3-5 神様だって羨ましいんだ

午前中の仕事と昼食を終えた神様たちは、

チャーレに言われた通り応接の間で待っていた。

すると言われた通りの時間に応接の間のドアは開く。


「こんにちは。マッサージができる知人をお連れしました」


「僕はスフィー」


美しいひとがチャーレといっしょにやってきて

詩を詠むような声で挨拶をした。

神様とアーリィは息をのんでつぶやく。


「「天使だ」」

それは比喩ではなく『天使そのもの』だった。


「僕が天使なのは驚くことなのかい?」


「だって、世界に百人いるか分からない天使がいるんだも~」


「レッツさんといい、チャーレさんといい、

 どうして牛神様の街に来たのか分からない方に

 続々と出会っているので、失礼ながら驚きます」


神様は手をバタバタさせて、

アーリィは表情を繕い直して言った。

スフィーは落ち着いた様子のまま手を差し出す。


「僕のコミュニケーションは触れ合いなんだ。

 だから握手してもいい?」


「もちろんだも~。よろしくスフィー」


すぐに神様は手を出してスフィーと握手を交わした。

スフィーの手はガラス細工の繊細さと羽毛のような

柔らかさを併せ持つ不思議な感触だった。

神様はその感触の良さをもっと感じたいと思って

スフィーと長い握手をする。


「神様、マッサージはこのあとするよ?」

「あっ、ごめんも~」


スフィーに言われて神様はようやく手を離した。

スフィーは本当に気にしていなさそうな顔と動きで

アーリィに手を差し出す。


「神官さんもよろしく」

「はい、俺は神官のアーリィです」


アーリィとスフィーが握手を交わした。

それを見て神様は少し顔を固くする。

それに気づいたからかスフィーはアーリィと手を離す。


「神官さんの疑問に答えるね。

 僕は牛の世話をする仕事に興味を持ったから、

 牧場の多いこの街に来たんだ」


「っていうことは牛のみんなのウワサになってた天使は

 スフィーのことだったんだも~。

 でもマッサージと牛の世話と関係があるも~?」


「牛の世話をすることも、マッサージも、

 生きている者と触れ合うことに変わりないから」


「どういうことも~?」


「まあまあ、スフィーちゃんのマッサージを受ければわかりますよ」


チャーレは友達を自慢する声でそう言った。

スフィーはうなずいて指パッチン。

一瞬でマッサージに使うベッドが応接の間に現れる。


「では私は街のレストランにお呼ばれしているので、

 これで失礼します」


チャーレはメイドのようなていねいな挨拶をして出ていった。

チャーレの動きがつつましかったのと、

スフィーの魔法がすごすぎて、

神様とアーリィはチャーレになにも言えない。


「収納魔法は出し入れに時間がかかるはずなのに一瞬か。

 さすが天使……」


アーリィは驚きと羨ましさの混じった声でつぶやいた。

驚きすぎているせいか敬語もない。


「古代戦争のときのちからは封印してるんだ。

 誰かの役に立つときくらいは使ってもいいけど、基本的には使わない。

 神様、ここにうつ伏せになって」


スフィーは口調を一切変えず

アーリィの質問に答えつつ、神様に言った。

神様は言われた通りベッドでうつ伏せになる。


「足を痛めたって聞いてるから、

 まずはそこから触るよ」


「もぉ~。スフィーの手、触ってるだけで気持ち~も~」


まだ揉んでもないのに神様はうっとりとした声を上げた。

顔もとろりとしてあっという間にリラックスしている。


「なるほど、足に疲れが溜まったまま運動して、

 つってしまったんだ。

 神官がマッサージしてるけど、あまり良くならないんだね」


「も~、なにも説明してないのに分かっちゃうのかも~」


「僕はそういうちからを持って造られたから。

 本当は物騒なちからだったんだけど、

 今はこうして神様やひとの役に立つのに使ってる。

 じゃあマッサージを始めるね」


スフィーは神様の足をピアノで弾くような手付きでもみ始めた。

神様はうっとりを通り越してだらしない顔で笑い始める。


「……俺のマッサージじゃ全然効果なさそうだったのに。

 コツってあるんですか?」


「コツは『痛気持ちいい』と

 相手が感じるくらいまでちからを入れること。

 僕の見立てだと神官さんは

 神様を痛くしないよう慎重にマッサージをしたんだと思う」


「……分かるんですか?」


「僕は触れた相手の気持ち、

 能力などを感じ取るちからを持って造られたから分かるんだ」


「もぉ!?」

神様はスフィーの答えを聞いてビクッと体を震えさせた。

アーリィは神様に顔を向ける。


「なんで神様が驚くんですか?」

「あっ、えっと……。なんでかも~?」


「もちろん完璧には分からないよ。

 分かっても言うつもりはないから、

 神様も神官さんも安心してほしいな」


スフィーは穏やかな声になって、

マッサージを続けながら神様に語りかけた。

神様はふくらはぎを揉まれ気持ちのいい声を上げる。


「もぉ~」


「こんなふうに一見強そうなちからを入れてもいい。

 マッサージもストレッチちょっと痛いくらいがちょうどいいんだ」


「なるほど……」


「それに相手を思いやってするマッサージなら、

 相手を傷つけることはない。

 相手のことを信用して、体をほぐしてあげてほしいな。

 付け焼き刃で技術をつけるより、

 そのほうが神様のためになると僕は判断するよ」


「分かりました」

(なんだか、アーリィが真剣だも~。

 わたしのこと考えてくれてるのかも~?)


マッサージの気持ちよさに埋もれつつ、

神様はニヤニヤしながらそう思っていた。

そんな神様の気持ちを分かってか、

スフィーは穏やかな口調のままアーリィに言う。


「ではさっそく、やってみて。

 僕はなにごとも実践して覚えるものだと思っているからね」


「……やってみます。神様、痛かったら言ってください」

「も~、気にせずしてほしいも~」


アーリィの言葉に神様はだらけた声のまま答えた。

スフィーと立ち位置を代わり、アーリィは神様の太ももに触れる。


いつもよりはちからの入ったマッサージだった。

それでも神様は、スフィーのマッサージと比べて、

アーリィのマッサージに物足りなさを感じる。


「もっとちからを入れてもいいも~」


神様はねだるような声でアーリィに言った。

アーリィはわがままを言われたような顔になって眉をひそめる。


「これでも結構ちから入れてるんですけど」


「どうやら神官さんの体に余計なちからが入っているようだ。

 失礼するよ」


スフィーは断りを入れてから

アーリィの肩に手を置き、指を押し込んだ。

アーリィはくすぐったさをこらえるような顔になる。


「なるほど。神様より先に、

 神官さんの肩こりと緊張を直したほうがよさそうだ。

 神様、神官さんにマッサージをしてもいい?」


「仕方ないも~」


気分がいいからか神様はスフィーに偉そうな声で答えた。

スフィーは指パッチンで収納魔法を発動させて丸椅子を出す。


「神官さんは椅子に座ってほしい。

 神様はそのまま寝てても構わないよ」


「起きてるも~。わたしもマッサージの仕方は気になるも~からね」


「なんか変なことになってるな」


アーリィはため息混じりにそう言って、

スフィーが用意した椅子に座った。

スフィーは猫背気味になったアーリィの背中を正して、

改めて肩に指を押し込む。


「神官さん、くすぐったいって思ってるよね」


「はい、普段こんなことされないから、

 体が慣れてないんでしょう」


「ううん、実は『くすぐったい』って感触は痛みに近いんだ。

 筋肉が固まってる証拠。

 目をつぶって、深呼吸して、体の力を抜いてほしい」


アーリィはスフィーに言われたとおりにした。

神様はそんなアーリィの様子をニヤニヤしながら見つめる。


「レッちゃんに教わった腹式呼吸が役に立ってるも~」


「うん、上手だ。そのまま息を吸って吐いてを意識して……」


スフィーは手を動かしつつ、

まるで催眠術をかけるようにアーリィに囁いた。

アーリィは返事をせずに黙って肩を揉まれる。


(最初はいい気味って思ってたけど、

 アーリィが美人に肩もみされて気持ちよさそうにしてるのに、

 ムカムカしてきたも~)


神様はそう思って眉を吊り上げた。

神様が見ている間もアーリィの顔はだんだんと穏やかになっている。

なので余計にそう感じる。

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