を見せ始めた。


 僕はランニングを止め、水を飲みながらトレーニング器具などが揃っている訓練棟へと移動する。


 訓練棟は十階建てで、一階と二階には観戦も可能な巨大な演習場がある。筋トレ器具などが揃っているのは五階より上だ。


 筋トレルームで基本的な筋トレをこなし、次に鍛錬場に移動して“焔月”を振るった。


 朝の鍛錬が終わったため、僕は窓から寮の自室に戻る。熊のようにでかい男が制服に着替えていた。


「……ホムラ。いい加減、扉から入れや」

「いいじゃん、バーニー」


 バーニー・ディヒター。


 僕の同室の子であり、熊人族だ。こげ茶の髪と瞳を持った百九十センチもある巨漢だ。


 目つきは鋭く悪人顔をしているが、根はとても良く優しい奴だ。


「お前、汗臭いぞ」

「だから、これからシャワー浴びるの」


 寮の地下には共同の大浴場もあるのだが、朝は使えない。だから、部屋に備えつけられた小さなシャワー室で汗を流す。


 ああ、温かいシャワーが運動した体に染みる……


「おい。朝食の時間に遅れるぞ!」

「あ、待って!」


 僕は慌ててシャワー室から出て体を拭き、パンツとアンダーシャツを着て洗面所を出る。壁に掛けてある制服を着ようとしたら、バーニーが怒鳴ってきた。


「あ、お前。ちゃんと頭を乾かしてないだろ!」

「え、いいじゃん」

「よくない! 風邪ひくぞ」


 バーニーが洗面所からドライヤーを持ってきて、僕の濡れた髪の毛を乾かしてくれる。制服を着ながら、僕はポツリと呟いた。


「バーニーって顔に似合わず世話好きだよね」

「そういうお前は見た目通り子供っぽいよな。ものぐさで適当だし」

「子供じゃないから」

「へいへい」


 寮で一緒に暮らし始めて四日目だけど、僕とバーニーはかなり仲がいい。すっかり意気投合したのだ。理由は分からない。


「って、本当に時間がやばいぞ! 早くしろ」

「ん」


 制服に着替え終わる。


「じゃあ、バーニー。行こうか」

「おう……って、どこから行くんだっ!?」

「当然、窓からだよ」

「四階だぞ、ここ! ああ、クソッ!」


 僕はシュタッと窓から地面へと飛び降りる。バーニーは僕の行動に苛立ちながらも、窓から飛び降りた。


「やっぱ、バーニーってかなり鍛えてるよね」

「お前ほどじゃねぇよっ」


 僕たちは寮の共同エリアにある食堂に向かった。


「昨日の倍はいるんじゃないか?」

「だね」


 上級生全員が春休みを終えて寮に戻ってきたため、食堂にはかなりの生徒がいた。その人の多さに辟易しながら、僕たちはたまたま空いていた席を急いでとった。


「バーニーは何にする?」

「パンだ。お前は米なんだろ」

「うん」


 それから配膳の列に並び、今日の朝食を受け取った。


「お前の地元は米が主食なんだよな」

「そうだね。特に僕の地元は極東だから、ほぼ米。パンは少ないよ」

「そういえば、ノイトラール大聖域方面は小麦が育ちにくいんだったな」

「水はけがちょっとね」


 バーニーが僕の米が大盛によそられた茶碗をみやった。


「にしても、小さいくせによく食うな」

「そりゃあ、朝から運動してるからね。これでも足らないよ。後で売店で何か買わないと」

「マジか」


 少し引いた様子のバーニー。と、急に食堂が騒がしくなる。


「ねぇ、あれって」

「ああ、例の新入生だ。お前は初めて見るのか?」

「ああ。昨日までいなかったからな。にしても、俺たちより強くないか?」

「当たり前だろ」

「ってか、美人なのに顔怖っ! 鬼みたいだ」

「おい、言うな。こっち睨まれてるぞ」


 多くの生徒たちが食堂の入り口付近を注目した。特に上級生たちの視線は多い。


 そして僕は急いでご飯をかきこむ。


「もう来たのっ!?」

「おい、汚いぞ!」

「うるさい! ……御馳走さまでした! バーニー、先に行ってるよっ!」

「あ、おいっ!」


 そして僕は、鬼の形相で僕を探しているローズから逃げるように食堂を去ったのだった。

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