3-8 神官だってデレるんだ
テントの中でアーリィは後ろを向いてから服を脱ぎ始めた。
神様も同じように後ろを向いてから、
自分の動きに疑問を持ってアーリィの方を見る。
「なんで後ろを向いたも~?」
「前にも言いましたが、
俺と神様の関係に関わらず、
女性が服を脱ぐのを見るわけにいかないからです」
主語の抜けた神様の疑問に、
アーリィは少し気まずそうな声で答えた。
神様は答えながらアーリィに背を向ける。
「えっと、そうだったも~」
自分の求めた答えではなかったが、
神様はとりあえずアーリィにそう言った。
正確には、『わたしはなんで後ろを向いたも~』が
神様の疑問だった。以前とアーリィと同じように背を向けた。
疑問について神様は服を脱ぎながら考える。
(わたし、アーリィに
体を見せたくないって思っちゃったのかも~。
アーリィはわたしの整ってない体を見たくないから、
わたしも見せたくないって思うようになった?)
白いキトンと黒いヒマティオンをていねいに折りたたんだ。
下着に手を触れるが、なんだかいつも通りにいかない。
(そうかも~。だったら
ちゃんとダイエット成功させないとだも~ね)
意気込むといつも通りに下着を脱げた。
お風呂と同じように備え付けられたかごへ入れて、
代わりにかごに入っていたタオルを取り体に巻く。
(ちょっとキツめに巻いたら、
体型が分からなくなるかも~?)
そう思って息を吐きお腹を凹ませた。
体を絞るようにタオルを巻き付ける。
胸が大きいのが少し恨めしい。
タオルを巻き終わると、
キツさを感じて思わずため息をついた。
するとアーリィが聞いてくる。
「終わりましたか?」
「も~」
神様はいつもどおりの鳴き声で答えた。
腰にタオルを巻いたアーリィが神様を見る。
「じゃーあー、風呂と書かれたテントへどうぞー」
やりとりから状況がわかったのか
レッちゃんは外から大きな声で言った。
言われた通り神様は風呂と案内があるカーテンを開ける。
中には何故か仕切られた浴槽がふたつあった。
『あったか~い』と『つめた~い』とある。
大きさも神様とアーリィがいっしょに入っても密着しない程度だ。
「外から見たテントと大きさが合わない。
空間拡張の魔法も効いてるのか」
「それより、なんで冷たい風呂があるも~か?
体を冷やすのは良くないから、
お風呂は温かいほうがいいんじゃないのかも~?」
「サウナに入ったら水風呂が恋しくなりますよー。
でもその前に『あたたか~い』お風呂で、
髪や体を洗ってくださいねー。
体の垢とか汚れを落としたあと、
サウナに入るのが効果的で、マナーですからねー」
「なんか普通にお風呂に入るのと変わらないも~」
「じゃあ俺は脱衣所で待ってますので――」
「神官さーん、神様のお背中を
ちゃーんと洗ってあげてくださいねー」
レッちゃんに言われてアーリィは足を止めた。
神様はもじもじしつつもアーリィに言う。
「アーリィ、ダイエットのためにも頼むも~よ」
「……分かりました。
本当にお風呂入るのと変わらないですね」
神様とアーリィは同じように思いながら風呂に入り、
備え付けられていた石鹸などで髪や体を洗った。
いつもと違うのはお互い気まずそうに口数が少なかったこと。
(なんだかまた変に意識しちゃうも~。
いつもはこんな感じじゃなかったはずも~よ)
「神様、首周りもしっかり洗ってください」
「背中は俺がやります」
「いつも髪の洗い方が雑なんですから、今日は俺がやります」
口数は少なかったが、
アーリィは言うことやることはハキハキ口にした。
そういったアーリィの真面目なところ
はいつも通りだったので、
神様は安心して言われたとおりにする。
「洗い終わったも~。
よいよサウナに入るのかも~?」
「はいー、神様は体だけじゃなくて、
髪の毛もタオルでまとめると効果も上がって、
少し楽になると思いまーす。
脱衣所にあるタオルはじゃんじゃん使っていいですよー」
レッちゃんに言われて、
アーリィは脱衣所から別のタオルを持ってきた。
優しく、器用で、
ていねいに神様の髪をタオルでまとめる。
「なんか頭が重いも~」
「そりゃそうです。俺からも重そうに見えます」
「重く見える……」
神様はアーリィに言われて顔に影を作った。
もちろん『重そう』というのが
まとめた髪とタオルを指しているのは分かっている。
なのに神様の頭の中では『太った』と解釈されていた。
そこにレッちゃんのノーテンキな声が聞こえる。
「神様ー、大丈夫ですよー。
サウナに入って健康的に体を絞りましょー」
外から状況が見えていたような
レッちゃんの声が聞こえた。
神様は少し顔を上げる。
(そうも~、まだリバウンドしたわけじゃないも~。
痩せることはできなくても、
今の体型を維持していれば、また運動がんばれるも~)
レッちゃんの声が神様の不安に応えたようだと感じて、
神様は顔を真っ直ぐにした。
サウナに通じているカーテンを開ける。
「もぉ……入り口にいるだけで暑い」
「サウナの温度は六十度、湿度は十パーセント、
初心者向けの設定ですよー」
「これで、初心者向けもぉ……?」
「時計を見ながら、まずは一〇分間、
中のベンチに座ってくださーい」
「一〇分なら……」
神様は消えてしまいそうな声でつぶやきつつ、
サウナに入ってベンチに座った。
中は蒸気でモクモクだが、
中についている時計はちゃんと見える。
「あちぃ」
アーリィは神様と一人分の距離を空けて隣に座った。
顔がいつもより険しく見える。
そんなぼやきが聞こえたからか、
レッちゃんの笑い声が聞こえる。
「くすくすー。さすがの神官さんも大変そうですねー。
おふたりともー、終わったら涼しい場所で牛乳を飲みましょー」
「もぉ~、すぐにでもレッちゃんの言う通りにしたいかも~。
でもそれじゃ意味ないも~」
「まあ、そういうことです」
「神様のおっしゃるとおりでーす。
がんばってくださいねー」
そのあとは神様もアーリィもレッちゃんも黙ってしまった。
サウナの中で聞こえるのは
水が蒸発する音と時計の針が動く音だけ。
間の悪さを感じて神様はアーリィに気になったこと聞く。
「アーリィ、もっと近くに座らないのかも~?」
「多分余計に暑さを感じますよ」
「そうかも~」
あまりに正しいことを言われて、
神様は納得しかできず肩を落とした。
暑さのせいか頭も回らない。
おまけにまとめた髪とタオルが重い。
神様の首は段々と前に傾く。
「神様、その体制は体に良くないです」
アーリィは神様に声をかけた。
神様は首を前に傾けたまま、
目線だけアーリィに向ける。
「も~」
「まったく……」
仕方なさそうにため息をついて、
アーリィは神様の隣に座った。
陶芸のように神様の頭を持ち、まっすぐする。
だがすぐに神様の頭はころんと前に傾く。
「神様、そんなふうに首を傾ける癖がつくと
『スマートネック』という呪いにかかります」
「首が細くなる呪いならいいも~」
「ではなくて、首や肩がこり、腰痛、
目が痛くなったりする呪いだそうです。
ひどいと太ったり寝付けなくなったりとかもありそうで」
「もぉ!?」
ビクッとして神様は首を立てた。
さらに緊張しているように背筋を真っ直ぐにし、拳を膝に置く。
「お行儀の良い姿勢です。
もうちょっと肩の力を抜くと自然に見えますけど……」
「もぉ……」
アーリィが助言をしている最中に、
神様の肩から力が抜けた。
さらに首もまた前に傾き『スマートネック』状態になる。
「やっぱり暑くてしゃきっとできないもぉ……」
神様はぐったりした声で言って、
さらに背中を丸めた。
アーリィは眉をひそめつつ、
神様の肩を持ち姿勢を直そうとする。
それでもだらんと神様の背中と首は丸くなった。
アーリィはそれを見て大きなため息をつき、
神様を自分に引き寄せる。
「アーリィ、どうするもぉ?」
「仰向けに寝てください」
「枕がないから落ち着かないも~」
口を尖らせながら神様はないものねだりをした。
アーリィは最初からこうするつもりだったように
神様の頭を自分の膝に載せる。
「これで文句はないだろ?」
小声で、タメ口で、アーリィはそう神様に囁いた。
水が蒸発する音に紛れず囁きは神様の耳に届く。
「も、もぉ」
思わぬ出来事に神様は、
ぽかんとした顔になって短く鳴いた。
アーリィの顔を見つめるが
不機嫌そうな顔でそっぽを向いている。
(なんでアーリィは膝枕してくれるも~?
今までいっしょに仕事して、生活してきたけど、
こんなこと初めてしてくれたも~よ?
敬語もやめちゃってるし、どうしてだも~?)
「あ、アーリィ?」
「暑くて大変なんだろ?
だからあまりしゃべらないほうがいい」
「もぉ」
「それと、今してることを
レッツさんに知られたら、恥ずかしいだろ?」
アーリィは顔を赤くして言った。
もちろん今も顔を合わせてくれない。
(顔が赤いのはサウナの暑さのせいかも~。
でもそれだけじゃない。
普段なに考えてるのか分からないのに、
今のアーリィは、恥ずかしがっているように見えるも~)
そう思うと神様は顔が緩むのを感じた。
アーリィの顔を見つめ続けてると、
アーリィから照れ隠しのような文句が出る。
「なんだよ?」
「アーリィ、ありがとだも~」
神様は素直にお礼を言った。
どういう心の動きがあったのか神様からは分からないが、
膝枕はアーリィが自分のためにしてくれたことだ。
それも神官の仕事としてではなく、
アーリィ個人としてしてくれてる気がする。
アーリィがタメ口で話しているのがその証拠だ。
なのでこれをレッちゃんに知られるのは恥ずかしい。
アーリィが普段から真面目にしているからこそ、なのだろう。
(も~、嬉しくてニヤニヤした顔がやめられないも~。
サウナじゃないところでもしてほしいけど、
アーリィはしてくれないと思う。
だからサウナ暑いけどずっとこうしてたいも~)
「別に、大したことしてないし。
こうしてるの、あと数分だけだぞ」
アーリィは暑そうに間をもたせるように
手でパタパタと自分をあおいだ。
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