2-6 神様だって盗み食いするんだ

「お腹すいた」


深夜、神様はベッドの上で目を覚ました。

同時にお腹の虫が鳴る。


こんなことは初めてだった。

今まではこんなに疲れるほど体を動かしたことはなかったし、

お腹いっぱい食べないで夕食を終えたことはなかった。


お腹に手を当てて考える。

「どうするかも~?

 このまま朝まで我慢して眠れたらいいのだも~けど」


もう一度お腹がなった。

「お腹の音で寝れないも~。なにか食べるもの……」


仕方ないといった声でつぶやいた。

だが神様の自室に食べるものはない。


衛生面うんぬんより、今まで必要がなかった。

それほど神様はしっかりと食事を取ってたから。


「アーリィは隣の部屋。

 それに今日も運動して疲れてるはずも~」


魔法や神様パワーで分かるわけではないが、

神様と神官の繋がりのおかげで、

なんとなく感じることができる。


神様は確認してつぶやくと、

足音物音を立てないようにそっと部屋を出た。


廊下は足元が分かる程度の明かりがついている。

コケたりはしないだろうが、

物音を立てないように歩いた。

目指すはキッチン。


といっても神殿に神様や神官の使う

プライベートキッチンがあるわけではない。


普段お世話になっている食堂だ。

中庭を経由しない職員用の裏道を歩き、

神様パワーで鍵を開ける。


「権能の無駄遣いも~ね」


自分に呆れたことをつぶやいて、食堂の中へ入った。

普段活気と牛乳の匂いで満ちている食堂は暗く、静かで、

おいしそうな匂いがしない。


それでもお腹が膨れるものがどこにあるか目星がついていた。

手が届かない棚の中なので、踏み台をそっと動かし、

静かに乗って、棚に手を伸ばす。


「えっと、確かここに……」


目を細めながら棚を探すと大きめのビンがあった。

自分のもとに引き寄せるとガサガサと小さく中の物が音を立てる。


「コーンフレークだも~。あとは……」


ビンを調理台の上に置いた神様は、

次に冷蔵庫に手を伸ばした。


冷却魔法で動く大きな魔導冷蔵庫をそっと開けると、

今度は小さなビンを取り出す。


神様の大好きな白くておいしい飲み物が照らされる。


「あとはお椀とスプーン……。

 ごめんだも~、食べ終わったらちゃんと洗うから、

 許してほしいも~」


謝りながらお椀にフレークを入れて、

牛乳と罪悪感を注いだ。


フレークを入れすぎたからか、牛乳はお椀ギリギリ、

表面張力がなければこぼれていた。

神様は立ったままお祈りの言葉を口にする。


――この食べ物に関わる、自然、ひと、技術、

この食べ物となる命、ちからにこの祈りを捧げます。

我が糧となり、我を生かし、我らの世界のためとなることを、

願い、感謝し、喜んでいただきます。


まず牛乳がこぼれないようお椀に口をつけた。

お椀の牛乳を少し減らしてから、

フレークをガツガツと口に入れていく。


月明かりの角度がほとんど変わらぬうちに、

神様はお椀を空にした。


――命、ちからは、我が糧となり、我を生かし、

我らの世界のためとなってくれました。

これに感謝し、祈りを捧げます。自然、ひと、

技術は願いと喜びになりますように。

これらすべてはごちそうさまでした。


罪悪感たっぷりでお祈りの言葉を口にして、

神様はお夜食を食べ終わった。

満腹感で座り込みたくなるが、


「いけないいけない。後片付けをするも~」


すぐにお椀とスプーンを流しに持っていき、

念入りに水洗いをした。


さらに布巾で水滴を拭き取り、

何事もなかったかのように元あった場所に戻す。


「フレークのビンがちゃんと閉まってるのを確認して……」


神様は踏み台に乗ってビンを持つ両手を棚に伸ばした。

棚にフレークを置くことに成功するが、神様は目を細める。


「この位置にあったかも~?」


言いながら神様は、ビンを取ったとき、

どんなふうに置いてあったかを思い出そうとした。

ちょっと動かしてビンを見つめ、

また戻してはビンを見つめる。


「も~、わからないしいっか……。

 あとビンは、ここ」


空き瓶が置かれる場所はすぐに分かった。

他の空きビンに紛れるように置く。


「ふもぉ~、戻って寝よう……」


誰にも見られていない(であろう)ことをいいことに、

大きなあくびを見せて、神様は食堂を後にした。


しっかりと神様パワーで施錠して、

物音を立てないように廊下を歩き、

アーリィにバレないように部屋に戻る。


悪いことをした自覚はありつつも、

神様は満足感と満腹感でぐっすり寝ることができた。



「あの、神様、神官さん、ご報告があって……」


朝食のために食堂にやってくると、

神殿の警備をする男性ヒューマンが声をかけてきた。


歳はアーリィよりも一〇歳ほど高いが、

弱気な声と丸まった腰をしている。


「聞くも~。

 なにかあっても怒ったりしないから安心するも~よ」


神様はメニュー表を置いて、

わざわざ椅子から立ち上がり、

偉そうに大きな胸を張って答えた。


アーリィは座ったままだが、

神様と同じ様に考えているとうなずく。


「はい……実は、深夜この食堂に侵入者があったです」

ガタガタガタっ!


「神様、どうなさいましたか?」


食堂中に響き渡るような音を立てて、

盛大にずっこけた神様に、

アーリィは淡々とした声で聞いた。


当然食堂にいたひとたちの視線は神様に集まり、

心配そうな顔を見せてくれる。


「お、驚いただけも~。

 まさかわたしもそんなひとが入るとは思ってもなかったも~だし」


言いながら神様は椅子に戻った。

食堂に居たひとたちも神様を気にしつつも、

食事や朝の読書に戻る。


「そうですね。なにか盗まれたものとかはありますか?」

「牛乳が一本だけ飲まれてて、それ以外は特に……」


アーリィの質問に、

警備員は不思議そうな顔を見せながら答えた。

神様は安心したため息をつく。


「大したも~が盗まれてなくてよかったも~」


やや棒読み気味な声で神様はつぶやいた。

アーリィは横目で神様を見る。


「あ、アーリィ、どうしたも~?」

(まさかわたしを疑ってるも~)


神様は明るい声を作ってアーリィに聞いた。

アーリィはそれでも黙って神様を見つめる。


(やっぱりバレちゃってるかも~?

 いやでもバレてたとして、

 どうして見つけたときに声をかけてこないも~?

 それに今、わたしが犯人だって言っちゃえば解決も~)


「あの、神官さん、いかがしましょう?」


神様もアーリィも黙ってしまい、

警備員は困って指示を仰いできた。


アーリィはようやく神様から目を離して、

あっさりした声で警備員に答える。


「まあ、放置でいいでしょう。

 他に盗まれたもの、

 壊されたものはなのでしょう?」


「はい、もちろんです」


「神様はどうですか?

 もし神殿に怪しい術や仕掛けがされてたら、

 なにか気がつくはずですけど」


「何事もないも~。

 昨日は疲れてぐっすり寝てたも~」


神様はアーリィの質問に、

聞かれてもないことを含めて答えた。


ボロを出したかと神様が思う前に、

アーリィは警備員に続けて言う。


「というわけです、犯人探しの必要もないでしょう。

 気にせずいつもどおりで」


言い終えたあと、アーリィはちらりと神様を見た。

神様の肩がぴくっと震える。


「わかりました。失礼します」


警備員は歯にものが引っかかっているような顔で立ち去った。

アーリィは仕事の打ち合わせをするいつもの口ぶりで神様に言う。


「さて、俺は食堂のひとと話をしてきます。

 神様は俺を待たずに先に朝食を食べててください」


「もぉ!? 犯人探しはしないって今言わなかったかも~?」


「はい。なので俺がしてくる話は別のことです。

 なんで驚いたり、怯えたりしてるんですか?」


アーリィは神様に目を細めながら言った。

神様はそんなアーリィを見て、

気まずそうな顔をしながら考える。


(やっぱりわたしが深夜の食堂に入ったの、

 アーリィにバレてるのかも~?

 も~、アーリィってばいつもどおりの真面目顔してるから分からないも~)


「まあ、神様にとって悪い話ではないです。

 それは安心してください」


「そんな硬い顔で言われても~」


「俺の無愛想な顔は性格由来です。

 クソ真面目な性格を直せというのは難しいのでご勘弁を」


「そうは言ってないも~。

 真面目じゃないアーリィなんて、

 アーリィじゃないし……」


「納得してくれたようで、失礼します。

 すぐに戻ってきますよ」


そう言い残してアーリィは席を立った。

神様はメニュー表を改めて手に取ってぼやく。


「朝は何にするかも~」


昨日のフレークがお腹に残っているからか、

アーリィがいないからか、

神様はどうにも食欲を感じなかった。

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