2-8 神様だってアスレチックに挑戦するんだ
「神様ー、神官さーん、こんにちはー」
今日、運動をする空き地にやってくると、
いつもどおりのテンションをしたレッちゃんがいた。
神様とアーリィはどういう顔をしていいか分からず、
また顔を合わせる。
「おやおやー、
おふたりともまだ体操服には慣れませんか?」
「ううん、そろそろ慣れてきたも~」
「俺もようやく見慣れた気がしますが……」
神様とアーリィは曖昧な顔をしてレッちゃんの質問に答えた。
レッちゃんはお昼に
チャーレと顔を合わせていなかったかのような雰囲気だ。
神様は浮かんだ質問をする。
「レッちゃんは、チャーレと知り合いじゃ――」
「ないですよー。
ご飯を残すとデーモンみたいな
顔で怒るエルフなんて知りませーん」
(絶対知ってるも~。
鈍いわたしでもこれはわかるも~よ。
でも絶対認めない感じするも~)
そう思うと神様は次の質問を飲み込んだ。
代わりにアーリィが別のことを聞く。
「まあ、いいでしょう。
今日の運動について説明してもらえますか?」
「はーい! でもその前に準備運動ですよー。
両手を開いてもぶつからない距離を取ってー」
レッちゃんは両手を開いてくるくる周りながら言った。
神様とアーリィは言われたとおりに距離を置く。
「では最初になにをするか覚えてますかー?」
「両手と太ももを同時に上げ下げする運動だったかも~?」
「はい、神様せいかーい。それじゃ始めますよー」
さすがに何回もやれば段々と慣れて、頭や体が覚えてくる。
準備運動をしつつ神様は、
レッちゃんの動きに苦労なくついていけると感じていた。
手と太ももを上げ下げする運動、
手と足の裏をくっつけるように動く運動、
『英雄のポーズ』とスムーズに進む。
準備運動が終わり、レッちゃんはゆっくりと手を下ろしながら言う。
「改めてご説明しましょー。
今日は伝説の『フーウンノースフィールドキャッスル』と
まではできませんがー、
レッちゃんが作って収納魔法で持ち歩いてる
アスレチックを走り回りまーす」
レッちゃんは両手を広げて、
空き地に広がった色々なものの説明を始めた。
「スタート地点は坂になっている台を登りまーす。
次は魚を取るときに使う網の下をくぐりますねー。
もちろんずるしたら運動になりませんから、
ちゃーんと突破してくださーい。
それから、ちらばった石の上を飛び乗って進んで、
丸いトンネルをくぐって、棒の間を抜けて、
最後にあの巨大なボールを押してゴールです」
「こ、こんなのわたしには無理も~!」
神様は難攻不落のダンジョンか、
罠と仕掛けがたっぷりの古代遺跡を攻略しろと言われた声を上げた。
レッちゃんはケタケタと笑いながら言う。
「だいじょーぶですよー。
街の子供達にも走ってもらいましたからー。
危なくないですし、みんな楽しそーでしたー」
「元気の余ってる子供と
運動不足のわたしを比べて考えないでも~」
「神様、自分で言いますかそれ」
「まーまー、時間を競うわけじゃないですのでー、
ゆっくり攻略してくださーい。
あ、もちろん神官さんもいっしょに攻略していいですよー。
でないとー、神様クリアできないかもしれませんからねー」
レッちゃんはエルフというより、
小悪魔のような生意気なことを神様に言った。
(もしかしてチャーレの言う通り、
レッちゃんってダークエルフなんじゃないかも~?
偏見だけどダークエルフも
他人をいじって遊ぶの好きな子多いし……。
それより、自虐できることも、
他人に言われるとちゃんとムカつくも~)
そう思うと神様は自分からレッちゃんお手製アスレチックに向かう。
「神様から先に進むなんて、
チャーレさんの料理で元気が出ましたか?」
「まあ、そんなところだも~」
神様はアーリィの口癖と硬い口ぶりをまねして答えた。
それでもレッちゃんは驚いたりせず、
神様をニヤニヤと見つめている。
強気な足取りで神様は用意された坂を登り始めた。
こうして登ってみると思った以上に坂の角度があって、
レッちゃんからもらった動きやすい運動靴でも少し滑る。
「なんだも~。砂に足をとられるような感じだも~」
「文字通りの意味ですよー。
山道みたいな歩きにくい道になるように
魔法的な細工がされてまーす。
神官さんの手を借りようとすると、
ふたりで坂道をずり落ちるかもしれませんので、
自分のちからで踏ん張ってくださいねー」
レッちゃんに言われて、
神様はアーリィに助けを求めようとした手を引っ込めた。
アーリィも同時に神様に差し出そうとした手を引っ込める。
仕方ないので神様は足や腰に力を入れて、
自力で坂道を登った。
後ろを振り向くと間の悪そうなアーリィがいて、
神様の視線に気がつくとペースを早める。
神様はすぐに追い越されてしまった。
坂道の上で自分を待つアーリィを見て、
神様は大きく息を吸って、足を上にあげる。
「やっと登りきったも~」
「はーい。降りるのは滑り台でどーぞー。
上りより角度がゆるいので安全に降りられますよー」
「これって、上りと下り逆じゃないのかも~?」
「あってますよー。
さー、スルッと降りて次は網くぐりしてくださーい」
そう急かされて神様はあまり休む間もなく坂を滑り降りた。
ちょうどよく網に止められる。
「でも坂と比べて楽かもしれないも~」
神様は余裕の声で言いながら四つん這いで網の下を進んだ。
レッちゃんは何か企んでいるような声で言う。
「どうでしょー?
神様は平気そうですけど、
神官さんは進めてないですねー」
レッちゃんに言われて神様は振り向いた。
網を前にしてアーリィは、
見えない壁があって進めないと思っているような顔をしている。
「アーリィ、どうしたも~?」
「いえ、今俺が行っても詰まるだけなので、
神様が網を抜けるのを待っているだけです」
「さっきみたいにわたしを追い抜けばいいだけじゃないのかも~。
わたしの隣、追い抜けるだけの余裕があるも~よ」
言いながら神様は、
お布団をめくるように網を持ち上げた。
布団よりも余裕があり、アーリィだけでなく、
後ろからレッちゃんがスタートして追い越すこともできそうだ。
それでもアーリィは言い訳を探すような顔をしてそっぽを向き続けている。
「神様ー、神官さんは神様のお尻が見えて困ってるんですよー」
「レッツさん、そういうの言わなくていいです」
アーリィは困った声を上げた。
すると神様は反射的に自分の尻に手を当てる。
(なんかさっきもアーリィとチャーレが
似たようなやり取りをしてたも~。
っていうことはレッちゃんの言ってたことはあたりで、
アーリィはわたしのお尻を正面から見るのがイヤってこと?
わたしのお尻が太ってるから、
見るに堪えないってことかも~?)
神様は網の中でしばらく考えた。
(なら、わたしががんばって痩せないとだも~。
アーリィはチャーレを連れてきたり、
わたしがダイエットできるって思ってくれてるんだからも~)
自分のお尻から手を離し、
ペースを上げて網の中を進んだ。
ゆっくり進むのであれば簡単だったが、
早く進もうとすると大変だと感じる。
「突破だも~!
次はこれを飛び乗って行けばいいも~?」
「そのとおりでーす!
いい調子ですよー、神様ー!」
レッちゃんは調子の良さそうな応援をした。
神様はレッちゃんにうなずいて、
振り向きアーリィの様子を見る。
アーリィはやっと網をくぐって進み始めた。
神様は再び正面を向き、点々と置かれた石を見つめる。
「もぉ!」
一番近くの石に向かって飛んだ。
右足は石の上につくが、
うまくバランスが取れず左足は石から外れる。
「レッちゃん、これはダメかも~?」
「はいー、やり直しですねー」
「えー、ちゃんと届いてるからいいも~」
「神様ー、石の外はすべてマグマだと思ったら、どーですか?」
「そ、そもそもそんな場所に近寄らないもー」
「マグマは極端でしたねー。
では川だとしたらどうでしょーか?
神様の左足はずぶ濡れですよー。
流れが強かったり深かったりしたら、
そのまま足を持っていかれて溺れるかもしれませんねー」
例え話で怯える神様に、
レッちゃんは怖い話をする声で例え話を続けた。
神様は自分の左足に目を向ける。
レッちゃんの言う通り、流れの強い川だとしたら、
今の自分は大変な状況になるだろう。
おまけに神様は泳げない。さらに神様は運動不足。
さらにさらに神様は太っている。
今の神様には助からない要素のほうが多かった。
神様は顔を上げてレッちゃんに言い返す。
「でもでも、やっぱり流れの強い川を
石を乗り継いで渡るなんて普通はしないも~」
「どーでしょー?
東の山にレッちゃんの例え通りの場所がありましたよねー。
あそこ通ると近道になるんですよー」
「東の山なんて寒いし用もないし、
行かないもぉ……」
とはいえ絶対にないとは言い切れず、
神様は語尾を小さくしていった。
網を抜けてきたアーリィが後ろから補足をする。
「まあ、山道を整備するって話になったら、
視察しないとですし、
まったく近寄らないことはないかもですね。
そしてもしも神様ひとりで山を進んで街に戻る必要がでたとき……」
「も~! そんなことないと思うけど、やるも~!」
神様は言いながら網の手前まで戻り、
石に向き合った。
石の周りの砂利をレッちゃんの例えたとおり川だと思い見つめ直す。
「いい顔ですよー。
ほどほどの危機感を持って挑むと、
うまくいきますからねー」
レッちゃんから声がかかった。
神様は返事をせずに目の前の光景をイメージで上書きし、
自分に危機感を煽る。
(これは川、超えなきゃいけない。
アーリィもレッちゃんもいない。
自分ひとりでこの先に進まなきゃだも~)
「もぉ!」
再び神様は石に向かって飛んだ。
緊張感で力んだおかげか、先程よりも前に進む。
「もっ!」
両足は石の上についた。だが神様の体がぐらつく。
「神様ー、一個一個踏みしめるより、
勢いでぴょんぴょんしたほうが楽ですよー」
「そんな身軽に動けたら苦労しないも~」
神様は石の上でフラフラしながらレッちゃんに文句を言った。
アーリィは落ち着いた声を神様の後ろからかける。
「神様、足に力を入れて、
重心を下にしてください。
ひとつひとつ踏みしめるように進んだほうが神様に向いてます」
アーリィの言葉を聞いて、
神様は腰を丸め、膝を少し曲げた。
フラフラする体は段々と石の上で安定する。
「もぉ……。落ちずに済んだ」
「へぇー、神官さんのアドバイスのほうがうまくいっちゃうんだー」
レッちゃんはとても羨ましそうな声でつぶやいた。
アーリィは当たり前の口ぶりでレッちゃんに言う。
「まあ、神官ですので」
「アーリィ……」
神様は振り向いてそんなアーリィを見つめた。
アーリィの短い言葉、いつもの真面目な顔、
自分を見つめる目からは信仰とはまた違った信頼を感じる。
(なんだか胸がぽかぽかする……。
体を動かして温まってきたのかも~?)
そう思うと神様はアーリィから目を離すことができなかった。
アーリィもまた神様になにかを感じているのか、
目を離さないでいる。
「はいはーい!
神様、神官さん、今は運動中ですよー。
それに神様は一つ目の石に乗り移ることができただけですからねー。
あと四つもあるんですから、がんばってくださいねー」
「そ、そうだったも~。
まだ川を超えられたわけじゃないも~」
神様は正面を向き直し、深呼吸。
もう一度飛んでみた。
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