第13話 シンデレラの日常
「……さすがに眠いな」
グリムは大きなあくびをしながら朝の日差しが照らす町の中を歩いていた。
夜明けまで魔女から延々と質問付けを食らったせいでグリムはほとんど寝ることが出来なかった。
質問内容のほぼ全てが外の世界について、グリムに似た境遇の「白紙の頁」所有者の特徴等、ほかの世界でもよく聞かれる質問ばかりだった。
幸いリオンと違ってグリム自身の過去については一切問われなかったため、質問に詰まることもなかった。
◇
この世界に滞在してはや3日が経過していた。今の所物語に大きな進展の様子はなく、悪い予兆も感じられなかった。今のグリムにとっては過ごしやすい状態でもあった。
「まったく、何をやっているんだい!!」
グリムが大きく背伸びをしたタイミングで一つの家から大声が鳴り響いた。
町の住人達は家の方向を見ると状況を理解したのか日常へと戻っていく。怒号が響いた家はシンデレラの住んでいる家だった。
「シンデレラ、今日の朝までに家の中全て掃除を終えるように私は命令したわよね?それなのにこの花瓶の裏側のほこりは何?」
外側の窓から家の中をのぞいてみると不機嫌な様子の女性が仁王立ちしていた。しゃがみこんで継母に謝っているシンデレラの姿をみて声の主はシンデレラの継母であることはすぐにわかった。
「あなた、昨日は私の許可も得ずに勝手に外へと出かけたらしいじゃない」
「ご、ごめんなさいお母様」
「あなたをこの家に住ませてあげているのは一体誰のおかげだと思っているんだい?」
継母は手に持っていた花瓶に入っていた水を乱暴にシンデレラの頭にかけた。
「あら、水がこぼれて床が汚れたじゃない。はやく掃除しなさい」
女性はシンデレラの継母としての役割は完ぺきといっても差し支えないほどに全うしていた。
けれども、いくら与えられた役割をこなしているとはいえ傍から見ていて気分の良いものではなかった。
「お母様何をしているの?」
そこへもう一人、シンデレラの近くに寄っていく女性が現れた。
「リオン……じゃないな」
似ているが髪の色と目つき、身長が異なる。シンデレラの家の中にいる人物から推測するとリオンとは別のもう一人の姉だろう。
「シンデレラがまた掃除をさぼっていたから今指導してあげているのよ」
「なるほどね」
もう一人の姉はにやりと笑うと台所のほうへと歩いていく。
姉の行き先を見るとそこには大量のごみの入った袋が置いてあった。
「……まさか」
グリムの嫌な予感通りに姉はそのゴミ袋を持ってシンデレラの前に戻ってくるとゴミ袋を大きくふりかざす。
「ほら、これでもっと掃除のやり甲斐があるでしょ!」
シンデレラの頭めがけてゴミ袋を勢い良く叩きつけようとした、その瞬間だった。
「朝から大声を出さないでくれる?」
勢いよく振り下ろされかけた姉の手を別の手が止めた。その手の主はリオンだった。
「あら、お姉さま……おはようございます」
ゴミ袋を持ったもう一人のシンデレラの姉は掴まれた手をにらみながらリオンに挨拶をする。
「おはよう、まさかと思うけど朝からリビングをゴミまみれにするつもりかしら?」
もう一人の姉はふんと鼻を鳴らしてつかまれた腕を振りほどくとゴミ袋を元の場所に戻した。
「さあ、お母様、はやく朝食にしましょ」
「それなら今からすぐにシンデレラに支度をさせるわ」
シンデレラの継母がそう言うとびくっと震えたシンデレラは言われた通りに朝食を作る為、力なく立ち上がる。
「……今日は皆で外に朝食を食べにいきましょ」
リオンは台所に向かおうとしたシンデレラを言葉で抑止するように母親に提案をした。
「ちょっとお姉さま、なんでそいつを庇おうとするのよ」
先ほどまでシンデレラをいじめようとしていた姉がリオンに問いかける。会話の流れを見るとリオンは二人姉妹の長女のようだ。
「別にそんなつもりはないわよ。ただ私は濡れた子が調理したものなんてとても食べられたものじゃないと思っただけ」
リオンの視線が継母の持っていた花瓶に映る。口を挟もうとしていた継母も黙り込んだ。
「シンデレラ、いつまで濡れた状態で床を汚すつもり?」
リオンの言葉にシンデレラはびくっと体を震わせる。
「はやくその濡れた髪を乾かしてきなさい」
シンデレラは頷くとそのまま奥の部屋へと入っていった。
「さあ、二人ともはやくご飯を食べに行きましょ」
「シンデレラを待たなくていいのかい?」
継母が驚いたように言葉をかける。どうやらリオンが継母と意地悪な姉だけでご飯を食べに行こうとしたことが意外だったらしい。
「あら、不服ですかお母様?」
「いいえ……それならすぐに行きましょうかね」
シンデレラの継母と姉二人はそのまま家の外に出ようとしたのでグリムは慌てて家から少しだけ距離をとる。
「あちらの方向においしいお店がありますわ」
グリムのいた方向へリオンは指をさすと3人は歩き始める。
グリムとのすれ違いざま、リオンがぼそっとつぶやいた。
「聞き耳立てすぎよ、変態」
「なっ……」
どうやら覗いていたことに気づかれていたらしい。グリムが反論を返そうと口を開いた瞬間にリオンは言葉を被せてくる。
「あの子をよろしくね」
そういうと継母と妹とともに町のほうへと彼女は歩いて行った。
グリムは軽く頭をかくと感嘆の息を漏らす。
今の一連の流れでリオンは自然にシンデレラを庇い、意地悪な姉としての行動まで示していたのだから見事としか言いようがなかった。これならば彼女が与えられた役割に背いていると世界に判断されて燃えることはないだろう。
「よろしくって言われてもなぁ」
カギをかけるしぐさをしていなかったため、当然といえば当然だがシンデレラの家にかぎはかかっていなかった。リオンに頼まれた以上、無視するわけにはいかないとグリムは軽く深呼吸をしてから家の中へと入る。
中は外側から見た風景と何一つ変わらなかった。何か気づいた点があるとすればシンデレラが入っていった部屋の扉にはぼろぼろのネームプレート文字で「シンデレラ」と書かれていた事ぐらいだ。
「……風?」
扉の向こう側からかすかに風が吹いてきた。
家の構造上表の入り口側から見ると分からなかったが、シンデレラが入った部屋だけ明らかに他の部屋に対して後から作られたかのような間取になっていた。
「シンデレラいるか?」
「そ、その声は……グリムさん?」
扉の前で声を出すと奥のほうから彼女の声が返ってきた。
「リオンにお前を見てくれと頼まれてな」
「そ、そうだったのですね」
「扉開けても大丈夫か?」
言いながらシンデレラが入っていった部屋のドアノブに手を触れようとする。
「ま、待ってください!」
静止するように促す大声が聞こえてきたので、慌ててドアノブから手を離して扉から距離とる。
「そ、その......もう少し待っていて下さい!」
つい先ほどこの場所で何が起きたのか、リオンに彼女は何を提案されていたのか思い出したグリムは慌てて扉から距離を置く。
「大丈夫になったら声をかけてくれ」
「あ、ありがとうございま……」
言い終えるよりも前にシンデレラの部屋から先ほどよりも強い風が吹いてくる。それと同時に閉じていたはずの扉は勢いよくこちら側へと開いた。
部屋の中にいた下着姿のシンデレラとグリムの目線が合う。互いに一瞬状況が理解できず固まってしまったが、直後シンデレラは頬を赤色に染めた。
「きゃあああああああ!」
着替える為に下着姿になっていたシンデレラの悲鳴が家の中に響き渡った。
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