第12話 魔女
「さて……」
リオン達と別れた後、グリムは町の中を歩いていた。
夜の街を見歩いても昼間と変わらず、人々の雰囲気は活気に満ちていた。
王子様にも言ったが、本来明確な役割のない住人さえも生き生きとしている現状は物語として良い状態だとグリムは感じていた。
「だからこそ……念のためな」
たいした確信はない。ただここまで事前に周到に整えられた物語は今までの経験上、どこかにひずみが生じやすい。
「…………」
グリムはリオンの顔を頭に思い浮かべた。
彼女の為に不安要素を一つでも減らしたいと思ったグリムはまだ出会っていないシンデレラの物語における主要人物を探すことにした。
◇
グリムは町を抜け一層の木々が生い茂る森の中へと入っていく。
物語によって世界の広さは異なるが、どの世界にも境界線は存在している。物語の住人はその境界線によって別の物語の世界に行くことはできない……正確には役割を持ったものが境界線を越えると体内の「頁」が燃えて死んでしまう。
境界線を越えようとする人間はいない。境界線を越えられるのは世界から役割を与えられていない者だけだった。
そんな危険な場所である境界線の近くに主要な人物がいるとは考えにくい。グリムは酒場でマスターから見せてもらったこの世界の地図を参考に大方の目星をつけて町の西側にある森の中を歩き続けていた。
「あれは……」
森の中をしばらく進むと一軒の小さな小屋が見つかった。
扉の前に立ってグリムはドアを叩く。
「おや、誰かいるのかい」
扉の奥から低くしゃがれた声が聞こえてきた。
少しすると扉を開き、中から黒いローブをまとった人間が現れた。
「こんな町はずれの森に意図的に入ってくる変わり者はそういないよ、さてはあんた「白紙の頁」の旅人だね」
声の高さからして女性、しかも相当高齢だろうとグリムは判断する。黒い装束をまとった女性はそのローブ部分をぬぎ、グリムの顔を覗き込んだ。
「あんたはシンデレラに魔法をかける魔女だな」
「その通りさ」
老婆はにやりと笑いながら答える。今目の前にいる老婆はシンデレラの世界において唯一魔法を使える存在であり、シンデレラを舞踏会へと導く魔女だった。
魔女。シンデレラの物語において舞踏会の当日にシンデレラのもとに現れる魔法使い。シンデレラに魔法をかけることで舞踏会へと導く、この世界における主要な役割を持つ人間の一人である。
「立ち話もなんだし、今日はもう暗いから
魔女はグリムを家の中へと招き入れようとする。
「それは助かる」
町を出た時点で時刻は9時を過ぎていた。来た道を引き返すとなると迷子になりかねないと判断したグリムは魔女の言葉に甘える事にする。
「普段は一人この森の中で過ごしていて寂しいものだ……宿代は私の話し相手ということにしようかね」
「おじゃます……る」
家の中に入ったグリムはその室内の異質さに目を見開いた。
部屋の中は外観とは異なり、ピンクの家具やクマのぬいぐるみが置かれていた。
老婆とイメージのかけ離れた若い女性が好みそうな装飾が至る所に施されていた。
「......他の誰も見ない家の中まで魔女として振る舞う必要なないだろ?」
魔女は意外そうな顔をして部屋を見渡しているグリムを見て少し照れ臭そうに笑う。
部屋の椅子に誘導されると魔女は奥から洋菓子と紅茶を持ち運んで来た。魔女と言われると大きな釜に怪しい薬を想像していた為、部屋の装飾含めてその容姿と振舞いのギャップにグリムは困惑してしまう。
「若い男の話し相手が老婆というのも嫌かね?」
グリムは否定するが、魔女はごそごそと腰につけたポジェットから木の枝のような杖を取りだす。続けて取り出した杖を自身にかざして言葉を発した。
「若い娘になぁれ」
そう言うと杖の先端の部分から不思議な光があふれだし、その光は魔女の全身を包み込んだ。
「……これでどうかしら」
光が消えると目の前に老婆の姿はなく、代わりに若い茶髪の女性が立っていた。
「魔女が消えた?」
「うふふ、私は魔女よ」
目の前の茶髪の女性はくるりと回り、ニコッと笑って自身の顔に指をさす。
「そうか……魔女の魔法か」
グリムの回答に魔女と名乗った目の前の女性はさらにもう1回転して当たりと答える。
まるで意図的に少女を演じているような彼女の動きは先程までの仕草や口調とは全く異なっていた。
「驚いたな、魔法は見た目以外も変えられるのか?」
「いいえ、魔法で変えられるのは見た目だけよ」
よく見ると今の動きだけで魔女の息は少し上がっていた。口調は意図的に変えられても、体力等の基本的な身体能力は魔法によって変えられないらしい。
「12時になると魔法は解けるのか?」
「シンデレラや町の人達には内緒だけど……時間制限はあっても必ず12時に解除されるわけではないわ」
「魔法はどんな物にでもかけられるのか?」
グリムが興味を持って質問を続けると目の前の魔女は「もう!」と頬を膨らませた。
「質問ばかりの男は女性に嫌われるわよ?」
大きなお世話だとグリムは返答すると女性は笑いながら軽くグリムの肩をたたく。魔法をかける前の魔女と同じ人物とは思えない行いに少しだけ戸惑った。
「ほら、あのクマのぬいぐるみをみてなさい」
言われたとおりに部屋に飾られていた大きなクマのぬいぐるみを見ると突然淡い光を発し始め、みるみる姿を変えていく。最終的には大木に代わってしまった。
「もともとはただの木だったのか」
「生物でもそれ以外でも魔法はかけられるわ」
親切にもグリムの質問に対する答えを実際に見せてくれたわけだ。
例外はいくつかあるけどね、と魔女は言うと再び杖を懐から取り出し、目の前のティーカップに向けて魔法をかける。
「ティーカップになぁれ」
淡い光がティーカップを包み込む。光が消えた後もティーカップは何一つ変化がなかった。
「当たり前だけど、魔法で対象を別の同じものに変える事はできないわ」
魔女はティーカップを手に取ってゆっくりと口をつける。ティーカップを別のティーカップに変えることは出来ない。老婆である魔女が若い女性になれたのは魔法の条件に対して全く同じものに当てはまらなかったというわけだ。
「まさかこの部屋の中の物、全部に魔法がかかっているわけじゃないだろうな?」
「うーん、半分くらいかしら?」
魔女は笑いながら答える。魔法が解ける前までのクマの人形は本物と区別はつかなかった。魔女の言葉を聞いて先ほどまではただ可愛らしいとしか思えなかった部屋も異質な空間に見えてくる。
「今度は私の質問に答えてもらうわよ」
魔女はそう言うとグリムの前に席を移して机に膝を付けて目を輝かせながら話を聞く体制をとった。
「答えられる範囲でよければな」
グリムは目の前で目を輝かせている魔女と誰かが似ていると思いながら彼女の質問に答え始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます