3-7 神様だって知らないんだ

「神様、足の調子はどうですか?」


「まだ痛みが残ってるかも~。

 でも昨日よりはいい感じも~よ」


次の日の朝、アーリィに聞かれて、

神様は機嫌よさそうに答えた。


神様は神殿の廊下の壁に手をつけながら、

足を動かして見せる。


「……まだ運動するには痛いかも~」

「ですが、歩くのは楽になったようですね」


アーリィは安心したようにゆっくり廊下を歩きだした。

神様は大きくうなずき、アーリィを追いかけながら言う。


「アーリィのマッサージのおかげだも~」


「いえ、スフィーさんが教えてくれたからです。

 神様の足だけでなく、

 俺の肩こりまでよくしてくれてすごいひとでした。

 今日も来てほしいところですが牧場の仕事があるそうです」


「しょうがないも~ね」


「それとチャーレさんは

 街のレストランに呼ばれているとのことで、

 食堂にはいません。

 神様の食事は同じものを

 食堂のおばさんが作れるようになったと合わせて聞いてます」


「チャーレもスフィーもいないんだー?」


廊下の曲がり角からレッちゃんは顔を出した。

これは好都合だと思っている声だと

神様もアーリィも分かりつつ、レッちゃんの顔を見つめる。


「そうらしいも~」「それがなにか?」


「ちょうどいいなーって思っただけだよー。

 レッちゃんの企みが実行できるなーって」


「自分から言っちゃうも~ね」

「まあ、逆に信用できます」


「えへへー、神官さんに褒められちゃったー」


アーリィの言い方は淡々とした感じだったが、

レッちゃんはそれでよかったのか、

頬に手を当てて体をクネクネさせた。

神様は嬉しがるレッちゃんを見て顔をむすーっとさせる。


「それで、レッちゃんはなにを企んでたも~?」


「はいー、体を動かさずに

 ダイエットや健康にいいものを用意したんですよー。

 運動の代わりにどうかなーって思いましてー」


「そんな都合のいいものがあるも~!?

 最初から出してほしかったも~よ!」


神様は駄々をこねるような大声を上げた。

少し目を細めたアーリィは神様とレッちゃんの間に入って聞く。


「ちなみにどういうものか聞いてもいいです?」


「サウナですよー。

 専用のテントを収納魔法で持ち歩いてるんですよー。

 ですのでー、また空き地を使う許可がほしいなーって」


「サウナってなにも~?

 また生まれたときにもらった叡智に入ってないもぉ……」


聞き慣れない単語を聞いて、神様は不満そうに聞いた。

レッちゃんはニコニコしながら答える。


「汗をかいて血の巡りをよくしたりするんですよー。

 海辺の街とか雪国では大人気の健康施設ですねー」


「おおー! それで足を動かさないも~なんて!

 毎日やってもいいかも~」


「まあ、多分そうはならないでしょうけどね。

 とりあえず、使える場所はこっちで手配しますので、

 事務所で待っててもらえます?」


「はーい」

アーリィに言われて、

レッちゃんはウキウキの足取りで廊下を歩いていった。

レッちゃんの背中を見送ってから神様はアーリィに聞く。


「どうして『毎日やることにならない』って思うも~?」


「やればわかります」



運動の時間になると神様とアーリィは、

街の北側にある空き地にやってきた。


そこにはテントが三つ、

それぞれ行き来できるよう繋がって立っている。

ひとつは小さく、その隣のテントは煙突がついており、

水の流れる音がしていた。

通りかかる街の住民は物珍しそうに眺めている。


「なんだあれ?」

「神様たちがまた新しいことをしているとか?」

「サウナって簡単に用意できるじゃろうか?」

「レッちゃんおねーちゃんがは入っちゃダメって言ってた」

「見るくらいいいじゃんー」

「覗いたら神官がキレるってー」


「まあそうでしょう」


「げっ! 神官だ」

「レッちゃんおねーちゃんの言うことはマジだ」


話題に出たアーリィはそうつぶやいた。

子供は『タグ』の『タグつき』を見たように一目散に逃げ出す。


「なんでみんな怖がるも~?

 アーリィ、テントの中になにがあるも~?」


「今覗かれても起こりませんけど、

 神様がサウナに入ってるとき覗かれたら怒りますね」


「お風呂みたいなこと言うも~ね」

「やっほー! 神様ー、神官さーん!」


神様とアーリィがテントに近づきながら話をしていると、

レッちゃんは一番小さいテントの中から顔を出した。

早くこっちに来てほしそうに手招きをしている。


「レッちゃんこんにちはだも~。

 これがサウナかも~?」


「そうですよー。正確には

 煙突の付いたテントだけがサウナですねー。

 あとはサウナに必要な別の施設でーす」


レッちゃんの説明を聞きながら

神様は小さなテントの中へ入った。


アーリィはテントの入口で足を止め、

レッちゃんは入れ替わりでテントを出てる。


「どうしたも~?」


アーリィとレッちゃんの動きを見て、

神様は首をかしげながら聞いた。

レッちゃんは下まぶたを上げるいやらしい笑みを見せる。


「神官さんは入れませんよねー?」

「そりゃそうです」

「もぉ?」


「小さなテントは脱衣所になってますよー。

 なのでー、服を全部脱いでテントの中にある

 タオル一枚になってくださーい」


「もぉ!? タオル一枚にぃ!?」


「神様、あまりそういうのは

 大きな声を出して言わないでください」


素っ頓狂な声を上げる神様に、

アーリィは目をそらしながら言った。


アーリィのリアクションを見て神様は

 恥ずかしく思い目をそらす。


「ご、ごめんも~。

 でも、どうしてそんなかっこうになる必要あるも~?」


「そりゃー、汗をいっぱいかくからでーす。

 サウナっていうのは

『暑い部屋で汗をかく』施設のことなんですよー。

 そんなところに服着て入ったら大変じゃないですかー」


あまりに当然のことを言われて、

神様は口を尖らせてうつむいた。

アーリィは眉を潜めてつぶやく。


「ですけど、サウナ用の服とかもあるって

 聞いたことあるような……」


「そんなかさばるもの、収納魔法に入れられませーん」


(それなら体操服とか水着とかどこから調達したも~?

 それにタオルのほうがかさばる気がしなくもないも~)


神様も言いたいことが浮かぶが

通用する気がしないので

とぼけるレッちゃんを黙って見つめた。


アーリィもよい言葉が浮かばなくなったのか諦める。


「まあ、神様だけが入るならいいか。

 俺は外で見張ってればいいですし」


「えー、神官さんも入ってくださーい」

「なんで?」


「神様を見守ったり、覗きを警戒するなら、

 いっしょにいたほうがいいじゃないですかー?

 それにレッちゃんは、サウナで

『ととのえた』あとにくつろぐ施設の準備もしないといけませんのでー」


レッちゃんは言いながら小さな瓶を取り出した。

この魔法のビンでテントなどを持ち歩いているのだろう、

中にはベランダのような空間がある。


「どこかの天使みたいに指パッチンじゃできませんからねー。

 メイクの魔法も維持してないとですしー」


と指でなにかをなぞるように動かしつつ、

レッちゃんは嫌味な言い方をして付け加えた。

アーリィは特に気にせず疑問を口にする。


「メイクの魔法?

 この街にはちゃんと化粧品も出回ってますし、

 なんでそんなのを?」


「えへへー、乙女の秘密ですよー。

 でも神官さんが気になるならー、

 そのうちお話してもいいかもー」


レッちゃんはウインクをしながらアーリィに言った。

アーリィは不思議そうに考えながら、

魔法のビンを開けるレッちゃんを見つめ、

神様はそんなアーリィを見つめる。


(わたしもレッちゃんがメイクの魔法

――多分変身の魔法を使っていることは気になるも~よ。

 でもそんなに熱心な目でレッちゃんを見つめる必要はあるかも~?)


神様はそう思ってアーリィに身を寄せた。

思わぬ行動だったのかアーリィは

肩をびくりとさせて神様に顔を向ける。


「きゅ、急にどうしたんです?」


「アーリィ、わたしのこと心配してほしいも~よ。

 入ってるだけで汗かいて痩せるような場所に、

 神様をひとりで入れるも~か?」


「そんな命に関わるような場所じゃないんですから、

 大げさな……。それにイヤならやらないほうがいいのでは?」


「だって、最近運動してないから、

 ダイエットにつながることはしないとだも~」


「ダイエットですか……」


アーリィは眉を潜めて困った顔を見せた。

神様はアーリィがどうしてそんな顔をしているのか分からず、

困った顔で返す。


「ほらほら神官さーん、

 神様が困ってるならお助けしないとー。

 タオルは神官さんの分も用意してますから使ってくださーい」


レッちゃんはまるでこの流れを予想していたかのような声で、

アーリィに言った。


それからビンを地面に置き、

魔法陣をチョークで書き始める。


「そうですね。神様がまた無理して倒れても困りますし」

仕方ないといった声でアーリィはぼやいた。

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