2-7 神様だって栄養管理されたいんだ

朝食の途中で、アーリィは何事もなく戻ってきた。

その後はいつも通り……と言いたかったが、

神様はアーリィを気にしている。


(今日のアーリィは、いろんなひとから声がかかってるも~)


神様の仕事部屋で打ち合わせの最中にも、

アーリィに犬耳の獣人女子から声がかかっている。

もちろん神殿で働くひとだ。


「神官さん、頼まれてたことなんですが、

 よさそうなひとが街に来てるってウワサです」


「おっ、ホントですか?」


アーリィは珍しく、

物事がうまくいってることを喜ぶ声を出した。

神様は目を細める。


(こんな声、年に一度聞けるかどうかなのに……。

 一体なにをしてるんだも~?)


「なんでも、この街の牛乳に興味があるそうですよ。

 あたしが呼んで来ましょうか?」


「いえ、俺が直接話に行きます。

 お昼には間に合わせたいですし。

 というわけで神様、俺は急用ができました」


「もぉ!? 打ち合わせはどうするんだも~」

「打ち合わせばかりしても、仕事になりません」


「じゃあ、その仕事はどうなるも~?」


「街のひとからもらった声を書類にまとめてあります。

 これを見てるだけでお昼になるでしょう。

 昼からはまた運動ですし、

 体力温存もかねてガッツリ書類と戦ってください」


アーリィは言いながらドサッと紙の束を神様に突き出した。

勢いで書類が舞う。


――神様ががんばって走っている姿が子供に好評でした。

子供が喜ぶので、また住宅街まで来ていただきたいです。


――神様が牧場に来てくれたおかげで、

レース志望の頑固なオス牛が

牛車引きをしてくれるようになりました。


そんな内容が書かれていた。

神様はそれを見て口元が緩むのを感じつつ、つぶやく。


「なんか、わたしの運動が

 思わぬ効果をみんなに与えてる気がするも~。

 アーリィはこれ読んでどう思う?」


と神様は聞くが、部屋には神様しかいなかった。



「神様、お昼です」

「やっと帰ってきたも~」


仕事部屋に顔を出したアーリィを見て、

神様はぷんぷんと頬を膨らませた。


それでもアーリィは特に気にしない顔で話を続ける。


「その昼食なんですが、

 今日から神様には特別メニューをご用意しています」


「もぉ!? なんで?」


「なんでって、

 神様がダイエットのために食事制限するって言うからですよ。

 伊達に食事減らしたって良くないのはわかってましたから」


「じゃあ、朝からいろいろしてたのって、

 この準備だったも~?」


「そうですよ。

 作ってくれるひとも紹介したいので来てください」


アーリィは特別な仕事をしたつもりはないと、

いつもどおりの口ぶりで言い、部屋から顔を引っ込めた。

神様はアーリィのいるドアの向こうを見つめる。


(アーリィ、わたしのために手を焼いてくれたも~)


そう思うと神様は胸がきゅっとなるのを感じた。

嬉しさに意識を奪われる。


(すごい嬉しい。よく考えてみたら、

 アーリィはわたしの神官なんだから、

 わたしのお世話をしたりするのは当然のこと。

 他にいっぱいしてくれた仕事はあった。

 だけどそれとは違ううれしさだも~)


「神様、何をしているんです?

 お腹が空いているんでしょう?

 早く来てください」


すぐに来ないからか、

アーリィはまたひょっこりと顔を出した。

神様は椅子から立ってアーリィのもとに駆けていく。


「す、すぐ行くも~」

神様はアーリィに連れられて食堂へ向かった。

道中のアーリィは少し早足でなにも話そうとしない。


(早くわたしを食堂に連れていきたいのかも~?

 お腹空いてイライラしてる?

 それとも~、わたしのダイエットについて考えて疲れちゃった?)



胸が痛むような気分になりつつ、

神様は食堂へやってきた。


食堂の調理場には見慣れないエルフが立っている。

そのエルフはほんわかした雰囲気に、

ふわっとしたエプロンドレスを着ていた。

優しげな細い目、

料理の邪魔にならない金髪のポニーテールを揺らしている。


「席まで持ってきてくれるとのことです。待ちましょう」


アーリィに言われて、神様は席へ座った。

するとエルフは昼食の乗ったトレーを持って神様の方に歩いてくる。


「初めまして、牛神様。

 私はエルフのチャーレと申しますわ。

 お仕事は管理栄養士と調理師でございます」


「管理栄養士?」


聞き慣れない職業の名前が出て、

神様は首をかしげた。


チャーレは優しくも、

言い慣れた喋り方で説明をする。


「健康的な料理を考える仕事と

 思っていただければ結構でございますわ。

 私は調理もするので『栄養調理師』と名乗るときもございます。

 健康的な食事を神様に作って欲しいと、

 神官さんよりご依頼いただき、今日から担当いたします」


チャーレはそう言って神様の前にトレイを差し出した。

そのままゆっくりとした声で料理の説明をする。


「こちらはイモと玉ねぎのみそスープ、

 少し茶色いのは玄米で、

 隣のハンバーグは大豆を使ったものでお肉は一切入っていません。

 いかがでしょうか?」


「おいしそうだけど……

 食べすぎたりしないか心配も~」


料理を見た神様は、

ダイエットという言葉をうまくぼかしつつ不安をつぶやいた。

チャーレは神様の不安を和らげるような声で答える。


「神官さんより事情は伺っております。

 こちらの料理は量をそのままに消化がよく、

 神様がなさっている運動と

 お仕事に必要な栄養を考えてご用意しました」


「でも、いつもどおり牛乳は二本もある」


「はい。神様の大好物である牛乳は

 そのまま飲んでいただくものと、

 飲み方を工夫して飲むものをご用意しています。

 難しく考えず、味の違いを楽しんでいただくような気分で、

 おめしあがりください」


チャーレの説明を聞いた神様は、

二本の牛乳便を見比べた。

よく見ると片方は少し茶色かかっていたので、

気になって口をつける。


「おおっ、いつもの牛乳よりまろやか」


「大豆を混ぜた牛乳でございます。

 栄養はそのままに腹持ちがよく、

 お腹が空きづらくなるので、

 必要以上に食べることを防げます」


「これならいっぱい飲んでも太らない?

 他の料理もいっぱい食べていい?」


神様は目を輝かせてチャーレに聞いた。

チャーレは微笑ましいものを眺める目で答える。


「いいえ、食べ過ぎ飲み過ぎは、

 どんなにヘルシーでも太ってしまいます。

 わたしの作った分を食べてくださいませ」


その言葉に神様はガックシした。

チャーレは『あらあらうふふ』と

笑いながら話を続ける。


「ですが、こちらの調理師さんと知恵を絞ってご用意いたしました。

 いつもどおりの満腹感は保証いたします」


チャーレの説明を聞いて神様はパッと顔を上げた。

チャーレは神様のように優しい顔をしている。


「ありがとうも~」


お礼を言ってから神様は指を合わせた。

安心した声で食前のお祈りを口にする。


――この食べ物に関わる、自然、ひと、技術、

この食べ物となる命、ちからにこの祈りを捧げます。

我が糧となり、我を生かし、我らの世界のためとなることを、

願い、感謝し、喜んでいただきます。


神様はすぐにスプーンを取り、

名前は分からないがおいしそうな米料理を口に運んだ。

お米が喉を通ると、神様は満足度の高い鳴き声を上げる。


「食べ過ぎを気にしないで食べれると、

 いつもよりおいしく感じるも~」


「それはよかったです。

 俺も安心して飯にできます」


アーリィは言いながら立ち上がり、

カウンターに向かった。

神様は慌ててアーリィに声をかける。


「あ、ごめんも~。アーリィのご飯のこと忘れてた」


「いいですよ、俺のことはお気になさらず」

背を向けたアーリィは淡々とした声で返事をした。


(わたしのためにがんばってくれたのに、

 わたし自分のことばっかり。

 アーリィにちゃんとお返しできてないし、

 ご飯もお預けしちゃった。イライラされちゃって当然だも~)


神様がしょぼんとすると、

チャーレはくすくすと楽しそうに笑う。


「神様、神官さんは怒ったりイライラしたりはしてませんよ。

 私は今回のご依頼について神官さんから、

 街の命運をかけた助言を求めるように頼まれたんですわ」


「もぉ?」

「チャーレさん、そういうのは言わなくていいです」


立ち止まったアーリィは

振り向いて赤くした顔をちらりと見せた。

神様もアーリィを見て顔を赤くする。


「アーリィ怒ってない? イライラしてない?」


「ないです。まあ、無茶な食事制限をして

 倒れられては困りますから、それは気を使いました」


「じゃあ、手間のかかる神様だって思ってないかも~?」


「それは常日頃思ってます。

 昨晩の神様はお腹の虫を鳴かせてたようでした。

 なので俺は、どうにかする方法をずっと考えてました」


「ごめんも~」

(やっぱり食堂に入ったのアーリィにはバレてるも~)


「だから怒ってないですって。

 それより俺も飯にするので」


そう言って再びカウンターに向かった。

食堂のおばちゃんから様子を見ていた神殿の職員たちまで、

みんなニヤニヤした顔をアーリィに向けている。


神様はアーリィの恥ずかしそうな背中をぼーっと見つめていた。


(アーリィは本当にわたしのことちゃんと見てるんだも~。

 普段は仕事でわたしの隣か後ろにいるアーリィだけど、

 また一段と頼もしいって感じる。

 お風呂で手に触れたときも~感じたけど、

 頼もしい、いっしょに居てほしい神官なんだも~)


「神様、そろそろご飯の続きを召し上がってくださいませ。

 冷めてもおいしく作っておりますが、

 温かいときに召し上がっていただいたほうが、

 運動に効果的ですので」


ぼーっと神様が思っていると、

チャーレは『あらあらうふふ』と笑みを口からこぼした。


「そ、そうだも~」


ハッと神様は意識を目の前の昼食に戻した。

今度はサラダを口に運ぶ。

サラダには玉ねぎが入っていないのに玉ねぎの風味を感じた。

改めてサラダを見ると、

初めて見る色のドレッシングがかかっている。


「うん、とてもおいしいも~」


神様はぱぁーっとした笑顔を見せた。

あまりにも眩しい笑顔と微笑ましい姿に、

食堂中の空気が陽気でなごやかになる。


神様を眺めていたひとたちの目線はさらに、

神様の昼食にも移ろいだ。


「あの料理なんだろう?」

「健康的な食事って言ってたけど、あたしも興味あるなー」

「彼女にあんな料理作って欲しいなー。彼女いないけど」


雰囲気や気持ちだけでなく、

興味も広がっていった。


神様は食事に夢中で食堂の雰囲気に気がつかない。

そこにまた一段と陽気な声が差し込んでくる。


「あー、神様おいしそうなお昼食べてるー。

 しかもヘルシーな感じー」


「レッちゃん、運動の時間には早いも~よ」


神様はレッちゃんの大きな声に気がついた。

神様の疑問にレッちゃんはウキウキで答える。


「今日の運動の準備で来たんですよー。

 街の空き地を借りて運動したいなってー」


「あらあら、レッちゃん、

 お久しぶりですわね」


するとチャーレは、

レッちゃんに懐かしむ言葉をかけた。


声をかけられたレッちゃんはもちろん、

神様と、今ちょうど昼食を持って戻ってきた

アーリィの目線がチャーレに集まる。


「レッツさん、お知り合いですか?」

「いいえ」「はいー」


アーリィが聞くと、レッちゃんとチャーレは

同時に意味もテンションも真逆の返事をした。

神様とアーリィの見たことがないレッちゃんの真顔がある。


「おやおや、顔も声も名前も

 私のよく知るレッちゃんだと思うんですけど?」


「人違いでは?

 あたしの知り合いにチャーレっていう

 栄養調理師はいないです」


(これは絶対知ってるも~。

 チャーレが何も言ってないのに、

 レッちゃんは名前と仕事言っちゃうし……

 バレバレすぎも~)


神様は呆れて目線を料理に戻しスプーンを持った。

アーリィも同じように思っているようで、

いつもの真面目そうな顔でトレイをテーブルに置いた。


チャーレは頬に手を当て、

不思議そうな顔をしながらレッちゃんの顔を見つめる。


「あらやだ、失礼いたしました。

 私の知ってるレッちゃんはダークエルフでしたわ」


思わぬ言葉がチャーレから出てきて、

神様は『カチッ』とスプーンを置き、

アーリィは椅子に座れず『ガタガタガタ』と

音を立てて尻もちをついた。

幸いアーリィの食事は無事。


本当ならアーリィを心配して声をかけるべきだが、

神様とアーリィは顔を合わせる。

今のチャーレの言葉を聞いたどうか目で確認し合う。


「分かってもらえてなによりです。

 神官さん、今日の運動に空き地を使いたいので、

 許可をいただけますか?」


「あ、はい。

 本屋の裏にこの食堂と同じくらいの

 広さの空き地がありますが、そこでどうでしょう?」


アーリィは言いながら椅子に座り直した。

この間、誰も尻もちをついたアーリィを心配しない。

(レッちゃんとチャーレの関係が気になってできない)


「ちょうどいい大きさです。

 申請とかどうしましょう?」


「こっちでやっておきます。

 レッツさんは準備を進めていただいて構いません」


「ありがとうございます」


あまりにキャラかわりしたレッちゃんは

早足で食堂から出ていった。

レッちゃんの姿が見えなくなると、

ようやく神様は口を開いてチャーレに聞く。


「……本当に知り合いじゃないも~?」

「どうでしょう?」

チャーレは嬉しそうな顔をして答えた。

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