3-2 神様だって足つるんだ

「うう~、体操服は慣れてきたけど、

 それより恥ずかしいも~」


神様はモジモジしながら牛車から出てきた。

腕を抱き、背中を丸めて体を隠そうとする。


すると少し距離があるのにレッちゃんは大声で黄色い声を飛ばす。


「やーん、神様セクシーポーズー」

「そういうんじゃないも~」


レッちゃんの茶化しに神様は口をとがらせた。

するとカッコつけたニューは

(アーリィとレッちゃんには分からないが)

凛々しく作った声をかける。


――オイラは『牛たちの神様』

って気がしていいと思うぜ。


「ニュー、それは褒めてるのかも~?」


――も~ちろん。

神官のやつにも聞いて見たらどうだい?


カッコつけたニューに言われて、

神様はアーリィに顔を向けた。


アーリィは気まずそうな顔で川を見ている。

その目線の先にレッちゃんがいた。


神様は胃に針が刺さったような感じがして、

恐る恐るアーリィに声をかける。


「も~、アーリィ、どこ見てるも~?」

「ちょっと川の様子を見てるだけです」


「嵐でもないのにそんな顔で?

 川ならレッちゃんが確認してるも~。

 遊んでるように見えるけど」


「まあ、これも神官の仕事ですので」

真面目な言うアーリィを神様は見つめた。


(なんかわたしの体を見たくないって感じするも~。

 いつもより体型がよく分かってイヤなのかも~?

 それならそうってアーリィは言いそうだし、気になるも~)


神様はじーっとアーリィを見つめた。

アーリィは対抗するように川を見つめ続ける。


「川の安全は確認してきましたー。

 おふたりともー、じゃれてないで運動始めますよー」


楽しそうな声で言いながらレッちゃんは戻ってきた。

アーリィは助かったと思っていそうに一息つく。


いつもの準備運動と同じようにレッちゃんを前にして、

神様とアーリィは両手の届かない距離に立った。

レッちゃんは薄い胸を張ってふたりを見る。


牛車の方を見ると、ニューが

『自分は守護精霊』だと言いたげな顔でこちらを見ていた。


この世界に生きている者は基本的に平等だが、

なぜかニューは偉そうで、神様は細い目で少し見て、

レッちゃんに顔を戻す。


「今日はいつもより多めの準備運動をしまーす」

「それだと川に入る前に疲れたりしないかも~?」


「いえいえ神様ー、

 水に浸かる運動は準備が大事なんですよー。

 油断してると足つっちゃってー、

 そのまま溺れちゃうこともあるんですよー」


「もぉ!? それなら逆に他の運動のほうがいいんじゃ……」


溺れると聞いて神様は

ピクピクしながら体を縮こませた。


対してレッちゃんは新商品の紹介をする

商人のようにニコニコのまま話を続ける。


「その分効果も高いですしー、

 なにより難しいことはしませんよー。

 なんと、今日は川の中で歩くだけを一時間もやりませーん」


「やるもー」

説明を聞いて神様はしゃきっと背筋を伸ばした。

アーリィはちらりと横目で神様を見てつぶやく。


「一時間しかやらないと聞いてやる気を出したんですか?」


「短くて効果があるならそれはいいことだも~。

 そういうのはアーリィのほうが

 よく分かっているんじゃないかも~?」


「基本的にはそうですけど、

 それが当てはまらないこともあります。

 神様の場合、こういった短期集中的な運動は向いてるかどうか……」


「まあまあー、やってみれば分かることですよー。

 準備運動始めますよー」


レッちゃんは手足を動かし始めた。

神様もアーリィもレッちゃんにならっていつもの運動を始める。


手足をいっしょに上げ下げする運動、

英雄のポーズ、そこに新しい運動が加わる。


「まず胸の前で手を組みまーす。

 膝を少し下げながらー、

 ぐいーっと手のひらを前に突き出しましょー」


「もぉ~」「…………」


「神様はゆっくり呼吸しましょー。

 神官さん呼吸を止めちゃダメですよー。

 あと十秒そのままー。

 きゅー、はーち、なーな、ろーく、ごー」


「ゆっくり数えてないかも~?」


「神様こういうときは聞かないほうが短く終わります」


「よーん、さーん、にー、いーち。はーい、

 大変でも慌てずー、ゆーっくり体を戻してくださいねー」


レッちゃんは説明もゆっくりにしながら、

キレイな『気をつけ』の姿勢を見せた。

神様とアーリィも同じようになるべくゆっくりと同じ姿勢になる。


「次は背中の後ろで手を組みます。

 手のひらを後ろに向けて、胸をはりまーす」


「腕が痛いも~」「俺は肩に来る……」


「おふたりとも痛くなる手前くらいで抑えてくださいねー。

 っていうか神様と神官さん揃って肩凝りすぎですよー」


「こ、これはいつまで続ければいいも~?」


「思ったより大変そうですのでここまでー。

 ゆっくり姿勢を戻してくださいねー」


「もぉ……」「ほ……」


安心して神様とアーリィは揃って手を下ろした。

ふたりの呼吸が整ったところで

レッちゃんは次の運動を口にする。


「準備運動追加版はこれで最後でーす。

 かがんで膝に手を置き、膝を曲げて

 いっち、にー、戻してさん、しーの定番屈伸運動ですよー」


「もぉ、もぉ、も~、もぉ」

「ごう、ろく、しち、はち」


「掛け声といっしょに呼吸も意識しましょー。

 にーにーさんしー」


「もぉ、もぉ、も~、もっ?」

「ごう、ろく、しち、はち」


掛け声の最後で神様は足に痛みを感じて、

かがんだまま動きを止めた。

アーリィとレッちゃんはすぐに神様に目を向ける。


「神様?」「どうしたんですかー?」


神様は痛みを感じた場所を見つめた。

気がつくと足の痛みは気のせいだと思うほどない。


「なんでもないも~」


アーリィとレッちゃんにそう答えて、

神様は膝をまっすぐさせた。

本当に痛くない。


神様の嘘のなさそうな声を聞いて

アーリィとレッちゃんはうなずいて声をかける。


「まあ、ならいいですけど」

「なにかあったらすぐに言ってくださいね」


「分かったも~」

(昨日の自主トレでちょっと疲れがあるだけかも~)


そうして神様たちは川へ向かった。

神様とアーリィは流れる水を前に足を止めたが、

レッちゃんはそのまま川へ入っていく。


「見た目ほど冷たくないですよー。

 準備運動で温まった体にはちょうどいいと思いまーす」


「そ、そっかも~」


神様は川へ足を入れた。

そこは大きな石が多いが、

気をつけながら進めばコケることはなさそうだ。

むしろ横からの流れに抵抗するほうが力が要る。


レッちゃんは神様たちを先導するように歩いていた。

アーリィは最初は神様の後に川に入り少し後ろをついてきたが、

だんだんと神様を追い越していく。


(アーリィとレッちゃんは水の抵抗が少ないから、

 わたしより歩きやすく見えるも~)


神様は自分を追い抜いたアーリィの後ろ姿を見て思った。


(このままじゃアーリィにおいていかれる。

体力がないから太ったからとかだけじゃなくて、

神様として見放される気がするも~。それはヤダ)


足を早めようとした。

水と川の流れに逆らうために力を入れて、

水を蹴るように足を動かす。


「もぉ!?」


急な痛みを感じて声を上げた。

体が意思に逆らったかのような痛みに、

神様は足をかばうように身をかがめる。

だがかがむと顔は川に浸かる。

今度は呼吸ができなくて苦しい。


「神様!?」


水の音に紛れてアーリィの声が聞こえた。

神様はどうすればいいか分からず、

ただ自分の足をかばう。


「神官さん、神様が溺れないよう支えてください!

 神様、つった方の足を自分に向けてゆっくり引っ張って!」


アーリィはすぐに神様の体を抱えた。

お姫様だっこするような感じだが、

アーリィのちからでは神様を支えられない。


レッちゃんはすぐに川の中を泳ぎ神様の足を持った。

顔を上げてアーリィに指示を出す。


「神官さんはこのまま抱っこして、

 神様の顔が川に浸からないようにしてください。

 足はレッちゃんが持ちます」


「はい!」

「いたたたたたたたたた」


水面から顔を出せた神様は、

ようやく痛みを口に出せた。


「神様、このまま動かなければ痛みは収まります。

 痛いですが我慢です。神官さん、

 神様を岸に連れていきますので、一歩ずつ歩いてください」


「わかりました。

 痛みが収まるってことは大事ではないんですね?」


「はいー。足をつっちゃっただけですよー。

 体が疲れちゃってるのとー、

 体が急に冷えちゃったのが原因ですねー」


レッちゃんはアーリィの質問に

いつもどおりの口調で答えた。

アーリィはそれを聞いて、釣り上げた眉を落とす。


「そうですか」

「大事でなくても、今日の運動は中止ですねー」


「もぉ……」

痛みが引いてきた神様はとても疲れた鳴き声を上げた。

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