エピローグ-1 神様だって続けられるんだ

「神様、今日もがんばってますね」


神殿の階段で、猫系女子は楽しそうに神様に声をかけた。

体操服を着た神様は、

猫系女子とすれ違いながら元気に答える。


「もちろんだも~。

 わたしが運動することは街のためになるんだも~」


神様は軽い足取りで神殿の階段を下っていった。

そんな神様と同じように体操服を着たアーリィは、

神様についていきながら声をかける。


「あまり調子に乗らないでくださいよ。

 コツコツと続けることが神様には向いていて、

『コツコツ続けることで成果を出しやすくなる』ことが

 神様のご利益だったんですから」


「それだけじゃなかったも~よ。

 わたしのもうひとつのご利益は

『新しいことを始めるやる気をあげられる』ことだったんだも~。

 おかげで、街に新しい建物が増えてきてるんだも~」


階段を降りて、神様たちは街を走り出した。

以前レッちゃんとアスレチック運動に使った場所は、

今新しくフィットネスジムを建てる工事が進んでいる。


それを横目に進むと、

以前に訪ねた本屋があった。


店先でカラスのような羽のついた

有翼人の男性店主と別の街から来たであろう

見慣れぬヒューマンが話をしている。


「いらっしゃいませ。

 おお、これは神様ちょうどいいところに。

 見てください。運動の仕方が書かれた本を増やしたんですよ」


「アーリィ、足を止めても大丈夫かも~?」


「はい、ちょっと話をするくらいなら、

 体も冷えないでしょう」


「その本を見せてほしいも~」


アーリィに聞いてから、神様は足を止めた。

店主から本を受け取るとパラパラとめくる。


「英雄のポーズその二とか初めて見るも~。

 これあとで買いに来ていいかも~?」


「もちろんです。取り置きしますね。

 神様のおちからになりたいと思って、

 入荷したかいがあります」


店主は神様に営業以上の笑顔を見せた。

それからまたヒューマンの方に目を向けて、商談を再開する。


「街の神様も興味を持っておられます。

 どうでしょう? 卸していただけませんか?」


「うす。この街の神様がこんなにがんばってるなら、

 そういう本を卸して良いって気がしてきたっすね。

 手配するっす」


見慣れるヒューマン――商人は

本屋の店主に手を差し出した。

店主は握手を返す。


「もおもお、うまくいってよかったも~。

 それじゃわたしたちはまた走ってくるも~」


神様は嬉しくうなずいて走っていった。

アーリィは呆然と商人たちが話を進めているのを横目に見てから、

神様についていく。


「ご利益は商売ごとも促進するのか。

 これから全部の商談に神様連れて行きたくなったな」


「いいも~いいも~。体力ついたし、

 ちょっとくらい仕事を増やしても良い気がするも~ね」


調子に乗って神様はニヤニヤと笑いながら走った。

それでもペースを上げたりせず

マラソンを始めてから一定の速さを保っている。

なのでアーリィは神様に口を出さず後に続く。


次に神様の目に止まったのは、

街の名産である牛乳を活かした料理がウリのレストランだった。

神様はそんな店先の黒板に文字を書くエルフを見つけて声をかける。


「チャーレ! お仕事なのかも~?」


「神様に神官さん、今日もお疲れ様ですわ。

 神様のおっしゃるとおり、お仕事でございます」


チャーレは神様の質問に楽しそうに答えて、

書いていた黒板を見せた。

神様とアーリィはゆっくりと足を止めて黒板を見つめる。


「牛乳を使った健康料理?

 わたしに作ってたみたいなのかも~?」


「はい。以前から新メニューの相談を受けていたんです。

 そのときは既存の料理を改良ということでした。

 ですが、神殿で神様にお出ししてる料理の話をしたら、

 新しい方向性として健康料理に挑戦してみたいと言うことになりました」


言いながらチャーレは黒板を置いて、姿勢を正した。

改まった様子に神様は目をパチクリさせる。


「恐れ入りますが、私も新しい料理に挑戦するために、

 準備ができ次第、こちらに移って料理を研究したいと思っております?

 もちろん神様にお出ししてた健康料理のレシピやノウハウは、

 食堂の方々にお伝えしております。なので、よろしいでしょうか?」


「もちろんだも~。チャーレも新しいことに挑戦するも~」


「俺からも許可します。今までお疲れ様でした」


神様は腰に手を当て偉そうに言った。

アーリィも姿勢を正してチャーレに礼をする。


「おふたりともありがとうございます。

 ですが、この街にはおりますので、

 今日みたいにお声がけくださると、嬉しいです」


チャーレはていねいに礼をしてから、

顔を上げて楽しそうに笑った。



神様たちは牧場エリアまで走ってきた。

何度も来るようになったからか、

牧場の牛たちは前のように盛大な応援はしなくなった。


――神様今日も走ってるすごーい。


――神様ががんばってるおかげで、

俺も牛車デビューできた。ご利益すごい。


などなど盛大に応援されなくとも、

牛たちは声をかけてくれる。


「えへへ、牛のみんなにも褒められてるも~」


走りながら神様は、

そんな牛たちに手を振ったり、笑みを返したりした。

牛たちの言っていることが分からないアーリィでも、

牛たちの変化に口を丸くする。


「街全体にいい影響がでていますね。

 街の変化は神様の変化なので、

 神様の成長を感じます」


「アーリィにも褒められちゃった~」


神様は嬉しそうに頬に手を当て、くりくり動いた。

それでも足は止めずペースは維持できている。


「わたしから見ればアーリィも変わったも~よ。

 前だったら、こんなふうに褒めること言ってくれなかったも~」


「まあ、俺の不器用な発言が

 いろいろと起こしたと考えれば、反省もしますよ」


そんなアーリィの顔は相変わらずの真面目なものだった。

神様はそれでも嬉しそうに目を細める。


「真面目な顔じゃないアーリィは、

 アーリィじゃないって気がするも~から、いいんだも~」


「そう言ってもらえるとありがたいです。

 言葉遣いを変えるのは楽ですが、

 顔を変えるのは楽ではないので」


笑いながら走っていると、

牛たちが一箇所に群がっているのが見えた。


その中心にひと離れした文字通りの天使がいる。

天使はかまってほしいと騒がしくする牛たちの中にいても、

神様たちに気がついた。

牛たちを引き連れてこちらにやってくる。


「スフィー! この前は本当にありがとうだも~」

「本当に助かりました」


神様は嬉しそうに声をかけ、

アーリィは今日一番かしこまった声でお礼を言った。

スフィーはもうひとつの太陽のように眩しい笑みで返す。


「ううん、僕がしたかったことをしただけ。

 もしお礼がしたいっていうなら、

 また握手してもらえるかな?」


「もちろんだも~」


言われるとすぐに神様は手を差し出した。

スフィーの未知の物質でできたような心地の良すぎる手と、

神様のぷにぷにの手が握り合う。


「うん、うまくいってるようだね。神官さんも」


「はい」

次にアーリィとスフィーが握手をした。

神様はその様子を微笑ましく見つめる。


「神官さんは変わったね」

「今さっき神様にも言われました」


「また神様のマッサージをお願いしたいんですが……」


アーリィは手を離しながら言った。

するとアーリィとスフィーの間を遮るように

牛たちがぞろぞろと押し寄せてくる。


――スフィーのマッサージは数日待ちだ。

――牛車引きも楽じゃないんだぞー。

――こんなイケメン、神様と神官といえど渡せないわ。


「スフィーモテモテだも~」


牛たちの声が聞こえた神様は

きゃっきゃ笑いながら言った。

アーリィは商談に失敗したようにため息をつく。


「そういうわけでね。

 今後は自分で試行錯誤しながら続けて。

 僕が読んだ本を貸すことくらいはできるけど、どうだい?」


「ならそれで。あとでまた取りに来ます」


アーリィはスフィーの提案にうなずいた。

すると牛たちは街方面に目を向けだす。


「あまり早く走るな!」


――いいや、主!

オイラは今まで以上にがんばらねえとなんだぜ。


「ニュー! むやみに体を動かしてもダメだも~」


神様は大きな声を出して、

前から走ってくる牛に呼びかけた。


するとニューは段々と足を緩めていき、

神様の前で止まる。


――おおっ。神様、それは本当ですかい?


「そうだも~。牛車を引くなら、

 一定のペースで走り続けられることのほうが肝心だも~」


――そっか、勢いじゃダメってことか。

ありがとな、神様。


「はぁ……。

 神様、ニューを止めていただきありがとうございます。

 最近牛レースと牛車と両方で活躍したいらしく、こんな調子で」


牧場主はひいひいと息を乱しながら説明をした。

神様は嬉しそうにニューに声をかける。


「ニューも新しいことに挑戦しようとしてるも~ね」


――もちろん、と言いたいが、

神様にも神官にもご主人にも迷惑かけちまったからな。


ニューは目を細めて東の山を見つめた。

後悔だけでなく、寂しさも感じていそうな顔だ。

神様は首をふる。


「ううん、元はと言えばわたしのことだったも~。

 だけどそのおかげで、

 街のみんなが新しいことに挑戦しようとしてくれてるも~。

 ニューも気にしなくていいも~よ」


――わかったぜ。

よし、ご主人、また街を一周するぜ。


「わっ、ちょっとっ!? で、では失礼しまーす」


牧場主はニューに引っ張られて街の方へ走っていった。

神様はやりとりを見つめていたアーリィに声をかける。


「わたしたちも行くも~」

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