4-7 神様だって勘違いするんだ
牛車の幌をめくって中を覗くとアーリィは、
ぐったりとした寝方をしていた。
見るからにけがもなく、
後遺症のでそうな魔法もかかっていないようだ。
アーリィの無事に安心しつつ、
神様はなんとかちからを振り絞って、
牛車に乗ろうとした。
正直今は、レッちゃんと運動をする前より体力がない。
「もぉっ」
なんとか牛車に乗れたが神様は木の床に転がった。
そのまま這ってアーリィの側に寄る。
「アーリィ、目を覚ますも~!」
神様は言いながらアーリィの肩を揺さぶった。
アーリィは深い寝息で返事をする。
その顔は、スフィーのマッサージを受けているときと同じように、
リラックスしていた。
日頃の疲れが溜まっているのだろうか、
サウナに入った疲れが残っているのだろうか、
ニューと同じくしばらく起きそうにない。
「しばらく寝かせておいたほうがいいかも~?
でも床は硬いからせめて枕になりそうなものを……」
考えていると神様の視界に自分の太ももが入った。
サウナのときにアーリィにしてもらったことを思い出す。
痩せることができていない太ももや膝は
枕としては使えるかもしれない。
神様は座り直して、
アーリィの頭を自分の膝に載せた。
胸が邪魔で覗き込まないとアーリィの顔が見えにくい。
それでもアーリィがいることを感じるので、
神様も肩の力を抜く。
「わたしも疲れたし、しばらく休憩だもぉ……。
でも寝ないようにしないと」
そう言い訳をして神様はアーリィの頭を撫でた。
こうしているとアーリィへの気持ちを改めて感じる。
神様は自身のことを、神として未熟なだけでなく、
ダイエットが必要なほど女性としての魅力も
少ないだろうと考えていた。
今はちょっと自己評価が変わっている。
ここに来る前、街で健康ブームが起こっていると話があった。
健康的な運動が流行り、新しい料理が広まり、
サウナのような新しい建物が計画されている。
このきっかけは神様のダイエットなのだと言う。
もちろんダイエットということは街の住民の多くに秘密だが、
神様が運動を始めたことで、
できた流れなのは変わりない。
神様は自分の意識と行動で、
街のひとたちに良い影響を与えることができた。
さらにそこには神様にはないとされていた
『ご利益』の効果もあるかもしれない。
自分は未熟ではあっても、
神様としてやっていけるかもと思うようになっていた。
これを早くアーリィに話したい。
そう思って神様はアーリィが起きるのを待つ。
神様もウトウトとしだしたころ、
「……なんだこれ?」
目を開けたアーリィは幻覚魔法を疑うような声を出した。
神様は身を前にかがめて顔をのぞかせる。
「やっと起きたも~」
するとアーリィはすぐに体を転がした。
まるで攻撃を避けるような身のこなしだが、
顔は恥ずかしいことをしたときのように真っ赤だ。
その勢いですぐに起き上がろうとするが、
ふらつき、座り込む。
「無理しないほうがいいも~。
レッちゃんの催眠術で寝かされてたんだも~」
「催眠術……。
なんか変だと思ったらそういうことか。
とりあえず、状況を教えてくれ――いや、教えてください」
「今はわたしとアーリィのふたりっきりだから、
敬語じゃなくていいも~。
昨日、サウナに入った後のことから話すも~」
神様は自分の失敗を恥ずかしがりつつも、
落ち着いた口調で話を始めた。
自分がアーリィの言葉で落ち込んだこと、
そのせいで加護が弱まり、ニューは魅了魔法で足にされ、
アーリィは催眠術で眠らされていたこと、
チャーレとスフィーのおかげでここまで来れたこと。
レッちゃんとのやりとりは、
神様がここまで来た地点でレッちゃんが負けを認めたと、
ごまかして説明した。
アーリィは神様の説明を聞いて、悔しそうな顔をする。
「すまない、俺の言葉が足らないばかりに……」
「ううん、元はと言えば
わたしが身も心も未熟だからからも~。
お互いまだまだってことにするも~よ」
「ああ……。被害らしい被害は特にないから、それでいいか」
「でも、レッちゃんとはこれでお別れになっちゃいそうだも~。
わたしは大変だったけど、
悪いことをしたって思ってないも~から、
街にいても良い気がするけど」
神様は残念そうに肩を落とした。
神官と牧場の牛の拉致未遂、
牛車の盗難などは街によっては
大きな犯罪として扱われるかもしれない。
レッちゃんの騒動は、
チャーレとスフィーのおかげで大事になっていないので、
このまま神様たちの思い出になるだろう。
「まあ、本人も悪いことをしたって思ってなさそうですし、
牛神様の街で好みの男を見つけるようなことがあれば、
また会えるでしょう」
「それもそうも~」
アーリィの言葉に神様はパッと顔を上げて笑った。
アーリィも明るくなった神様を見て笑みをこぼす。
「改めて、神様、ありがとう。
俺のために必死になってくれたこと、嬉しく思う」
「も……も~」
面と向かってアーリィに言われて、
神様は顔を真っ赤にして頬に手を当て鳴いた。
サウナに入っているように熱くなってくる。
「なに照れてんだ……?」
「だって、こんなに面と向かってお礼を言われるの、
初めてかもだからも~」
神様は顔を手で覆って体をクネクネさせながら言った。
するとアーリィは言いにくそうな声で言う。
「お礼くらい言ってるだろ。
それに反応したら、こっちまで照れる……」
神様は顔を覆う指をずらして、
ちらりとアーリィの顔を見た。
アーリィは眉を潜めてこちらから目をそらしているが、
顔から耳まで赤くなっている。
「照れてるってことは、
わたしのこと嫌いになってたりしてないも~?」
「そりゃそうだ。
俺がいつ嫌いになったとか言った?」
「よかったも~」
それを聞いて神様は安心したように肩の力を抜いた。
今までの疲れが全て出たようで、
顔も安心してだらしなく笑う。
「でも、アーリィを追いかけていっぱい運動できたから、
少しは痩せたかもしれないも~ね」
「そもそも神様はなんで痩せようとしてるんだ?」
「もぉ!?」
神様は金切り声のような鳴き声をあげた。
アーリィは耳にキーンと来たからか片目をつむる。
「なんでそんなに驚くんだよ?」
「なんでって、アーリィが太ったなんて言うからだもぉ……」
「そもそも俺は神様のことを太ったなんてまったく思ってないが」
「もぉ!?」
「だから、なんで驚くんだよ……。
俺、変なこと言ったか?」
アーリィは心底不思議そうな顔をして神様を見つめだした。
アーリィは本当に『太った』と言った覚えがないようだ。
神様はそれを見て、
きっかけになったアーリィの発言を思い出してみる。
――神様、運動不足では?
「言ってないもぉ……」
呆然としつつ神様はアーリィの言うことを認めた。
さらにアーリィとのやりとりを思い出してつぶやく。
「アーリィはダイエットの話題になると微妙な顔をしてたも~。
もしかして、わたしが
ダイエットをすることを不思議に思ってたも~?」
「ああ。だって俺は『運動不足』を心配してたんだ。
それがなんでダイエットになってるんだって思ってたが、
まあ、神様の言うことだし
なにか考えがあるんだろうって思ってたぞ」
「っていうことはつまり、
わたしの勘違いってことかもぉ……」
神様はそう言いながらヘタリと倒れそうになった。
アーリィは神様のそばに寄って
牛車の硬い床に倒れないように支える。
「まあ、結果として運動不足は解消したと思う。
ここまで走って来れるくらいに
体力をつけたんだから良いだろう」
「もぉ……」
励ますアーリィの言葉に、
神様は気のない鳴き声で答えた。
アーリィは咳払いをしてから、
真面目で堅苦しい声を作って言う。
「それに神様が成長したって気がします」
「そうだも~!
アーリィ、聞いてほしいも~!」
アーリィに伝えたいことを思い出して、
神様はレッちゃんに出したときのような大声を上げた。
すると牛車の幌越しに、
オス牛の鳴き声が聞こえる。
――ここはどこだ!?
オイラは牛レース優勝の予定のニューだぞ!
「神様もニューも、でかい声を出さなくてもいいです。
とりあえず、牛車を引いてもらえそうなんで、
街に戻りながら話を聞きましょう」
「もぉ!」
神様は元気よく返事をした。
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