4-1 神様だって心配なんだ
神様の加護は、本人の許可なしに
街からひとや牛を連れ出すことができないというものだ。
とはいえ、牛神様の街では
人さらいも牛さらいも起きたことはない。
理由は辺境にあるからか、発展途上にあるからか、
周囲に危ない遺跡やダンジョン、
魔物が住んでいないからか、
詳しくは分からない。
「加護よりご利益がほしいもぉ」
というのが神様の感想だ。
この加護について調べたアーリィは、
古代は民謡に残るほど牛さらいが多かったため、
現代で同じことが起こらないよう
与えられたのではないかと言っていた。
ベッドに寝そべりながら神様は
ひとりそんなことを思い出していた。
自分のことについて調べてくれたアーリィはいない。
ずっと耳を澄ませて、
隣の部屋のドアが開かないかと待っていた。
もしもドアの開く音がしなくとも、
神のちからかなにかで、
なんとなく分かるのだが、そんなこともない。
「疲れたし寂しいし、
こういうときにアーリィにいてほしいのに」
そんなこと思ってゴロゴロしていたが、
心身の疲れのせいか、気がついたら朝になっていた。
意識を研ぎ澄ませて神様パワーで探しても、
アーリィが帰ってきた感じはしない。
疲れが抜けた体を起こして神様は自室を出る。
「アーリィ、いるかも~?」
神様はアーリィの部屋に入った。
神様のお世話係であり、神様の護衛であり、
神様とひとをつなぐ役割を持つ神官も、
神殿で暮らしている。
アーリィも同じだ。
もちろん神官の部屋はプライベート空間で、
自室として使われる。
そんなアーリィの部屋は本が多い。
神様の叡智では分からない経済学などの本、
神様の分野である牧場経営の本、
趣味である古代叙事詩の復元本などが
本棚にびっちり詰まっている。
机には普段勉強に使っているであろうノートがあった。
真面目に書き込んだ日付がついているが、
最新の日付は一昨日だ。
「昨日帰ってないのも~?
それとも先に食堂かも~?」
神様は自分しかいない部屋を見て
腕を組み、首をかしげた。
昨日からずっと首をかしげっぱなしだと思いつつ、
仕方ないので食堂へ足を進める。
「……足が痛くないも~」
廊下をひとりで歩いていると、
神様は気がついて足を止めた。
壁に手をついて足を上げたり下ろしたりを
左右の足でしてみる。
すると痛める前より動きが軽く、
力強いと感じた。すぐに横を見て声を上げる。
「アーリィ、なんか魔法も使ってないのに
パワーアップした感じ……いないんだったも~」
隣に誰も居ないことに気がつくと神様は肩を落とした。
それでもすぐに歩き始める。
「まあ、足が動くなら探しに行けばいいだけも~」
わざとアーリィの口癖をマネしてみた。
神様は調子のいい足で食堂へやってくる。
食堂の様子はいつも通りだ。
慌ただしく包丁がトントントントンシャッシャッシャと
野菜を切る音やカラカラカラとビンがぶつかる音、
誰かのあくびなど日常が始まる音がする。
音とともにコーヒーの苦酸っぱい香り、
焼けたパンとバターの芳醇な香り、
街の名産である牛乳の甘い匂いも鼻をくすぐる。
厨房には忙しく鍋をはしごするおばちゃんに、
ひとりだけ時間の流れが遅く見えるチャーレが動いていた。
食堂の席を見渡すと落ち着いて
コーヒーを飲むヒューマン男子や、
ガツガツとパンにかじりつくドワーフ男性、
街の噂話に花を咲かせる猫系獣人の女子などなど。
「この街にサウナができるって聞いた?」
「知らないかも。そんなのいつ聞いたの?」
「きのう」「そりゃ知らないわ」
「おい、バターの乗ったパンばっか食べてると、
体に良くないって聞くぞ」
「じゃあ何食えってんだ?」
「このチラシを見ろ」
「おおっ! レストランに神様が最近食べてる健康料理が
……って明日からじゃねーか!」
そんな噂話を聞きながら神様は食堂を見渡した。
だがそこにアーリィの姿はない。
仕方がないので席に座ってぼーっとする。
「神様、おはようございます。
神官さんはいらっしゃらないようなので、
まずは神様の朝食をご用意しましたわ」
「も~。おはようチャーレ。
アーリィは昨日から見てなくて……。
とりあえず朝ごはんいただくも~」
チャーレの言葉を聞いて、
神様は朝食を前に目を閉じた。
落ち着いてお祈りする。
――この食べ物に関わる、自然、ひと、技術、
この食べ物となる命、ちからにこの祈りを捧げます。
我が糧となり、我を生かし、我らの世界のためとなることを、
願い、感謝し、喜んでいただきます。
神様はお祈りをして食事に手を付け始めた。
今日の朝食はシャケフレークとオートミールのドリアチーズつき、
えのきの入った豆乳スープ、牛乳がなぜかない。
早速神様はスプーンを持ちドリアを口に運んだ。
とてもおいしいと笑ったあと、
引っ張られるように目線を落とす。
「神様、いかがなさいましたか?」
「アーリィが昨日の夜からいないも~」
「まあまあ」
チャーレは周囲を驚かせない程度に声を上げた。
神様の斜め向かいの椅子に座り、
神様の顔を覗き込む。
「昨晩いらっしゃらなかったのは、
お仕事だと聞いておりました。
ですので私も神官さんと顔を合わせておりません。
まさか今もお戻りでない?」
「もぉ……」
神様はチャーレの質問に弱々しい鳴き声で答えた。
チャーレは少し考えてから神様に優しい声をかける。
「少し酷に聞こえるかもしれませんが、
まずは朝食を召し上がってくださいませ。
朝食をしっかり食べて、
体力をつけてから行動するほうがよろしいかと」
「そうするも~」
そう答えて神様は再び手を動かし始めた。
豆乳スープだけでなく、牛乳もほしいと思って手を伸ばすと、
スッと牛乳ビンが差し出される。
「牛乳をどうぞ。遅れてごめんね」
今の今まで居なかった天使の声が聞こえてきた。
神様は思わず牛乳ビンに手を伸ばしたまま固まってしまう。
ゆっくりと顔をあげるとそこにはスフィーがいた。
今は頼もしく凛々しい顔つきで神様を見つめている。
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