3-10 神様だって落ち込むんだ

水風呂にも入り終わった神様は、

肩を落としたままアーリィに服を着せられていた。

そこにレッちゃんが戻ってくる。


「神官さーん、レッちゃんのサウナみたいなの建てたいって、

 街のひとに声かけられちゃいましたー」


そう話しながらレッちゃんはアーリィの前にやってきた。

ちらりと神様を見て、もう一度アーリィに向き合う。


「レッちゃんはテントを買った場所とか

 値段とかは教えられるんですけど、

 場所とか営業許可とか分からないんですけどー、

 どうすればいいですー?」


「俺が話をしましょう。申し訳ないですが、

 神様がお疲れ気味のようなので、

 俺の代わりに見ててもらえます?」


「わっかりましたー。

 そのひとはあっちで待ってますよー。

 はい、お仕事をしても、水分補給はしてくださいねー」


レッちゃんはそう言いながらアーリィに牛乳ビンを渡した。

アーリィは牛乳ビンを受け取り、

口をつけながら歩いて行く。


神様は少し服のはだけた状態で

呆然とアーリィの背中を見ていた。

レッちゃんはそんな神様に目線を合わせて聞く。


「なにかありましたかー?

 とりあえずー、涼みながら聞かせてくださーい」


「もぉ」


神様は風に吹かれれば

飛んでしまいそうな鳴き声で返事をした。

それを聞いてレッちゃんは神様の手を取って引く。


サウナテントの裏には

支柱と天幕だけのテントがあった。


天幕の下には、木製のリクライニングチェア、

小さなテーブルとドリンクホルダーなどが三人分ある。


神様とアーリィとレッちゃんの三人で

使う予定だったのだと神様は思った。


椅子は東を向いており、

夕日に照らされるレンガの建物を照らす。

その風景を見つめながら体をゆっくり冷やしていく、

つもりだった。


寂しそうにチェアを見つめてから、

一番左に腰掛ける。


「牛乳をどーぞ。

 お話するにしても水分補給はかかせませんよ」


レッちゃんは言いながら

神様の隣のテーブルに牛乳ビンを置いた。


牛乳は牛神様の街の名産品だ。

神様は販売されているすべての牛乳を知っているつもりだった。


「ありがとだも~。天使の育てた牛乳……」


神様は呆然とパッケージにある名前を読んだ。

知らない銘柄で、名前からして

スフィーが働いている牧場で育てたものだろう。


気にはなるが、今はそれを考えるだけの余裕はない。


まずはレッちゃんの言う通り水分補給だ。

ビンのフタを開けてちびちびと口をつける。

もちろんおいしい。おかげで神様の息遣いは落ち着く。


「どうですー? 話せそうですかー?」


「もぉ。さっきアーリィと、

 ダイエットの成果について話をしたも~。

 そしたら全然痩せたようには見えないって

 言われちゃったも~」


「神様はどう思いましたかー?」


「こんなにがんばったのに、

 全然成果が出てないのがショックだったもぉ。

 あっ、アーリィに怒ったりしてるわけじゃないも~。

 アーリィはどんなときも淡々とした言い方をするから、

 それはいいんだも~。

 それに言葉足らずだけど嘘はつかないも~」


「信用してるんですねー。

 すっごい妬いちゃうかもですけどー、

 今は置いておきまーす」


レッちゃんは見えない箱を置くような仕草をした。

レッちゃんの言葉に神様は気になることはあったけど、

レッちゃんが触れないのであれは同じように置いておく。

神様はゆっくりした声で話を続ける。


「だからこそ、本当に痩せてないんだって分かるも~。

 すると今までのがんばりとか、

 レッちゃんやチャーレにスフィーに教わったり

 助けてもらったりしたことの意味とか、

 考えちゃうも~。そしてなにより――」


「なにより?」

「――アーリィに嫌われちゃったなって思うも~」


一番恐れていたことが起こったことを、

神様は口にして認めた。


アーリィに運動不足と言われ、

ダイエットを決意したのは、

こう思われたくないからだった。


なのに成果が出ていないことにはがっかりされてしまう。


「それで落ち込んでたんですねー」


「アーリィが運動に付き合ってくれたのは、

 安全のための見守りと、

 痩せる見込みがあったからだと、思ったも~。

 わたし、そんな期待に応えられなかった。

 わたし自身がっかりで、

 こんなこともできない情けない神なんだも~」


神様は聞かれてもないことをボロボロとこぼした。

それでも涙はこぼさないよう、

代わりに牛乳を一気飲みする。


味わって飲みたい高級な牛乳だが、

今はいつも飲んでいる牛乳と違いが分からない。

飲み終わった牛乳のビンを横のテーブルに置いて、

レッちゃんを見る。


レッちゃんは神様に顔を向けたまま、じっとしていた。

だが手が落ち着かない動きをしている。

それは指をペンにして、なにかを書いているような動き。

目も神様となにかを交互に見ている。


(話を聞いてない……ってわけじゃないも~ね。

 なにか魔法を使っている手付きも~。

 でもなんでわたしと話しているときに、魔法を使うも~?)


神様もレッちゃんの顔を見て考えた。

レッちゃんの意識は神様から離れていくように感じる。


(そっか、わたしがアーリィに嫌われちゃったら、

 ダイエットする意味もなくなっちゃう。

 レッちゃんの運動指導はここまでかも~。

 そしたらわたしの話を聞くより、

 次の仕事なり、片付けのこと考えちゃうも~ね。

 収納魔法も楽じゃないって言ってたし――)


神様の考えが、ネガティブに陥っていくかと思ったとき、

「ちゃーんす」


レッちゃんは思わぬ言葉を口にした。

おおよそ今の話の流れでは出てこない言葉に、

神様は目を丸くする。


「あ、ごめんねー。

 すっごい勢いでいろいろ調べたり考えたりしてたからー、

 変な言葉がでてきちゃったー」


すぐにレッちゃんは言った。

だがごまかす声と顔に、

ニヤニヤした気持ちが隠せずに浮かび上がっている。


「とりあえず、レッちゃんが神官さんとお話してみますね」

「なにを話すも~?」


「いろいろー、ですね。

 神様の気持ちもゴチャゴチャになってるみたいなのでー、

 整頓しながら話すと『いろいろー』に

 なっちゃうと思いますよー。

 込み入った話になっちゃうのでー、

 今日遅くまで神官さんお借りしますねー」


「も、もぉ……。

 わたし、どうすればいいか分からないから、

 レッちゃんに任せるも~」


神様はそうレッちゃんに頼んだ。

だが頭の片隅で『本当にこれでいいのだろうか?』

『本当に自分はアーリィに嫌われたのだろうか?』

そんな疑問が、ビンの底に残った牛乳のようにある。


これをうまく言葉にできず、

もしできたとしてどうすればいいのか分からない。

なのでここは変な気分を感じつつも

レッちゃんに任せるしかないと、

神様は自分に言い聞かせた。


そんな神様の気持ちをどこまで察しているのか分からないが、

レッちゃんはダイエットの指導を引き受けたときと

同じようにうなずく。


「はいー。それじゃ、お片付けしますねー」


レッちゃんは勢いよく立ち上がった。

魔法のビンを取り出して、サウナテントの前に置く。

テントを出していたときのように

指で空中をなぞるように動かすと、

テントが分解されてひとつひとつ小さくなり、

ビンに入る。


――おっ、レッちゃんさん!

 こんなところで出会えるなんて文字通り神様の導きだぜ。


神様はでかい牛の声を聞いて振り向いた。

そこには前に牧場で出会った

オス牛のニューとその牧場主がいる。


「こんにちは、神様、レッツさん。

 ニューに引っ張ってこられまして……」


牧場主は聞いてもないのに

タジタジと言い訳のような説明をした。

するとレッちゃんは手を動かしたまま、

牧場主とニューに嬉しそうな声をかける。


「来ちゃったんですねー」


――当然だぜ。レッちゃんのいつところなら例え、

 火の中、水の中ってやつだ!


ニューは騒がしく鳴いた。

ニューの言っていることが分かる神様は首を傾げる。


「レッちゃん、まるでニューを呼び出したみたいだも~」


「神官さんのところに案内してもらうためですよー」


レッちゃんは神様の疑問に軽い声で答えた。

レッちゃんはアーリィと話し合ってくれる

と言ってたので不思議ではない答えだ。

なので神様はそのまま納得しそうになる。


(そっか、アーリィはわたしを置いて仕事に行っちゃったも~。

 でもニューたちがアーリィの居場所に案内する必要あるも~?

 ん~、分からないも~)


「神様ー、今は難しいことは考えないで、

 レッちゃんにまかせてくださーい」


「わ、分かったも~」


考えを遮るレッちゃんの声が聞こえて、

神様は考えをやめて返事をした。


レッちゃんはにっこり笑う。

一見すると素直な子供に見せる笑みだが、

日の傾きのせいか少し含みのある影が見えた。

テントが全てしまわれると、

レッちゃんは足元の魔法のビンを拾う。


「それじゃ、レッちゃんは神官さんと話してきますねー」


――レッちゃんさん、

このニューが案内しますぜ。そうだ、神様。


「もぉ?」


――街の加護がちょっと弱まってる。

オイラもなんか変な気分だし、神様は休んで、

このこと神官さんにも伝えておいたほうがいいぜ。


「レッちゃん、街の加護が弱まってって、

 アーリィに伝えてほしいも~」


「知ってますよー。

 レッちゃんの方から話しておきますねー。

 明日神様は、いつも通りにしてくださいねー」


答えながらレッちゃんは、

ニューと牧場主といっしょに行ってしまった。

ひとり残された神様は、違和感にまた首を傾げる。

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