第5話 中学卒業したばかりの子です
「異常ね」
「酷い」
翌日。僕は退院となった。
痛むところまだまだあるが、退院できるレベルにまで回復したからだ。
「あのね。いくら私が処置をしたとはいえ、一週間は入院するはずだったのよ。治癒術を使ったでしょ」
「はて。けど、検査の結果は問題ないんでしょう?」
「……はぁ」
セラピア女医は頭を抑えた。
「ともかく、もう来るんじゃないわよ」
「病気になっても来るなと言うんですか?」
「あのね。無茶するなって言ってるの。顔は可愛いくせに、態度は全くもって可愛くないわ」
「よく言われます」
ハハッと笑みを浮かべ、それから一転。僕は真剣な表情でセラピア女医に深々と頭を下げた。
「本当にお世話になりました。ありがとうございます」
「……私は仕事をしただけよ」
セラピア女医は少し照れたように肩を竦めた。それに頬を緩め、僕は黒刀を
「あ、ローズが目を覚ましたらよろしく言っておいてください」
「分かったわ」
もう一度セラピア女医に頭を下げ、僕は病室をでた。病室の前では
「私は第六聖霊騎士団所属、ザシャ・シュパンと申します」
「あ、僕は一期ホムラです。今日はよろしくお願いします」
僕とザシャさんは握手した。
それからザシャさんに先導され、僕は病院の地下駐車場に移動した。そこには黒ぬりの車が停まっていた。
キャリーケースをトランクに入れ、僕は後部座席に座った。ザシャさんは助手席に座った。
運転席に座っていた
「運転を担当する第六聖霊騎士団のアルベルトだ。坊主は車酔いとかするか?」
「あ、しません」
「そうか。まぁ、俺の運転技術は騎士団の中でも一番だから、車酔いなどしないと思うがな」
アルベルトさんはガハハッと笑った。ザシャさんが窘める。
「こら、アルベルト」
「おお、悪い悪い。坊主、シートベルトはしたか?」
「はい」
「よし。じゃあ、出発するぞ」
「お願いします」
そしてアルベルトさんはアクセルを踏んだ。
霊航機が
ただ、最近
つまり、
そしてそれに気が付いた竜人族の少女、ローズ・ヴァレリアが少年を助けるために、一人霊航機から飛び降り、
そういったフェイクストーリーだ。
鼠人族であることも含めて、僕に関する具体的な情報は伏せられている。聖霊騎士団等に協力してもらい、心身に大きな傷を負ったためという嘘の理由で取材を断ってもらっている。
それでもどこで僕の情報が洩れるかわからないため、アルクス聖霊騎士高校や聖霊騎士団、アルクス政府が話し合った末、僕は数日ほど早くアルクス聖霊騎士高校の寮に入寮することになった。もちろん、学校敷地内からは出れない。
そのおかげで予約していたホテルはキャンセルすることになり、入寮前に予定していたアルクス小聖域の観光もできなくなった。楽しみにしていたんだけどな。
ぐすん。
仕方がないので、スモークガラスの窓から街並みを眺めた。
……あんまり見えない。
あ、でも、窓に押し付ける勢いで顔を近づければそれなりに見える。
おぉ!
やっぱり、アルクス小聖域は多くの教育機関や研究機関が集まるだけあって、街のいたるところが先進的だ。
お掃除ロボットらしき筒状の機械が街のいたるところで動いているし、自動運転機能が搭載された車とかも走ってる。
どっちも僕の地元では見たこともないものばっかりだし、そういった物が沢山ある。凄い。
あ、スマホを使っている人がいる!
数ヵ月前に初めて発売されたスマホって旧時代では骨董品扱いされていたらしいけど、一部を除いて技術の殆どが衰退してしまった僕たちにとっては画期的な携帯電話だ。
やっぱり、カッコいいよなぁ。こうシュシュッと画面を指で操作するって。CPUのスペックもかなり高いらしいし、欲しいなぁ……
でも、ディスプレイが回転するガラケーもカッコいいんだよなぁ。最近はスマホと同等のCPUが積んであって、実質電話機能がついている携帯型のノートパソコンって感じだし。
どっちにしろ僕のはパカパカするだけの古いガラケーだし、買い換えたいな。
そういえば、泊まれなかったホテル代のキャンセル料をお偉いさんが立て替えてくれたから、全額返ってきているんだよね。
使っちゃう? 新しい携帯買っちゃうっ?
「……あの、一期さん。申し訳ないのですが、あまり窓に顔を近づけないように。万が一の事もありますので」
「はっ」
僕は我に返る。ザシャさんが申し訳なさそうに目を伏せていた。
……恥ずかしい。
「その、ごめんなさい」
「いえ、謝らないでください。謝るのは一期さんに不自由を強いてしまっている私たちですから」
ザシャさんの声音が思ったよりも暗く、少しだけ空気が重くなる。アルベルトさんが慌てて話題を変えてくれた。
「それよりも坊主は学校を卒業したら、うちの団に入るのか?」
「ええっと、分かりません。地元で聖霊騎士として就職するか、悩んでます。けど、たぶん地元だと思います。僕がナンバーの聖霊騎士団に入れるとは思えませんし」
聖霊騎士団は聖霊協会が管理する組織で、その数や規模も様々だ。その中でもナンバー、つまり数字を冠した聖霊騎士団はあらゆる騎士団の頂点に立つ。
僕では入る事すらできないだろう。
「いや、坊主はうちに就職できると思うぞ」
「ですね。団長も欲しい人材だと言っていましたし」
「え?」
アルベルトさんたちの言葉に驚く。お世辞にしても言い過ぎだ。
「いやいや、僕、最弱の鼠人族ですよ? 霊力量だって並みの聖霊騎士に及びませんし」
「それがどうかしたか?」
バックミラーに映ったアルベルトさんの目が僕を鋭く見つめた。
「確かに霊力量は強さに大きく関わる。だが、それだけで強さが決まるほど聖霊騎士の世界は甘くないぞ。それは坊主が一番よくわかっているだろう。そこまで努力してるんだからな」
「努力……?」
「そうだ。坊主の足運び。病み上がりなのにそこらの聖霊騎士よりも立派だ。それだけ体に染みついているのだろう」
「握手した時に分かりましたけど、手の平も私たちと同じくらい固かったですし、一見華奢ですけど、しっかりと筋肉がついているのが分かります。それだけ努力してきたんですよね」
二人の言葉はとても真剣だった。
「そもそも、鼠人族が最弱なわけねぇだろ」
「え、それは……」
「いや、何でもない。ともかく、客観的に自分を見るのはいいが、卑下をしちゃいかん。今までの努力を貶すことになる。……まぁ、卒業まで三年ある。沢山悩むんだな」
アルベルトさんは穏やかな声音で言った。
Φ
「ふぅ。終わった」
アルクス聖霊騎士高校の寮のベッドに僕は寝っ転がった。持ってきた荷物はそこまで多くないが、荷解きには時間がかかった。
いつの間にか夕方になっていた。
「……同室の子は誰なんだろう?」
寮の部屋は基本、二人部屋だ。部屋を半分で分けるのだ。入寮は明後日なので、反対側のベッドには誰もいない。
「気が合う人がいいな」
ワクワクと不安が心の中で責めぎった。けど、そういうのは考えても仕方がない。運だし。
「にしても……あれの事はバレてない感じだったよね」
僕は壁に掛けた黒コートを見やった。
「カッコいい……」
ところどころに緻密な刺繍が施された黒コート。フードの造形はもちろん、裾にいたるまで、美しくカッコいい。布の質感は言うまでもなく素晴らしく、高級感がある。
しかも、霊力を通すと自由自在に動かしたり硬化することができる特殊な糸を使っているらしい。
カッコよすぎる。僕の心が震える。
「手に入れたかいはあった」
出会いは唐突だった。
あれは四日前。アルクス小聖域に向かうために
僕の地元からアルクス小聖域まではかなり距離がある。まず地元から一番近いノイトラール大聖域に移動し、列車で西に移動する。そこから数十近い小聖域を霊航機を乗り換える。
計三日かかる。
本当はノイトラール大聖域から直通の便もあるのだが、かなり高い。いくつかの霊航機を乗り継いだ方が安いのだ。
ともかく、ノイトラール大聖域を列車で移動中、乗り換えの都合で大きな空き時間ができた。
なので街を散策していたのだけど、高級デパートで有名なヨツゴシデパートに迷い込んでしまった。
そして出会ってしまった。まるで漫画の主人公が着ているような黒コートにだ。
もちろん、高級デパートのコートだ。高かった。
しかし、幸運なことにお金はあった。家族がくれた入学祝に、渡航費だ!
いつの間にか、列車代はもちろん、アルクス小聖域行きの霊航機以外の便を全てキャンセルしていた。使い込んでいた。
もちろんこんな事は家族に言えない。バレたら死ぬほど怒られて家に連れ戻される。
なので、霊力で身体能力を強化して、“鬼鈴”の≪回癒≫で寝ずに走り、ノイトラール大聖域の西に移動。
こっそりとノイトラール大聖域を出国して、
何度か、
……聖域への秘密裏の入国と出国は違反だ。違法駐車をした感じのペナルティを受ける。
「普通は鼠人族の僕が
一日経って何も言われてないんだ。聖霊騎士団にその件はバレていないと思う。たぶん、きっと、メイビー……
「ま、まぁ、キチンとアルクス聖域にたどり着いたし、結果オーライだよね」
僕はコートを手に取り、袖を通した。僕の身長に合わせて裾合わせとかしてもらったのでぴったりだ。
フードをかぶり黒刀も佩いて、姿見で自分の格好を確認する。
「おお! カッコいい!」
昔、兄ちゃんが教えてくれた中二病の格好みたいだ。中二病が世間一般的にイタい存在だとは教えてもらってけど、やっぱりロマンがあるよね。
いつもは恥ずかしいから抑えているけど、たまには中二病ごっこ遊びをするのもいいと思う。
なので、テンションが上がった僕は、顔を片手で覆ったりすると、カッコいいポーズを取っていた。
ふと、夕日が殆ど沈んで暗くなった空が目に入る。
「そういえば、黒コートを着て夜の屋上に立つのが中二病としての嗜みって、兄ちゃんが言ってた」
よし。
僕は意気揚々と部屋の窓から飛び降りた。
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