第11話 ドワーフの男

「おい、そろそろ戻ったほうが良いんじゃないか?」


「ここで最後よ」


 リオンがそう言うと一つの家の前につく。空色は茜色に変わり始め、最初に訪れたお店からずいぶんと離れた所まで来ていた。


「ここは何屋さんにしたんだ?」


「言っておくけど、この家の住人は初めから仕事を持ってたわ」


 リオンは家のドアを何回かノックする。しばらくしても特に返事はなかった。


「ほんとにここなのか?」


「入るわよ」


 家主の許可もなくいきなりドアノブを回す。カギはかかっておらず扉はすんなりと開いた。


 グリムが現在寝泊まりしている酒場も一般の民家と見た目の違いはほとんどなかった。それでも酒場の方は扉を開けるとベルが鳴る仕組みが施され、中に入ると一目で酒場だとわかった。


 対してこの家は外装も内装もお店としての特徴が何もなかった。


「勝手に入っていいのか?」


「いつもこうやって入っているわ」


 こうでもしないとこの家の住人は人と会わないのよ、とリオンはいうとそのまま家の中を歩きはじめた。


「……ずいぶんこの家の中は暑いな」


「この扉の先はもっと暑いわよ」


 そういうとリオンは一つの扉の前に立つ。家の中の熱気はこの扉の奥から流れてきているようだった。


「おじゃまするわ」


 大きな声を出しながら扉を開ける。リオンの後ろ側から部屋の中を覗くと大きなかまどとその手前にハンマーを使って何かを叩いている小柄な人影が見えた。


 リオンは部屋の中へと入り、その人物に話しかけるが小柄な男はその手を止める気配がなかった。しびれをきらしたリオンは男の耳元近くに寄って大声で叫ぶ。


 耳元で叫ぶことでようやく男は手を止めた。


「なんだ、来ていたのか」


「相変わらず仕事中は他の事に何も気が付かないのね」


 リオンが腰に手を当ててあきれた様子で言い返す。


「小人……いやドワーフか」


 グリムは目の前の小柄な男を見てつぶやいた。身長はグリムの腰ほどの高さしかないが、その両手両足にはグリムの倍以上の筋肉を纏っていた。


「お前が人を連れてやってくるなんてめずらしいな」


 ドワーフはグリムを睨みながらリオンに話す。


「紹介が遅れたわね。彼の名前はグリム、この世界の住人ではないわ」


 その言葉を聞いて一瞬ぴくっとドワーフは反応する


「「白紙の頁」の所有者か?」


「「白紙の頁」とは少し違うのよね……グリムにはそもそも「頁」が存在しないのよ」


 グリムが言葉を発する前にリオンが説明をした。

 ドワーフの男はつまらない冗談だ、とリオンの話を一蹴する。

「頁」を持たない人間など存在するはずがない。彼の反応はもっともだった。


「あなたと同じ変わり者よ」


「誰が変わり者だ」


 グリムがリオンに突っ込みを入れる。変わり者認定されるのは心外ではあったが、グリムだけでなくドワーフの男も対象になっているようだ。


 ドワーフの男は無視する様に再び作業を始めようとしたので慌ててリオンが止めに入る。


「待って、私の話は終わっていないわよ」


「……なんだ、まだあるのか」


 ドワーフは怪訝そうにリオンの顔を見る。会話するよりも作業をしたいという気持ちが彼の表情から伝わってきた。


「勝手に話を終えないで!」


「頼まれたものだろ、そこにあるぞ」


 ドワーフの男は視線を部屋の奥の棚に向ける。視線の先を見るとそこには緋色にそまったガラスの靴が飾られていた。


「綺麗……」


 リオンの口から称賛の言葉がこぼれた。グリムも彼女の意見に共感した。



 二人で近づいて靴を見る。間近で見るとその鮮やかさ艶やかさに改めて魅入ってしまった。


「俺は靴屋じゃないから出来の保証はしない」


 ドワーフの男は鍛冶作業で汚れていた両手を手ぬぐいで拭きながらこちら側にやってくる。


「靴屋?」


「私はそう呼んでいるわ」


 リオンは靴に視線を奪われながら話す。


「俺は本来鉄や金属を中心に取り扱う鍛冶師だ」


 ドワーフの男は壁際を指さす。そこには剣や斧が飾られていた。


 元々鍛冶屋をしていたドワーフに目を付けたリオンは彼に靴屋という役割を任命したのだろう。


「ある日この娘が俺の家の前で座り込んでいてな、その時に……」


「そ、その前置きの話はする必要はないでしょ!」


 これまで見向きもしなかったリオンがこちら側を向くと大声を出してドワーフの言葉を遮った。


「さ、さすがの腕前ね」


「それはよかった」


 ドワーフの男はぶっきらぼうに答える。あまり表情に変化は見られないが、腕を褒められて喜ばない者はいない。こころなしか彼女の賛辞を聞いて嬉しそうだった。


「こんなに素敵な靴を作れるなら、あなたにみんなの舞踏会に向けた靴を作ってほしいのだけれど……だめかしら?」


「何度も言っているが、俺は鍛冶職人だ。武器や防具を作るのは構わんが、靴を作るのはごめん被る」


「ならなんでリオンの靴をつくったんだ?」


「リオン?」


 ドワーフの男が頭に疑問を浮かべた。この場所で彼女の名前を呼ぶのは初めてだった。


「グリムがくれた私の名前よ」


 リオンは誇らしげに胸を張って告げた。


「……悪くない名前だ」


 ドワーフの男はそういうと少し笑った。


「さっきの質問の回答だが、ただのきまぐれだ」


 鍛冶の息抜きに作っただけだ、とドワーフの男は言う。それにしてはガラスの靴の造形は見事としか言いようがなかった。


「試しに履いてみるか?」


「いいの?」


 ドワーフの言葉を聞いたリオンはぱぁっと明るい表情をすると、嬉しそうにガラスの靴を手に取って履き始めた。


「さすがね、ぴったりよ」


「それはよかった」


 ガラスの靴を履いているにも関わらずリオンは軽やかにその場で一回転をして見せた。


「…………」


 グリムはその見事な動きに見とれてしまう。


 リオンはその視線に気が付いたのか、足を止めずにその場で踊りを披露し始める。


 今彼女が着ている服装はドレスではなく、この場所は鉄と煤があふれた鍛冶場ではあるが、華麗に舞うその姿はまるで舞踏会で踊るお姫様に見えた。



「……ふむ」


 リオンの踊りを見てドワーフは何かに気がついたのか、動きを止めたリオンに近づくと体をかがめて彼女が履いている緋色の靴を近くで凝視した。


「少しだけかかとの部分が高いか?」


「ほんとに少しだけよ……そこまで気にならないわ」


「悪いがその靴はもう少し手直しさせてもらう」


 ドワーフの言葉を聞いてリオンは別に大丈夫と拒むが彼は譲る気配を見せなかった。


「俺が今のままでは納得していない……それにお前は舞踏会で誰よりも最高の踊りをするんだろ……それなら尚更だ」


 リオンは「う……」と言葉に詰まると大人しくガラスの靴を脱いでドワーフに渡した。


「舞踏会までには必ず仕上げるから安心しろ」


「そこは心配してないわよ」


 ドワーフの男に笑顔でリオンは答えた。


「ところでお前たち、時間は大丈夫なのか?」


「時間……?」


 ドワーフの男が部屋に飾っていた時計を指さす。時計は8時を過ぎていた。


「いつの間に!」


「お前がずっと踊っていたんだ」


「嘘……じゃない、行くわよグリム!」


 リオンは元々履いていた靴に履き替えると部屋から出て行った。ドワーフに一言別れの挨拶を済ませた後、グリムも走って彼女を追いかけた。



    ◇



「はやく来なさい。ダンスレッスンはとっくに終わっているわよ」


「リオンがいつまでも踊っていたからだろ」


「そ、それはそうだけど……!」


 グリムの言葉を聞いて走りながらもリオンは言葉に詰まる。実のところグリムも彼女の踊りに魅入っていたので言える立場ではなかった。


 ドワーフに作ってもらった緋色のガラスの靴をよほど気に入ったのか、あの場所でしばらく踊り続けて気が付けば夜も更けていた。


「ほら、あの子待ちぼうけになっているじゃない」


 ダンスレッスンを終えたシンデレラはぽつんとダンス場の入口に立っていた。彼女は綺麗な衣装で着飾っているわけではない。しかしその端麗な容姿からか、それともこの物語の主人公だからなのか、明らかに一人その場に浮いていた。


「シンデレラ待たせたわね」


 声の届く範囲まで近づくとリオンはシンデレラに話しかける。シンデレラは姉を見ると顔を輝かせてすぐそばに寄ってきた。


「お姉さま、息が上がっています……大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫よ」


 リオンはその場で軽く深呼吸をして呼吸を整える。辺りを軽く見回すと住人たちがこちら側をチラチラとみていた。


「お姉さまのおかげで初めて踊ることが出来ました。思っていた以上に難しいのですね」


「踊りの練習出来てよかったでしょ?これからも舞踏会が始まるまでは出来る限り通いなさい。それこそ本番を意識してね」


「本番を意識した……」


 リオンの言葉をシンデレラはこだまするように繰り返す。


「さあ帰るわよ」


 リオンはシンデレラと一緒にお家へと向かおうとする。


「よくよく考えるとあなたはここまでくる必要なかったわね」


「それもそうだな」


「それとも私とシンデレラを家までエスコートしてくれるのかしら?」


「俺は……王子様じゃない」


「冗談よ」


 ふふっとリオンは笑う。


「グリム、また明日ね」


「あぁ、またなリオン」


 別れの挨拶を済ませてグリムは来た道へと引き返す。離れ際にシンデレラが彼女の名前についてリオンに聞いていた。それに対して説明をしようとする意地悪な役を与えられた姉の嬉しそうな声が聞こえたような気がした。

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