3-3 神様だって運動を続けたいんだ

「今日一日は体をあまり動かさないでくださいね。

 それと温かいお風呂にゆっくりと浸かったり、

 チャーレに温かい料理を作ってもらったり、

 神官さんがマッサージをしてあげたりしてください。

 牛乳もできれば温かいものがいいですねー」


レッちゃんからそう言われ、

今日の食事は神様の部屋に運んでもらうことになった。

夕飯の前にお風呂を済ませる。


「うう、ごめんだも~」


神様は椅子に座って情けない声で謝った。

神様の前に座り、その足をもみながらアーリィは答える。


「仕方ないことです。

 レッツさんも『よくあること』だと

 言ってたじゃないですか」


「だけど~、マッサージしてもらってるし~。

 アーリィの自由時間が減っちゃうも~」


「神様のお世話は神官の仕事のひとつです。

 俺の自由時間なんて……本を読んでるだけですし」


アーリィは言葉を選んで言った。

神様はそれでも申し訳なさそうな顔のまま。


「だけどだけど~、

 夜な夜ななにかしてるわたしのこと見ててくれてるも~。

 それってわたしがアーリィに手間取らせてるってことも~」


「盗み食いも自主トレも、俺が見てたの分かってるじゃないですか」


「やっぱり見てたんだも~。

 気のせいとかじゃなかったも~」


神様は『も~も~』とわめくような鳴き声を出した。


(これはまた嫌われる理由が増えたも~。

 ううー、アーリィに嫌われたくなくってダイエットしてるのに、

 なんでこんなことばっかり……)


それから疲れと気分の落ち込みでしょぼんと肩を落とす。

目線も下を向き、アーリィの顔が目に入った。


いつもの真面目な顔だ。

仕事をしているときも、

自分に付き合って運動をしているときも、

今もあまり変わらない。


なので神様はアーリィが

自分のことをどれだけ嫌っているのか分からず、

背中を丸めて口元に力を入れる。


「本当に気にしなくていいです。

 俺は神様に健康でいてほしいって思ってるだけですし、

 その神様の健康管理も神官の仕事ですから」


「だから、その仕事をさせちゃってるから

 申し訳なく思ってるんだも~」


神様の不機嫌が神様自身からアーリィに向き出したとき、

部屋をていねいにノックするのが聞こえた。


「どうぞ、入ってください」

「チャーレでございます。お夕飯をお持ちしましたわ」


大きな音をたてないよう気を使った動きで、

チャーレは神様の部屋のドアを開けた。

おなかの虫を刺激する匂いが部屋に漂う。


「神様は今日の運動で足をつってしまったとお伺いしております。

 ですので、今日のお夕飯はお疲れの足や回復に必要な

 栄養を考慮してお作りしました」


チャーレは二人前の夕飯を台車から、

部屋のテーブルに移し始めた。

手を動かしつつ今日の夕飯について説明をする。


「こちらお豆腐と野菜のトマト煮、

 玄米ご飯、ネギとわかめの春雨スープです。

 大豆や春雨など東の方で学んだ加工食品などを使っております」


「ありがとうだもぉ」

「ありがとうございます」


「また食べ終わりそうな頃、

 お伺いいたしますわ。失礼します」


チャーレはエプロンドレスの裾を持ち、

ていねいな礼をしてから部屋を出た。


神様はチャーレが出ていったあと、

不安そうな顔で料理を見る。


「……食べないんですか?」


「レッちゃんが言ってた

『リバウンド』を思い出しちゃうもぉ……。

 運動、あまりできてないのに食べたら太らないかなって」


「そもそも食べないと足の痛みが収まらないですし、

 また盗み食いをすることになりますよ?

 古代叙事詩で世界を救った魔女ですら、

 空腹に勝てずタヌキのように

 盗み食いを働こうとしたという話もあります。

 神様はタヌキになるつもりで?」


「わたしは牛神だし、

 盗み食いなんてもうそんなことしないも~」


神様は小声でお祈りの言葉を口にし、

フォークを手に取った。アーリィも続いて料理に手をつける。


「今優先すべきは、足の痛みを直すことです。

 その結果太ってしまったら、また運動すればいいだけ。

 コツコツやりましょう」


「も~」

アーリィの言うことに納得できず、

神様は鳴き声をあげた。



「おはようございます。足の調子はどうでしょう?」

「歩けないほどじゃないけど、痛いも~」


朝、アーリィに聞かれた神様は素直に質問に答えた。

アーリィはかがんで難しい計算をするときの顔で神様の足を見つめる。


「分かりました。

 神殿の外に出る仕事は延期か、

 仕事相手に神殿に来てもらえるように手配します。

 あと今日の運動は中止ですね。レッツさんに伝えておきます」


「ううん、昼になったら痛くなくなるかもしれないも~。

 だから運動はするつもりでいいも~」


「ダメです。一晩寝て良くならない痛みを放置できません」


「じゃあ、レッちゃんの判断を聞いてほしいも~」


神様はアーリィに困った顔で反発した。

アーリィは神様の心を探るようにまっすぐと顔を見つめる。


(せっかく運動の成果を出してたのに、

 このままじゃリバウンドしちゃうも~。

 もし太っちゃったら、今以上に嫌われるかもしれない)


「……分かりました。

 レッツさんの判断も聞いてみましょう」


神様の不安が通じたのか、

アーリィはこっくりとうなずいてくれた。

神様はアーリィに弱々しい声をかける。


「ごめんも~」

「神様が困っているならどうにかするのは当然です」


言いながらアーリィは手を差し出した。

神様は理由が分からずきょとんとした顔で

アーリィの顔を見つめる。


「まずは朝食にしましょう。

 手を繋いでいればコケたりすることもないでしょう」


「朝食を持ってきてもらわないも~?」


「運動は続けたいのなら、神殿内くらいは歩きましょう。

 俺もフォローしますので」


そう言ったアーリィの表情筋は固く、

カタブツ感がある。


だが目はとても優しかった。

どういう表情をすればいいか分からず、

なんとか作った顔がこれなのかもしれない。


「うん、お願いするも~」

神様はアーリィの手を取った。

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