3-9 神様だってショックなんだ

「神様、一〇分ほど経ちましたよ」

「もぉ……」


アーリィに言われて神様は

物足りなさそうな鳴き声をもらした。

寝起きと同じようにだるそうに体を起こす。


「はいはーい。

 それじゃー、水風呂へ入ってくださいねー」


壁越しにレッちゃんの声が聞こえた。

指示だけでそれ以外の言葉は飛んでこない。

神様はアーリィの顔を見つめる。


「休憩みたいなもんですよ。早く行きましょう」


アーリィは何事もなかったかのような声で言った。


敬語も戻っており、目線も神様をまっすぐ見ている。

だが顔にはほんのりとサウナの暑さが原因ではないほてりが残っていた。


(膝枕してもらったのはなかったことにするんじゃないくて、

 わたしとアーリィのふたりだけの秘密ってことも~ね)


神様はそう考えてコクコクとうなずいた。

アーリィは自分のほてりを早く冷ましたいのか、

先に立ち上がりサウナを出ようとする。


「も~」

それを見て神様は、先程より元気になった鳴き声で返事をした。


隣のテントに来て、神様は水風呂を見つめた。

サウナで熱くなった体を冷ましたい

という気持ちもあるが、神様は足を止める。


「こういうとき、

 急に体を冷やして大丈夫なんでしょうか?」


アーリィも神様と同じことを思ったのか、

足を止めて壁の向こうのレッちゃんに聞いた。

すぐに返事が返ってくる。


「おっ、神官さーん、いいところに目をつけましたねー。

 もちろん急に体を冷やすのは良くないですよー。

 ですからー、汗を流すって意味でも、

 水をかぶってから入ってくださーい」


レッちゃんはきゃっきゃとした黄色い声で、

アーリィの質問に答えた。


その答えは神様も知りたかったこと。

なのに神様はレッちゃんの声を聞いて

胃がムカムカするのを感じる。


神様はそんな気分をぶつけるように、

体と頭のタオルをとって水を被った。

体の熱さと胃のムカムカが同時に受ける気がする。


「もぉ……運動のあとのお風呂と同じくらい気持ちがいいも~」


「はいー。気持ちいいんですけどー、

 水風呂にはゆっくり入ってくださーい。

 体がびっくりして、

 心臓止まっちゃうこともありますからねー」


「もぉ!? そ、そんなことあるわけ……」


「ありますよー。

 それはひとも神様も変わらないことなので、

 神官さんは神様が水風呂に飛び込みそうだったら、

 止めてくださいねー」


「分かってますよ。

 神様を見守るのも神官の仕事ですから」


「えへへ~、真面目ですてきな神官さんに

 改めて言う事じゃなかったですねー。

 しつれーしましたー」


謝ってはいるが、

レッちゃんの言い方はとても機嫌がよかった。


まるでアーリィと話をしているのが楽しそうな感じだ。

神様はそう思うと勢いよく水を体にかける。


「神様、言ったそばからそういうことをする……」


「も~。こういうときだけ見てるんだも~」


アーリィに注意されて、

神様は不満そうに口を尖らせた。


目を細めて見つめる。

するとアーリィはレッちゃんのいるであろう方を向いた。


(アーリィさっきは優しかったのに、

 急に冷たくなったもぉ)


そう思いながら神様は恐る恐る水風呂へ体をつける。

思ったより冷たく感じない。


神様が水風呂に入ると

ようやくアーリィは水で汗を流した。

冷たさが心地良いと、爽やかに息を吐く。


「おふたりともー、水風呂は三分くらいにしてー、

 そしたらまたサウナへ入りましょー」


「もぉ!? これでサウナはおしまいじゃないのかも~?」


「お風呂一〇分、水風呂三分、

 このローテを繰り返すことで

『ととのう』ことができるんですよー。

 これを三セット繰り返してくださいねー」


「これじゃ、いつもの運動と変わりない気がするも~」



「次の水風呂でおしまいですねー。

 レッちゃんはお風呂上がりの牛乳を調達してきまーす」


そんな言葉が聞こえると、

サウナの中の神様は大きなため息をついた。


自分の枕に頭を預けるように、

神様は隣にいるアーリィの膝に頭を乗せる。


「神様、当然のように寝ないでください」


「これが一番楽なんだも~。

 それにレッちゃんが居ないから恥ずかしくないも~」


「また調子に乗って……。

 まあサウナは入ってるだけで効果ありますし、

 あと数分なのでいいでしょう」


アーリィは諦めたようにため息をついた。

神様は機嫌よさそうに笑う。


「そうも~そうも~。

 大変だったけど、

 アーリィのおかげで今回もうまくこなせたんだも~」


「まあ、俺はただ付き添いしてるだけで、

 なにかしてるわけじゃないです。

 毎日コツコツできることをするというスタイルが、

 俺も神様も向いてるだけの話です。

 おかげで健康的になったんじゃないかと」


「じゃあ、ちょっとは痩せたように見えるかも~?」


神様はアーリィに期待を込めて聞いた。

自分ががんばっているのは

近くにいるアーリィが一番良く知っているだろう。


それに盗み食いのときや、

夜の無茶な運動など自分以上に自分を見ている。


神様はアーリィについてそう思っていた。

だからこの質問にも『それなりの』

返事はしてくれるだろうと神様は予想し、

アーリィの答えをニコニコで待っていた。すると、


「いえ、特に」

「もぉ!?」

 大きく鳴き声を上げた。


神様はアーリィに『運動不足』と

言われたとき以上のショックを受けて、

目を丸くし、口を半開きにし、固まっている。


アーリィにとっても、

神様の反応は思わぬものだったようだ。

不思議そうに神様の顔を見ている。


「えっと……つまり、

 アーリィはわたしが痩せてないって思ってるもぉ?」


「はい、そうなります」

「本当に? あれだけ運動したのに?」


「まあ、そうですね」

間違いないようだ。


神様はまた固まって動かなくなった。

アーリィは特に気にせずに時計を見る。


「時間ですね。最後の水風呂に入りましょう」


アーリィは神様に声をかけた。

神様がまだ暑さでへばっていると思ったからか、

アーリィは神様の体を起こす。


「それでもちゃんと体力がついて、

 健康的になってると思います。

 今日はこれで終わりですからがんばりましょう」


「もぉ」

気を使ってくれたようなアーリィの言葉は、

神様の耳に中途半端にしか届かない。

なので神様は弱々しい鳴き声で答えた。

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