2-9 神様だって怖いんだ
「さぁー、次はトンネルでーす」
「うう、もっと痩せてから挑みたかったも~」
「これを超えたら結果的に痩せるんですから、いいのでは?」
「棒の間を抜けまーす!
超古代叙事詩に描かれるアサシンの一種
『ニンジャ』のようにー!」
「胸が引っかかるも~」
「ニンジャなんていたんですかね?」
「アーリィ! わたしの苦労にコメントほしいも~」
「コメントは差し控えさせていただきます」
「じゃー、神官さんはー、
胸の大きな女の子とー、
スレンダーな女の子どっちがいいですかー?」
「回答は差し控えさせていただきます」
「やったも~。最後の大玉だも~」
そんなやりとりをしつつ神様は
宿敵を睨むかのように大玉を見つめた。
レッちゃんはそんな宿敵として
神様を挑発するような声で言う。
「ついにきましたねー。
大玉は直径二メートルでー、
これを四十メートル転がせれば攻略かんりょーです!
大玉は挑戦者が苦戦する重さになるように調整してくれますよー。
もちろん神官さんは手出し無用、
っていうかこのあと同じことをしてもらいますからねー」
「も~、ってことは絶対大変になるも~」
「でもでも~、苦戦するだけで
必ず押せるようにしてくれますからねー。
押すのには足を踏ん張って体重をかけるだけなので、
がんばりましょー」
「それが一番大変なんだも~!」
勢いをつけるように文句を言って
神様は大玉にぶつかっていった。
簡単に大玉は動いてくれないが、
神様が必死に押すとゆっくりと転がってくれる。
「ふんも~!」
「牛神様の本領発揮ですねー。素敵な掛け声ですよー」
「残念ながら、転生前、
牛だった頃の神様はそこまで力のあった牛ではなかったですね。
牛乳はおいしいと評判でしたが」
「なんでわたしの知らないことを~!
アーリィが知ってるも~!」
「牛だったころの神様の面倒を見ていた牧場主――
前の神官から聞いてますからね」
「じゃーあー、神官さんはー、
牛さんだったころの神様のお乳を飲んだことあるんですかー?」
いつの間にかレッちゃんは
すり寄るような動きでアーリィの隣にいた。
レッちゃんのした質問の答えは神様も気になる。
だがそれ以上に、
自分が必死になっているのに
気にしてなさそうなレッちゃんの様子と、
アーリィとレッちゃんの距離が近いことに、
神様は苛立ちを覚えた。
苛立ちに押され大玉はさらにゴロゴロと動く。
「……回答は差し控えさせていただきます」
「ごまかさないでくださいよー」
「いえ、本当に分からないんですよ。
神様が居ただろう牧場に行ったのは小さいころですし、
当時の俺に牛の見分けがつくとは思えません」
「なーんだ。つまんないのー。
あっ、見てくださーい。神様あと少しでクリアですよー」
「わたしもアーリィの話し聞きたかったも~!」
気持ちを声にしつつ神様は大玉を押し切った。
神様はフラフラとその場にしゃがむ。
「はーい、神様一周目お疲れ様でしたー。
それじゃ神官さんも大玉ころがしがんばってくださいねー」
「もぉ!?『一周目』ってどういうことも~?」
レッちゃんの思わぬ言葉に神様は声を上げて聞いた。
レッちゃんは当然のことを語るように答える。
「一回通しておしまいじゃないですよー。
少し休憩したら二周目開始でーす。
一周目でコツを掴んだと思うので、
三週目をする頃にはだいぶ楽になるんじゃないですかー?」
「まあ……これだけのものを用意して、
一回で終わりとは思ってませんでしたけどね……」
アーリィは大玉を必死に押しながらぼやいた。
#
三週目の大玉転がしが終わると、神様は仰向けに倒れる。
「も~、ダメ……。坂の登り方も、
石から石へ飛ぶ方法も、
大玉を転がすコツも掴んだけど、体力がないも~」
「お疲れ様でしたー。時間もちょうどいいので、
神官さんがゴールしたら今日はおしまいですねー」
レッちゃんは言いながら神様のそばに座った。
すると急に神様のお腹を触ってくる。
「もぉ~。く、くすぐったいも~」
「えへへー、腹式呼吸できてますねー。
大変でもレッちゃんの運動についてきてえらいですよー。なでなで~」
「触り方がいやらしいも~」
「もにゅ」
「わ、脇腹を揉まないでも~」
神様はバタバタと暴れ始めた。
意外にもレッちゃんはすぐに手を引く。
「うんー、ちゃんと痩せてる感ありますねー」
「ほ、ホントかも~!?」
急に体力が回復したかのように、
神様は腰を起こして聞いた。
レッちゃんはニコニコと話を続ける。
「はいー。このまま続けてれば運動不足が解消できてー、
いい体型になると思いますよー」
「も~。あ、アーリィもお疲れ様も~」
ちょうどアーリィは大玉をゴールまで押し込んだので、
神様は機嫌よくねぎらいの言葉をかけた。
アーリィは以外そうな顔を神様に向ける。
「疲れてるとワガママになる神様が、
やけに機嫌がいいですね」
「運動うまくいってるってレッちゃんに言われたからー。
もうどんな格好でも、見苦しいなんて思わせないも~よ」
神様は調子に乗ったまま自慢気に胸を張った。
ふくよかな胸を強調したりするとアーリィはよく目をそらすが、
今のアーリィは不思議そうな顔を見せる。
「まあ、神様として人前に出て
恥ずかしくないと思えるのは、いいことです」
(あれ、なんかまた思ってたのと違うこと言われたも~?)
アーリィの顔に合わせて、
神様も不思議そうな顔で首を傾げた。
神様がアーリィと少し見つめ合うと、
アーリィは眉を潜めて口を開く。
「神様は調子に乗ると失敗することありますから、
一山当てるつもりじゃなくて、
コツコツ続けてほしいですけどね」
「またそういうこと言うも~。
一気に効果が出ることはいいことも~」
「いいえ~、神官さんの言う通りですよー。
神官さんはお金稼ぎやお仕事で例えたかもしれませんが、
ダイエットでもそういうことありますからねー。
これを『リバウンド』って言うんですよー」
レッちゃんは脅かすような低い声で説明をした。
神様はビクッとしてから、震える声で聞く。
「そ、そんなの本当にあるもぉ……?
アーリィは聞いたことある?」
「まあ、ありますよ。
正確に言えば、一度ダイエットに成功したあと
余計に太ってしまう現象を言うんでしたよね?」
「も、も~。余計に太っちゃうなんて、
リバウンド怖いも~」
神様はおばけに怯えるような鳴き声をあげた。
説明をしたアーリィは、
神様がなにに怯えているのか分かってなさそうな顔をする。
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