4-3 神様だって一緒に準備運動するんだ

神様は着替えて中庭にやってきた。

裾にラインの入った半袖の白いシャツ、

胸には『ミノリ』という古代言語で

成果や豊かさを意味する名前が書かれている。


下は太ももまでよく見えるぴっちりしたショートパンツ。

レッちゃんはブルマと呼んでいた。


最初は恥ずかしかった格好だが、

今はこれが一番運動に向いた格好だと分かる。


中庭の真ん中、良く日の当たる芝生の上に神様はひとり立った。


「余計なちからを抜いて、まっすぐ立つ……」

一度目をつぶって、準備運動の手順を思い出す。


「まず、両手と片足を同時に上げて~、下ろす~。

 交互に繰り返すも~。もぉ、もぉ、も~、もぉ」


神様は慣れた動きで、

体を動かし始めた。

自分の掛け声に合わせて、

鳴き声を出しながら手足を動かす。


「次は足の裏を手に付けるように、

 手足の上げ下げだも~」


手順を口に出しながら、自分で掛け声を出しながら、

ひとつひとつの動作を意識しながら神様は運動を続けた。


「両手を大きく上げて、手のひらをあわせる。

 そのまま右足を前にだして、重心を前に傾ける

 ……このポーズなんて言ったかも~」


「『英雄のポーズ』ですよ。

 いっしょにやらせてください」


神様が浮かべた疑問に答えながら、

猫系獣人女子がやってきた。

神様の隣に立って同じように『英雄のポーズ』を取る。


「もぉ――っとと、

 なんで『英雄のポーズ』を知ってるも~?」


「今ここ、牛神様の街は健康ブームなんですよ?

 みんな健康的な運動にすっごい詳しくなりつつあります。

 ご存じなかったんですか?」


「知らないもぉ!?」


神様は崩しかけた姿勢をなんとか持ち直したが、

結局驚いて『英雄のポーズ』を崩した。


呼吸を落ち着けてもう一度姿勢を取りながら、

猫系獣人女子に聞く。


「健康ブームってなにが起こってるもぉ?」


「神様がしてる運動とか、

 健康料理とか、サウナとかです。

 あ、サウナはまだできてないっけ」


「サウナはさっき食堂で聞いたけど……」


こんなことが起こっているとは知らなかった。

という言葉が出てこなくなるほど神様は驚いた。

猫系獣人女子は『英雄のポーズ』を続けつつ、くすくすと笑う。


「神様ものすっごくがんばってましたから。

 もしかしたら見えてなかったのかも」


「も~、街のことがちゃんと見えてなかったなんて、

 神としてどうかと思っちゃうも~」


神様は次の動きの節目でうつむいて、

自分のことがイヤになる気持ちをつぶやいた。

猫系獣人女子は首を振る。


「神様がそれくらいがんばって運動してたから、

 私たちもやってみようって思ったんです。

 みんな、がんばってる神様をよいしょして、

 その勢いで私たちも新しいことをやってみよう!

 って思って、これって『ご利益』みたいですよ」


「ご利益……? ご利益も~?」


自分には縁のないと思っていた言葉を、

神様は牛の食事のようにつぶやいた。


ご利益は神様の持つ、ひとのためになるちから。

金運アップ、恋愛運アップなどわかりやすい効果から、

美的感覚が良くなる、

条前に名前を書いて橋にかけると

絆が強くなるという儀式じみた効果まで

この世界の神様は様々なご利益を持っている。

神様を中心として街が栄える仕組みを支えているものだ。


だが牛神様には、それがなかった。


本人の許可なしに

ひとを街から連れ出せない加護は別のもの。


ご利益がないのは自身が神として力不足だからそう思っていた。

アーリィも街のひとたちも、

ご利益がなくても気にしないでいてくれたが、

神様はずっと気にしていた。


でも今は違うかもしれない。


「そっか、ようやく街のために

なることをした気がするも~」


神様は嬉しそうに笑った。

このことをアーリィに聞いてほしい。

また話したいことが増えてしまった。

それでも準備運動をおろそかにしてはいけない。

川で泳ぐときにした準備運動を、わざと口にして思い出す。


「胸の前で手を組む。膝を少し下げながら~、

 ぐいーっと手のひらを前に突き出しだす~」


「んー、なんか日頃の運動不足に効く感じです」


猫系女子は勝手に神様のマネをしていた。

いっしょに動いてくれるのが楽しくて、

それでいてこの子のためになる気がして、

神様は次の動きも口にする。


「ゆっくり体を戻すも~。

 次は背中の後ろで手を組むも~。

 手のひらを後ろに向けて~、胸をはるも~」


「ほー」


「次で最後も~。かがんで膝に手を置き、

 膝を曲げてもぉ、もぉ、戻しても~、

 もぉので膝を曲げ伸ばしだも~」


「いっち、にー、さんしー」

「もぉ、もぉ、も~、もぉ」


「いっち、にー、さんしー」

「もぉ、もぉ、も~、もぉ~」


神様は最後の動きをゆっくりして、

呼吸を整えつつ体を真っ直ぐにした。

神殿の出口に体を向けて、猫系女子に告げる。


「ちょっと行ってくるも~。

 準備運動、付き合ってくれてありがとだも~」


「いいえ、私の方こそありがとうを言わなきゃ。

 神様のおかげで、新しいことを始められました。

 ありがとうございます。いってらっしゃい」


猫系女子が小さく手と尻尾を振ってくれた。

神様はそれを背に走り出す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る