2-11 神様だって自主トレするんだ

夜、アーリィが自室で勉強をする時間に

神様は部屋を出た。


気軽に履けるプルオンパンツに少し大き目のパーカーを着た、

本当にプライベートな装いだ。


もう盗み食いはしないし、

食堂にはまだひとがいる。

神様がそんな食堂に入ると用のあるひとにばったりと出会う。


「あら、神様おひとり? 忘れ物でしょうか?」


仕事を終えたにもかかわらず、

チャーレは疲れを全く感じない

穏やかな細い目を神様に向けた。


神様はいつも通りの声で聞き、


「ううん、チャーレに用があって来たも~。

 ダイエットについて……」


目的の単語を小声で言った。

チャーレは穏やかな表情を変えずにうなずく。


「わかりました。場所を移しましょう。

 どこか良さそうな場所はありますか?」


神様はうなずいてチャーレを案内した。


牛神様の神殿は何回かの改築をしており、

上に建物が積み重なっている。


街自体の経済規模が発展途上であることもあり、

まとまった予算を得られないため、

改築計画が行き当たりばったりだ。


そんな理由でできた五階にやってきた。

普段は事務所として使われており、

神様の体力がないのでここまで来ることは、

神様自身珍しいと感じる。


今は体力がついたからか、

そこそこの苦労でたどり着く。


仕事の時間外でも神様は、

周囲を確認した。

聞かれることはないと分かると口を開く。


「ダイエットがもっとうまくいく方法があったら教えてほしいも~」


「私のご飯を残さず食べて、

 他に余分なものを食べず、

 レッちゃんの運動をしっかりこなせば大丈夫だと思いますわ」


「それだと足りない気がするんだも~」


「レッちゃんの運動は大変じゃないんですか?」


「すごい大変も~」


「でしたら今やっていることを続ければいいんです。

 神官さんに伝えた以外にも

『ロマンは一日にしてならず』という

 近い意味の言葉があります。

 ロマンを感じるもの――この場合は神様の理想の体型でしょうか

――は日々の積み重ねで作られるものですわ」


チャーレは神様にていねいな語り方で説明をしてくれた。

確かにチャーレの言うことは分かる。

だが神様の不安は晴れない。


「そうしている間にアーリィに嫌われたりしないかも~?

 街もわたしもいつまで経っても

 変わってないって言われたりしない?」


「……成果がでないと、

 相手にがんばっていることが伝わらない。

 神様はそのようにお考えなのですね」


うなずく。


「でしたら、無理のない範囲で

 自主トレーニングをするのはどうでしょうか?」


「レッちゃんがいないのに、運動するも~?」


「はい。ですが、

 専門家のいないところでするのは大変で、

 怖いところがあると思います。

 なので教わったこと以外はやらないでくださいね」


チャーレは優しく諭すように言った。

神様はその言葉に納得の行く理由を見つけ、

コクコクとうなずく。


「アーリィもこっそり勉強してるも~。

 それといっしょってことも~ね」


「そのとおりです。

 繰り返しお伝えしますけど

『無理のない範囲で』が大事ですわ」


「わかったも~。チャーレ、ありがとも~」


神様は明るい声でお礼を伝えた。

チャーレはそれを聞いてペコリと一礼して

神殿の階段を降りていく。


神様はそれを見送ると、

中庭のど真ん中にやってきた。

レッちゃんとの運動のときに準備運動をしている位置だ。


「まずは余計なちからを入れずまっすぐ立つ……。力まずだも~」


言いながら神様は、レッちゃんの指示を思い出した。

初めて言われたときよりリラックスした姿勢になる。


「両手と右ももを同時に上げて~、下ろす~。

 両手と左ももを上げて~、下げて~。

 もぉ、もぉ、も~、もぉ」


今はひとりなので神様はレッちゃんの声を真似しながら、

腕と足を動かし始めた。

無理せず、レッちゃんよりも遅い動きで繰り返す。


「もぉ、もぉ、も~、もぉ……。

 初めてやったときよりは動ける気がするも~。

 それに息が切れるほどじゃなくなったかも~」


神様は自分の体を見つめて思ったことをつぶやいた。

見た目は変わっていない。


だけど、そこには実感できる変化があった。

神様はにやりとしてから、

今はいないコーチを見つめ直す。


「次は同じ手足の上げ下げ運動だけど~、

 足の裏を手に付けるくらいも~。

 付く『くらい』で無理せず無理せず……。」


レッちゃんの指示、

チャーレの助言を思い出しながら、

神様は手足を動かし始めた。


「もぉ、もぉ、も~、もぉ。

 勢いをつけると、体に良くない、

 体の動きを意識して~、

 ってアーリィが言われてたも~」


さらに自分が言われていないことも思い出して、運動を続けた。


同じ回数を終えると、大きな息をつく。


そのままお腹の息を出し切ると、息がすっと入ってきた。


また教わったことが身についていることが分かると、

神様は口元を緩ませる。


「えっと、次は……遠征のポーズって言ったも~?」


聞いても誰も答えてくれないのを

分かっていながら神様はぼやいた。

だがどこからともなく声が聞こえる。


「えいゆ――」

「そうそう、英雄のポーズだったも~。あれ?」


神様は反射的にうなずいたが、

不自然なことに気がつき、

間抜けな声を上げた。


周囲をキョロキョロと見渡しながら、

声の主が誰か考える。


「今の声は、アーリィだったような……。

でもアーリィは部屋で難しいことを勉強中だも~?」


どこにいるか分からない声の主に、

神様は聞いてみた。当然答えは無言。


「も~、誰もいない。

 なんでアーリィの声の幻聴なんか聞いたんだも~?」


腕を組んで神様は『ん~』と首をひねった。


(でもなんだか、

 ひとりじゃないって感じでやる気出てきたも~)


すると自然に手に力がこもる。

まるで英雄にでもなったかのようだ。


「英雄のポーズ!

 いち! に~! さん! しー!」


思わずハキハキと声を出して動き出した。

シャキシャキ動けて体がぐっと伸びる気がする。


「ごー! ろく! しち! は~ち」


準備運動が終わると体が温まった。

一息ついて感じたことをつぶやく。


「ひとりでやると、

 教わったこととかを見直しできるんだも~。

 これを続けたら、ちゃんと見せられる成果がでるかも」


神様は神殿の階段を見つめた。

普段上り下りが大変なうらめしい階段がある。


「よ~し」

 意気込んで神様は走り出した。


神殿は夜も明かりをつけている。

理由は、防犯のため、街の住民の安心のため、

万が一の避難先としてなど。


普段から使われている大きな階段も同様で、

夜でも危なげなく上り下りができた。

神様は一歩一歩意識して階段を降りる。


「もっ、もっ、もっ、やっぱりいけるも~」


思った以上に動けることを実感した。

普段の運動の成果か、

準備運動が正しくできていたからか、

アーリィやレッちゃんだけでなく

住民にも見られていないからか、

理由はどうあれいい感じ。


階段を降りると一息ついて顔をあげた。

今度はこれを登るのだが、神様は少し考える。


「登るのも大変だろうけど、

 それだけじゃ痩せない気がするも~」


石レンガを見つめていると、

今日の運動でしたことを思い出した。


「一段一段ぴょんぴょんと飛んで見よう。

 足を動かしたら多分いい運動になるも~」


思いついてすぐに階段をジャンプして登った。

階段を踏み外したら川に落ちてしまうと思いながら、

一段一段を確実に飛ぶ。


「もっ! 思ったより大変もっ!」


石と石を飛び移るより足を上げなければ登れなかった。

自然と太ももはあがり、

着地したとき足に疲れがかかる。


(でも絶対にいい運動になるも~ね!)


神様は口には出さずとも強く思った。

これならば成果はすぐに出るかもしれない、

という期待も湧き上がる。


(でも、すごい疲れるし、

 登ったら今日の自主トレはおしまいもっ!)


そう決めるとよりペースは上がった。

ペースは上がったが疲れで少し目は細くなり、

視界が狭まる。


階段だけを見たまま最後の一段に両足をつけた直後、

「神様!」

という声が聞こえて神様は片足を踏み外した。


「もぉ!? もっとっとぉ!?」


石を飛び次ぐ今日の運動と同じように、

神様はバランスを崩してふらふらした。

なんとかもがいてバランスを取ろうとする。


頼もしく細い手が神様の手を取った。

この手の心地はすぐに分かる。


「アーリィ……?」


神様は顔を上げた。本を右手に、

神様の右手を左手に持つアーリィがいる。


なんだか気難しそうな顔で神様を見ていた。

神様の両足がしっかり石レンガについたのを見てから

アーリィは口を開く。


「自主トレしようという心意気はとてもよいと思います。

 準備運動の復習まではよかったですが、

 走るのは体に悪いです。明日からはやめましょう」


「そう~? なんだか体が

 すごい動く気がしてるからいけるって思ったも~」


「そういうのはあとで反動が来るんです。

 すでに俺は明日が怖いです」


「こ、怖いこと言わないでほしいも~。

 それに運動してるのはわたしも~よ……」


神様は怯えながら文句を言った。

脅かすなと言いたいがアーリィの目は本気だ。


「分かったも~。

 でも準備運動と同じことをするのはいいも~?」


「もちろんです。

 それなら自分の部屋でもできるでしょう」


「やっぱり部屋から出たのは分かるも~ね。ごめんなさい」


暗に先日の盗み食いのことも指摘された気がして、

神様はぺこりと頭を下げた。

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