3-4 神様だってマッサージうけたいんだ

「運動ー? ダメですよー」


神様は運動していいか。

食堂まで着てくれたレッちゃんに、

尋ねるとすぐにそんな答えが出た。

神様はレッちゃんに不安な顔を向ける。


「でも、運動しないとリバウンドしちゃうも~よ?」


「一日でもやめたら太るなんてことありませんよー。

 それはひとも神様も変わりありませーん」


レッちゃんは冗談を笑い飛ばすような声で言った。

神様を元気づけよう、

安心させようと思ってくれているのだろうが、

そんなレッちゃんの声を聞いても神様は眉をひそめたままだ。


「でも~」


「まあ神様、レッツさんもこう仰ってるので、

 今日の運動はお休みにしましょう。

 それでもって言うなら、

 手を動かす運動だけでも部屋でやると良いかもしれません」


「神官さんの言う通りですねー!

 さすが牛神様の街の神官さーん!」


アーリィの提案に、なぜかレッちゃんは大げさに褒め称えた。

神様は目を細めてレッちゃんを見る。


(レッちゃんの立場なら、

 こういうときはわたしに声をかけるものじゃないのかも~?)


あからさまに神様はレッちゃんに目を向けてみた。

それでもレッちゃんはアーリィに向けて

にっこにこな笑顔をし続けている。


(まるで神様はお休みしてもらってー、

 レッちゃんと神官さんのふたりで運動をしましょうー、

 とか思ってそうな顔も~)


「まあ、神様はお休みしてもらってー、

 レッちゃんと神官さんのふたりで運動をしましょうー」


「わたしの思ったセリフを本当にそのまま言わないでほしいも~!

 っていうかレッちゃんはわたしのダ――じゃなくて、

 運動不足解消のために来てるんじゃないのかも~?」


「そーですけどー、神官さんだって肩こりすごかったですよー。

 それ知ったら神様の運動不足といっしょに、

 解決してあげたいなーって思っちゃうじゃないですかー?

 どーですかー?」


神様は歯に力を入れて

『ぐぬぬ』と悔しそうな顔をした。


(そりゃ、アーリィがわたしに気を使ってくれるように、

 わたしだってアーリィが健康かどうかは気にするも~。

 でもレッちゃんが気にしてるのって、

 本当に健康なのかも~?)


思っても口にはできない。

レッちゃんはおしゃべりがうまいので、

神様が聞いてもはぐらかされたり、

納得させられたり、してしまうだろう。

なので、


(アーリィ、ちゃーんと断ってほしいも~。

 アーリィとレッちゃんがふたりで楽しく運動しちゃうと、

 寂しいような、想像するだけで

 胃がむかむかするような気分なんだも~)


神様はアーリィに視線を送って、

その気持ちを察してもらえるように願うしかなかった。

視線に気がついたアーリィはちらりと神様を見てから、

レッちゃんに答える。


「いえ、別に神様の運動が休みになるなら、

 俺も運動はしませんよ。やることありますし」


アーリィはレッちゃんにきっぱりと断りを入れた。

だがレッちゃんはアーリィに接近してねだるように言う。


「えー、やりましょーよー?

 肩こりに効く運動いっぱい知ってるんですよー」


「俺が今知りたいのはマッサージのことですので」


「こんにちは、神様、神官さん、レッ――」


レッちゃんがアーリィに迫っていたところで、

チャーレは挨拶を割って入れた。

するとレッちゃんはボクサーのように

バックステップでアーリィから離れる。


「急用を思い出しましたので失礼しまーす」


バックステップの勢いで

そのままレッちゃんは食堂を出ていった。


あまりの素早さに神様もアーリィも

声をかけられずにぽかんとする。


「あらあら、お邪魔だったでしょうか?」


「大した話はしてないので大丈夫です」

「そうも~そうも~」


アーリィはため息混じりにチャーレに声をかけた。

神様もなんだか安心してコクコクと大げさにうなずいた。

チャーレは『よかった』と微笑んで、アーリィに顔を向ける。


「神官さん、先程マッサージについて知りたいと

 私は小耳に挟んだのですが、

 そちらのお話をしてもよろしいでしょうか?」


「はい。っても調べたり聞いたりする当てもなくて、

 困ってるところです」


「えっ、なんでマッサージのことなんか調べてるも~?」


「そんなの神様のお世話のために決まってるじゃないですか」


続きに『言わせないでくださいよ恥ずかしい』

とくっつきそうな早口でアーリィは答えた。


いくらアーリィが無愛想で真面目でカタブツだとしても、

神様はアーリィが照れているのが分かる。


神様は何か言おうとするが

魚のように口をパクパクさせるだけ。


息が漏れて言葉にならない。

そんなことをしていると神様自身も恥ずかしさを感じてきた。


チャーレはくすくすと笑いながらアーリィに話を続ける。


「くすくす。では、お昼から来てもらえるように、

 友達に声をかけて見ますね」


「えっ、そのひとはどこにいるんです?」


珍しくアーリィは目を点にしてチャーレに聞いた。

チャーレはさも当たり前のように答える。


「この街にいますよ。普段は農場で働いてて、

 牛さんのお世話が上手な方なんです」


「そんなことできるひとがいたとは……。

 ぜひ、お願いします」


驚いた後アーリィはていねいに頭を下げた。

のほほんとした雰囲気の牛神様の街では珍しい、

都会のビジネスマンのような動きで、

普段のアーリィはきっちりしててもここまではしない。


(なんか、わたしが心配されてるのが分かっちゃうも~)


「神官さん、そこまでしていただかなくても、

 友達を紹介するくらいしますよ。

 レッちゃんと運動を始める時間に、

 同じ応接の前へお連れしますね」


チャーレは優しげで、

アーリィの真剣さを汲み取るような声で答えた。


神様はそんなアーリィを呆然と、

ほんのり顔を赤くして見つめているだけだった。

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