4-6 神様だって好きなんだ
「神様ー!? まさか追いついて来たんですかー!?」
「レッちゃんが今まで運動を教えてくれたからだも~!」
驚くレッちゃんに言い返し、
神様はすぐに牛車に駆け寄った。
それでも牛車を引くニューは止まらない。
「アーリィと、ついでにニューを返すも~!」
「えー。いくら神様に頼まれてもー」
「わたしの声真似をしないでも~」
言い返しながら神様はニューの手綱をひっぱった。
さすがに相手は牛レースのために鍛えていた牛で、
この程度では止められない。
「ニュー! 目を覚ますも~!」
――オイラは愛に生きるって決めたんだぜ!
レッちゃんのためならたとえ
火の中、水の中、草の中、森の中、土の中。
「わたしだって、アーリィのためにサウナの中、
川の上、草の中、森の中、岩の洞窟を通って来たんだも~!」
神様はニューの前に来て、正面からニューを押した。
ニューは避けたり、角で抵抗したりせず、前に進もうとする。
「大玉転がしより大変も~」
おそらくアーリィは牛車の後ろにいる。
なのでこれ以上進めるわけにはいかない。
神様は維持になってニューと押し相撲をした。
それを見てレッちゃんはため息をつく。
「仕方ないですねー。神様に怪我させるわけにはいきませんし……」
指ぱっちんが聞こえるとニューは
急に神様との押し合いをやめて、足を止めた。
神様はびっくりしてニューの顔に体をぶつける。
「もぉ!? 急に落ち着くなも~」
神様は文句を言ってニューの顔を見た。
するとニューは座り込みその場で眠り始める。
「ニューくんには寝ててもらいましょー。
そのほうが神様の言いたいこと
素直に言えると思いますのでー」
レッちゃんは言いながら牛車を降りて
神様の前にやってきた。
神様はじっとレッちゃんの顔を見つめる。
「まずはー、神官さんは牛車で寝てるだけで、
けがひとつしてないことはお伝えしまーす」
いつも通りの口ぶりで言った。
レッちゃんの言うことを確認するように神様は、
空気を読まずに眠るニューの引いていた牛車を見る。
幌に覆われ中は分からないが、
アーリィがいることはなんとなく感じる。
「ホントですよー。
ただ、牧場主さんやこの牛さん、
警備員さんと違って魅了魔法が効かなかったので、
催眠術で寝てもらいましたけどねー。
それも時間かかって大変でしたよー。
神官さんって何時くらいに寝てるんですかー?」
「アーリィは夜遅くまで勉強してるも~よ。
無事なのを教えてくれてありがとだも~。
レッちゃんには他にも~、いっぱいいっぱい、
聞きたいことがあるも~けど、
どうしてアーリィを連れて行こうとしたも~!?」
「神官さんってレッちゃんの好みの男性だったのでー、
結婚するために連れ出しましたー」
「ホントにそうだったんだも~」
神様はちからがため息として抜けたような声で言った。
レッちゃんも眉をひそめて、
呆れたようにため息をつく。
「チャーレか、スフィーから聞いたんでしょー?
あのふたりが来るなんて予想外すぎー」
「やっぱりチャーレとスフィーと知り合いだったんだも~。
じゃあレッちゃんって本当はダークエルフなのかも~」
「そこまで聞いてるならもういいですねー」
レッちゃんはニヤリと笑うとくるっ一回転。
するとレッちゃんの肌の色は紺色っぽくなった。
神様は呆然とレッちゃんを見つめる。
「優雅に魔法を解除してみたんですけどー、
意外と驚きませんねー」
「その姿のほうが当たり前に見えるも~。でもなんで変身なんてしてたも~?」
「一部では、ダークエルフの女は
好みの男を攫って強引に結婚するって、
知られちゃってるんですよー。
そんなじゃ仕事もできませんからねー。
あー、でも男を攫って強引に結婚するのはー、
レッちゃんの村のダークエルフくらいですからー、
そこらへんは誤解なきようにー」
運動について教えるのと同じようなノリで、
レッちゃんは神様に説明をした。
大変なことしたのにいつも通りなレッちゃんに、
神様もいつも通りのノリになる。
「ダークエルフみんながそうだったら大変だもぉ……。
そこは分かったけど、どうしてアーリィなんだも~!?」
神様はブルブル首を振って、
レッちゃんに強い声を上げた。
レッちゃんは神様を煽る黄色い声で答える。
「だってー、かっこいいしー、
仕事もできるしー、素敵な男性じゃないですかー。
神様だってー、魅力的な男性だって思いませんかー?」
「思うも~。わたしみたいな未熟な神に仕えるのは、
もったいないって思うくらいだも~。
でもでも~! アーリィはわたしの神官だも~!
勝手に連れてっちゃダメだも~」
「あれれー、神様はー、
神官さんに嫌われちゃったーって言ってませんでしたかー?
神様と神官さんのような仕事ってー、
信頼関係が大事ですしー、そんなじゃ続かないと思いますよー」
レッちゃんの腹が立つ煽り方に、
神様は言い返しができず歯を噛み締めた。
事実だ。そもそもひとと神の関係は、
ご利益とかご加護とか以上に、
信頼と信仰が必須だ。
神としてあるまじき存在は信頼も信仰も得られず、
信仰のない神はこの世界で生きるエネルギーがなくなり消滅する。
逆に牛神様のようにご利益がなくても、
街のひとたちや神官から慕われていれば、
この世界を行きていける。
こうして考えてみると自分は
信用されていたんだと、神様は感じた。
だが勝手に嫌われたと感じて、
そのせいで加護のちからを弱くして、
こうして大変な目にあったひとがいる。
だからこそアーリィを(ついでにニューを)
連れて帰らなければならない。
神様は両手をぎゅっと握り、
足を踏ん張り、頭を回転させて、言葉を絞り出す。
「続けたいも~!
確かにダイエットもできない未熟な神だけど、
もっとがんばるし、街を大きくするから、
わたしの神官をしてほしいって言いたいんだも~!」
神様はまた大きな声を上げた。
それも自分で出るとは思ってなかった大きさを
さらに超えた大きさだった。
お腹の底から、この山から神殿にまで届くような、
魔法にかかって寝ているニューを起こせるような声だと、
神様自身感じる。
「それだけでいいんですかー?」
「もぉ!?」
思わぬレッちゃんの言葉に神様は鳴き声を上げた。
今もなおレッちゃんの表情にはいやらしい余裕がある。
「神官の仕事をしてほしいだけならー、
レッちゃんとの結婚は問題ありませんよねー?
だったらレッちゃんは神官さんと、
ついでにニューくんを連れて行くのをやめるのでー、
神官さんとレッちゃんの結婚を認めてくださいよー」
「い、いやも~」
思ったことを答えるが、
間違いなくレッちゃんを納得させられるものではない。
それが分かっていながら神様はこれしか言えなかった。
レッちゃんは神様がこれしか言えないのを分かっていたかのように、
見下すような目つきで聞く。
「どーしてですー?」
ここまでされても神様はすぐに答えられなかった。
せめて目線を離してスキを与えないよう、
レッちゃんの顔を見つめるのが精一杯。
そのままアーリィのことを考える。
(もしアーリィとレッちゃんが結婚したら、
考えただけで胃がムカムカするんだも~。
わたしの体調が悪くなるって理由にならないかも~。
そしたらレッちゃんは『どうして胃がムカムカするんですかー?』
って聞いてきて同じことだも~。
自分でも分からないことを言っても、
言い合いに勝てないんだも~)
「そもそもー、神様は
どーしてダイエットをしようとしたんですかー?」
レッちゃんは勝ちを確信しつつも、
完全勝利のため、追い打ちをかけるように聞いてきた。
神様は一歩後退りをする。
「それは……人前に出ても
恥ずかしくない神様でいるためだも~」
前にも聞かれて答えられなかった質問に、
神様は口ごもりつつもなんとか思っていたことを答えた。
だがレッちゃんは納得していないとニヤけた顔を変えない。
「本当にそうですかー?
別に今のままでも街の皆さんはー、
神様を慕ってくれてたじゃないですかー?」
レッちゃんは悪どい顔で言った。
神様は目をそらしそうになるが、
「そうかもぉ……でも、
そこにアーリィがいてほしいんだも~!」
慌てて目線をレッちゃんに戻した。
ここで目をそらしたら負けな気がするし、
事実は認めても、アーリィは諦めちゃいけない。
必死に声を上げるが、
レッちゃんは準備運動のときのようにキレイな姿勢を崩さない。
「嫌われちゃったかもしれないのにですかー?」
「だったら!
もう一度いっしょにいてもいいって、
思ってもらえるようにしたいんだも~!
レッちゃんに連れて行かれちゃったら、
嫌われたままなんだも~!」
「そうですよねー。
こんなにすごい神官さんに嫌われちゃったらー、
ショックですよねー。
他に優秀なひととかー、
神官なんて特別な素質のあるひとなかなかいないですからー。
だからこそ、レッちゃんも諦めませんよー」
「……違うも~」
神様は一歩踏み出し、小さな声でつぶやいた。
今まで見たことのない雰囲気に、
レッちゃんは体を固くする。
ずっと姿勢がよく、余裕のあったレッちゃんの体に、
初めて余計なちからが入った。
神様はもう一歩踏み出す。
そして足を肩幅に開き、
お腹にちからを入れて息を吐き、
一気に吸って止めた。
吸った息を精一杯の声と、
一切の枷のない本心とともに出す。
「わたしは、アーリィのことが好きなんだも~!
神官だからじゃなくて!
仕事ができる男だからとかじゃなくて!
わたしに優しくしてくれるから!
神様だって恋するんだも~!」
山から街まで、
それ以外の場所にまで届いたんじゃないかと
神様が思うほど大きな声が出た。
声とともに体中の空気が出たからか、
神様は膝に手をついて呼吸を荒くする。
まさにレッちゃんと運動して学び、
鍛えたことのすべてを使った。
顔が上がらない。呼吸が整わない。次の声がでない。
もし神様が目を離している今、
魔法かなにかで事を起こした場合、どうしようもない。
でもこれ以上出るものはなかった。
自分でも思わぬところから出た言葉と、
今気がついた本心なのだから。
「……そんなにおっきな声で
『好き』なんて言えちゃうんですねー」
しばらくしてレッちゃんはため息混じりの声で言った。
ようやく神様は顔を上げることができたので、レッちゃんに言う。
「だって……大きな声を出す方法を教えてくれたのは、
レッちゃんだも~」
「そいえばそうでしたー。
神殿からここまで走れたのもー、
道の障害物を乗り越えられたのもー、
ニューくんと押し合いをできたのも、
ご自身の恋心に気がついたのも、
レッちゃんの指導のおかげですねー」
レッちゃんは肩をすくめて、
自分の行動を振り返るように語った。
自身に呆れたような声でもあり、
神様の成長を喜ぶような声でもある。
「間違った運動をわたしに教えてたら、
わたしはここに来れなかったも~。
ありがたいって思うけど、
どうしてちゃんと運動を教えてくれたも~」
「だってー、レッちゃんこう見えて真面目なんですよー。
神様が本気でダイエットしたいってのが分かっちゃったらー、
神官さんを拉致る計画を進めつつもー、
真剣に応えないとー」
言いながらレッちゃんは神様の方へ歩いて来た。
神様はなにかされると思って、体にちからを入れる。
「神様、これでレッちゃんの指導はおしまいでーす。
よくがんばりましたねー」
レッちゃんはワシャワシャと神様の頭を撫でた。
シャンプーするような手付きで、神様の神は乱れる。
それでもレッちゃんの手からは優しさや、
神様の成長を喜ぶような感覚が感じられた。
神様は思わず礼を言う。
「ありがとだも~」
すると目の前からレッちゃんの姿が消えた。
左右をキョロキョロ見ても、振り向いても、
寝相の悪いオス牛しかいない。
いや、ニューの引いていた牛車の中にもうひとりいる。
「アーリィ!」
神様はふらふらと牛車に向かった。
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