3-6 神様だってマッサージしたい
スフィーに肩を揉まれて少しすると、
アーリィは首をコクコクと動かしだした。
神様は目を丸くしてアーリィを見つめる。
「もしかして、アーリィってば寝ちゃった?
スフィーのマッサージは寝ないように
できるんじゃないのかも~?」
「うん。神様と話をしたくて神官さんには寝てもらった」
スフィーは肩もみをしながらあっさりとした声で言った。
そのまま神様の方を見る。
「僕には神様が嫉妬したように見えたから、
そこをフォローするよ」
「わたしが、嫉妬も~?」
自分を指差しながら神様は聞いた。
スフィーは当然のことを言ったようにうなずき、話を続ける。
「そっか、自覚がないんだ。
ならあまり僕が言うのはよくないけど、
僕たち天使のことは話しておいたほうがいいね」
「なんでか分からないけど、
スフィーが聞いたほうがいいって言うなら聞くも~」
「素直に聞いてくれてありがとう。
難しい話じゃないから、
ひとの噂話を聞くくらいの気軽さでいいよ」
そうスフィーは穏やかな声で前置きして、話を始めた。
「僕たち天使は古代戦争で造られた
ロボット、アンドロイド……だと今は通じないか。
『造られたひと』だと思ってくれればいいかな。
そういう存在で、実はみんなが持っている性別がないんだ」
「もぉ!? 古代戦争の頃から生きてる
と~っても長生きで珍しい種族ってことしか知らなかったも~」
「神様がもらう叡智には
ばらつきがあるらしいからしょうがない。
そういうわけだから、僕と神官さんと
『そういう関係』になることはないよ」
「そ、そういう関係って……
どういう関係も~? また知らない話だも~」
「それを言っちゃったら多分良くないって思ったんだ。
これは神官さんに聞かれたら困ると思うし、
神様自身が考えないといけないこと」
スフィーはマッサージのついでにしては
大事なことを語る声で言った。
神様は難しい計算式を目にしたような顔でスフィーを見つめる。
「ごめんね。僕は神様やひとに仕えるために
造られた存在だから。おせっかい焼きなんだ」
「もおもお、天使のような
すごい存在が言ったってことは、
大切なことだって分かるも~。ありがとだも~」
神様は首を振ってスフィーにお礼を言った。
スフィーは目をつぶって
神様のお礼を噛みしめるようにうなずく。
「おせっかい焼いたお詫びに、
僕にできることは協力する。
普段は封印してるけど、
ちょっとくらいなら天使のちからを使ってもいい」
「そんなお大げさも~」
「それだけ僕は神様を応援してるんだ。
もちろんチャーレもだよ」
スフィーは絵画のような微笑みを見せて言った。
神様は困ったように眉をひそめて考える。
(マラソンしていたときも
大げさに応援されたのを思い出すも~。
街も大きくできないし、ご利益もないし、
太って神官に嫌われるかもって思っちゃう、
わたしは未熟な神なのに……)
神様が悩んでいる間も
スフィーは見守るように神様を見ていた。
いつの間にかアーリィの肩を揉む手は止まっている。
それでもアーリィは寝たままだった。
スフィーとアーリィを放置している気がして、
神様はプルプル首を振って言う。
「ごめんも~。
わたしをマッサージするために来てくれたのに、
放置しちゃったも~」
「気にしないでいいよ」
スフィーはアーリィから離れて、
神様の手を取った。
スフィーの手は、
マッサージをしているときとは違う繊細なのに力強く、
柔らかいのに強く握り返しても折れたりしなさそうな、
相反する感触がある。
(スフィーには男も女もないって言うの分かる気がする。
これなら、男も女もスフィーを
好きになっちゃっても仕方ない感じするも~)
不思議な感じに神様は目を丸くして、
しばらく手を触れられてるうちに、
体の余計な力と不安が抜けていくのを感じた。
自然と表情も笑顔になる。
「うん、僕の言いたいこと伝わった。
そろそろ神官さんを起こそうか。
マッサージを教えてあげないと」
「あ、そうだったも~」
神様はハッとしてアーリィを見た。
まだウトウトしているアーリィの肩を揺さぶる。
「アーリィ、起きるも~。
スフィーからマッサージを教わるんじゃないのかも~?」
大きめに揺さぶったのにアーリィは目を覚まさなかった。
神様は助けを求めるようにスフィーを見る。
「僕のマッサージが聞きすぎてしまったみたいだね。
神様、こういうときは大きな刺激を与えるよりも、
手を取って優しく語りかけるといい」
「手を取る……」
スフィーに言われた通り神様はアーリィの手を取った。
アーリィの手からはちからがまるで感じられない。
(アーリィの手、普段は頼もしいって思ってるけど、
今は逆に守ってあげたいと感じるも~)
「……アーリィ」
神様はその普段呼んでいる名前を、
今まで出したことがない優しい声で呼んだ。
神様自身が自分の声に少し驚いて目をパチクリさせる。
それほど気持ちのこもった声に、
アーリィは催眠術から開放されたように目をこじ開ける。
「俺、寝てました?」
信じられないと言いたげな声でアーリィは神様に聞いた。
神様はなんだか恥ずかしさを感じて目をそらす。
「も~。まったく、世話が焼けるも~」
「今回は珍しく神様が正しいですね……。申し訳ない」
「いいや、謝るのは僕の方だ。
神官さんの肩はとても凝っていたからね。
ついやりすぎてしまったんだ」
スフィーは申し訳なさそうな顔をしてアーリィに言った。
アーリィは椅子から立つと目を見開く。
「なんだ? 肩が、軽い……?」
アーリィは準備運動のように腕を回した。
その動きはいつもより楽そうに見える。
「すごい効果でてるも~」
「スフィーさん、本当に肩もみだけをしたんですか?
天使のすごいちからを使いました?
それとも知らぬ間に俺の腕を、
伝説の錬金術師や魔女の物語に出てくる
機械の体に取り替えたりしてないですか?」
「そんなことしてたらいくらなんでもわたしが分かるも~。
アーリィ寝ぼけてるも~?」
「神様の言う通りだよ。僕は肩もみをしただけ。
それに神官さんもレッツと運動してるんだよね?
その成果だと思う。
この調子で神様の体も良くしてあげてほしい」
スフィーは穏やかにそう説明した。
それでもアーリィは、
自分が信じられない魔法を手に入れたような顔をして
肩を動かしている。
「アーリィ、頼むも~よ」
神様はお菓子をねだるように言いながら、
ベッドにうつ伏せになった。
アーリィはベッドの前に立ち、神様に手を伸ばす。
「さっきの肩もみを参考に……」
アーリィはそう呟いて神様のふくらはぎに触れて、
指を押し込んだ。
神様は『もっ』短い鳴き声を上げる。
「今のはいい感じのリアクションですよね?」
「もちろん。続けてあげて」
スフィーに促されてアーリィはマッサージを続けた。
筋肉がほぐれるのを感じるたびに神様は短い鳴き声をあげる。
(アーリィのマッサージが良くなってる気がするも~。
ちからを入れて揉まれてるのに、なんだか落ち着く……)
神様は母親に抱かれる子供のような表情になって目をつぶった。
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