4-2 神様だって決心するんだ

「あら、認識阻害の魔法使ってるの?」


「うん、僕が街の中心にくるとちょっとした騒ぎになるからね。

 それと牛乳を届けるついでに、

 神様にこっそり聞きたいことがって来たんだ」


チャーレの質問に答えて、

スフィーは説明をしつつかがんで神様に目線を合わせた。

心配そうな顔になって、話を続ける。


「さっき神官さんが、レッツといっしょに

 牛車に乗ってるのを見たんだ」


「もぉ!?」


神様は大声をあげた。

だが食堂にいるひとは誰も反応しない。

チャーレが目を丸くして、

スフィーが目に魔法の模様を浮かべている。


「ごめんね、チャーレ以外に声がもれないようにしてる。

 やっぱり神官さんは神殿に帰ってないんだ。

 神様のご加護も弱まってるし、

 レッツを強引に止めてでも事情を聞けばよかった」


スフィーは申し訳なさそうに頭を下げた。

神様は牛乳ビンに手を伸ばしたままずっと動けずにいる。

固まっている神様の代わりにチャーレが質問を口にする。


「ということは、レッちゃんに声をかけたの?」


「うん。神官さんがレッツとふたりきりなのは

 あまりに不自然だからね。

 そしたら『神官さんはお疲れなのでゆっくりさせてあげて』

 って言ったよ」


「そっか、わたしといることに疲れちゃったのかも~。

 そうだよね。わたしのダイエットに付き合わせちゃったからだも~」


神様は牛乳ビンから手を引いて両手で顔を覆った。

目からはボロボロと大粒の涙がこぼれてくる。


「わたし、アーリィに嫌われちゃったもぉ……」

もおもおと『なき』だした。


ダイエットをする必要はないと言われて、

神様はアーリィに見なされたと思った。

でも心の何処かでそんなことはないと思っていたり、

実感が湧いていなかった。


それにレッちゃんが話をしてくれると言ってくれたとき、

神様はレッちゃんが自分とアーリィの仲を

取り持ってくれると思っていた。


だがそんなことはない。


アーリィは自分のことを嫌いになって、

全部を置いて出て行ってしまったんだ。

これを『違う』と言える理由が出てこない。


神官がいなくなって、

頼っていたアーリィがいなくなって、

自分はもうダメだ。


神官という役職につけるひとを見つけるのは大変だし、

神官の居ない間どうやって神様は街をまとめればいいだろう。


なによりアーリィなしでは

自分は神様をやっていけない。

「本当にそうかな?」


スフィーは神様の手を握って言った。

神様はそれでも、もぉもぉと『なき』続ける。


「……神様は、神官さんがいなくなるのがイヤなんだね」


「いやも~。アーリィに居てほしいも~」


「だったら、そう言わないと」


「でも~、アーリィはレッちゃんについて

いったんだからもう言ってもしょうがないも~」


「本当にそうでしょうか?」


チャーレもスフィーと同じように疑問を口にした。

神様は声を上げる。


「そうだも~。だって~、

 わたしのこと嫌いにならないと

 レッちゃんについていかないも~」


「私の知ってるレッちゃんは、

 結婚したい男の人を見つけると、

 強引に連れて行こうとするんですよ。

 それも魅了魔法とか催眠術とか使って

 周囲のひとを利用するなんて、

 小説みたいなこともやっちゃうんです」


チャーレは、神様が『なき』止むほど衝撃的なことを言った。

スフィーは呆れた顔をして語りだす。


「本人の名誉のために話さないでおいたけど、

 僕もチャーレと同じことを思ったから話すよ。

 多分神官さんはレッツに攫われた。

 神様が疲れて、ご加護が弱まっているところを狙ったんだ」


「本当かも~?」


「僕の知ってるレッツはそういうことをする。

 それに多分、神様から見てもレッツが

 そういうことをするかもって心当たりはあると思う」


神様は腕を組んだ。

改めてレッちゃんとアーリィとのやりとりを思い出す。


「レッちゃんは、やけにアーリィとベタベタしようとしたり、

 アーリィに声をかけられて喜んだりしてた。

 わたしはよく分からないけど、

 そんなレッちゃんとアーリィのやりとりを

 おもしろくないって思ってたもぉ」


「それは妬――ううん、レッツが神官さんを取っちゃうって、

 神様は直感的に感じてたんだろうね」


スフィーは言葉を選び、

入れ替えるような言い方をした。


神様に分かりやすく伝ええられるようにではなく、

神様に伝えるべきではない言葉を避けるような感じ。

神様はそう思いつつも首を振って、今は考えないことにする。


「神官さんがレッツといっしょにいるのは、

 神官さんの意思ではない可能性がある。

 神様が本当に嫌われてしまったかどうか、

 レッツが本当に僕たちの言う通りのことをしようとしているのか、

 実際に聞いてみないと分からないけどね」


「うん……アーリィの気持ちは分からないも~。

 でも昨日のニューとその牧場の持ち主は

 なんか落ち着きがない感じで、

 まるでレッちゃんに誘われてやってきた感じだったも~。

 ニューはレッちゃんのこと気に入っちゃって、

 それから変な牛になってるも~けど」


神様はチャーレの言った

『魅了魔法とか催眠術とか使って周囲のひとを利用する』に

思い当たることを口にした。

チャーレは口を丸くして、

開いた口を見せないよう手で塞ぐ。


「あらあらまあまあ」

「まったく、またそんなことをしたのか……」


神様は呆れた声を出したスフィーの手を握り返した。

顔を上げて、目にちからを入れて言う。


「わたし、アーリィとレッちゃんと話をしてみる」


神様の決意を聞いてスフィーはうなずいた。

チャーレも同じようにうなずいて、

神様に優しく声をかける。


「でしたら、朝食を完食してくださいね。

 お話するにも体力は必要ですよ」


「もぉ!」


返事をして神様は改めて牛乳ビンに手を伸ばした。

ポンと気持ちのいい音がして蓋がとれる。


神様は一気飲みしないようビンの角度を抑えながら牛乳を飲んだ。

涙で減った水分が体に戻ってくる気がする。

同時に頭の回るようになり疑問が浮かぶ。


「でも今から、レッちゃんに追いつくも~?」


「食べながら聞いてほしい。

 僕は天使のちからでレッツたちの居場所を追ってる。

 今レッツたちは東の山を牛車で登ってるね。

 条件付きで追いつくよ」


「条件は何かしら?」


神様の代わりにチャーレはスフィーに聞いた。

神様はスプーンを動かしながら耳を傾ける。


「追いつくまで走ることと、

 山では普通の道じゃなくてショートカットをすること、

 水分補給の小休止をしても、間違いなく追いつく」


――命、ちからは、我が糧となり、我を生かし、

我らの世界のためとなってくれました。

これに感謝し、祈りを捧げます。自然、ひと、

技術は願いと喜びになりますように。

これらすべてはごちそうさまでした。


「はい。完食できましたね。

 すぐに運動を始めるとお腹を痛めちゃいますので、

 しばらくは座っててくださいね」


「分かったもぉ。

 それにまだ心配があるから聞いてほしいんだも~」


スプーンを置きながら神様は聞いた。

弱気な声ではなく、作戦の確認をするようなハキハキした声だ。

チャーレとスフィーはまっすぐと神様に顔を向ける。


「街の東端まで行って戻ってくるのも大変だったのに、

 山まで行けるかちょっと心配だも~」


「行けますよ。今の神様なら」


「僕もそう思う。

 僕は神様の運動してきたのを見たわけじゃないけど、

 レッツはちゃんとした運動を神様に教えているはず。

 体は鍛えられてるよ」


「ダイエットがうまくいってないのに?」

「たとえ痩せていなくても、体力はつきますよ」


「分かったも~。

 自信なくても、やってみるも~」


神様は立ち上がって宣言した。

チャーレは嬉しそうに力強い拳を見せる。


「はい。お仕事についてはわたしとスフィーが対応します。

 神様は気にせず、

 神官さんとレッちゃんと話をしてきてください」


「任せたも~」

「じゃあ走るコースを教えるね……」


スフィーは神殿を出たあとの道を説明してくれた。

一度の説明で覚えられるほど神様はこの道を覚えている。


「でもこの格好だと走れないから、着替えてくるも~」

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