2-5 神様だってお腹空くんだ

「はい、今日はここまでにしましょー」


「よかった……。

 そろそろ肺が喉から出るかと思ったも~」


神様は疲れた声で言いながらその場にへたり込んだ。

アーリィも座り込むほどではないが、肩で息をしている。


「今日は喉のケアのために、

 温かい飲み物を飲んだり、

 お部屋が乾燥しないようにしたりしてくださいねー」


「でもそれ以上に、わたし、街まで帰れるかな……」

――神様、俺が運びますぜ。


座り込む神様に、結局最後まで声出しを見ていた

ニューが(鳴き)声をかけた。

レッちゃんは興味ありげに神様に聞く。


「この子もしかして、

 神様を神殿まで送ってくれるって言ってます?」


「そうだも~。いい……かな?」


恐る恐るの声で神様はレッちゃんに聞いた。

帰り道も運動と言われると思って神様は聞いたが、

レッちゃんはすぐに答える。


「いいですよー。レッちゃんも牛車に乗ってみたかったですしー」


「なら、牧場主から牛車を借りれないか聞いてきます」


アーリィは神官の仕事をするときと同じ口ぶりで言った。

神様とレッちゃんはそろってうなずく。


「頼むも~」「はいー」


ふたりの答えを聞いて、

アーリィは牧場主の家に向かって歩き出した。

ニューがカッコつけた(鳴き)声で言ってついていく。


――神官さん、オイラもついていくぜ。


日が傾き始めた空の下、

神様とレッちゃんのふたりが広々とした牧場に残った。


するとレッちゃんは神様のそばに座って聞く。


「神様ー、さっき発声練習を

『告白大会』なんて言いましたよねー?

 なんでですー?」


「えっ、だって、好きなことを叫ぶって、

『告白』みたいって思ったから……」


レッちゃんの質問に神様は考えながら答えた。

レッちゃんはさらに神様の考えを探るように聞く。


「ここで言う『告白』ってー、

 好きなひとに『好き』って言うことですよねー?

 神官さんが『街が好き』『牛乳が好き』って告白と違いますよー」


「そ、そうだったも~。

 あはは、わたしなんでそんなふうに言っちゃったのかも~?」


勘違いだとレッちゃんに言われて、

神様は恥ずかしくなってきた。


レッちゃんはさらに顔を近づけて、

ささやくような声で聞く。


「もしかして……、自覚ないんですか?」

「もぉ!? な、なんの自覚……?」


神様は上ずった声を上げてレッちゃんに聞いた。

レッちゃんはニヤニヤとしたまま神様の質問に答えようとしない。


(わたしに神の自覚があるのか聞いてる?

 ううん、アーリィならともかく、

 レッちゃんがそんなこと聞くも~?

 アーリィだってそんなことわたしに聞いたことないし……。

 でも他にわたしが自覚したほうがいいことってあったかも~? あっ――)


「もしかして、わたしが

 ダイエットする気があるかどうかを聞いてるもぉ?」


少し考えて神様はレッちゃんに恐る恐る聞いた。

自分でダイエットすることを言っておきながら、

大声を出すことを『告白大会』なんて言ってしまったことから、

やる気を聞かれてるのではと思ってのこと。


「ん~、近からず遠からずーでしょうか。

 神様のダイエットへの意気込みを疑うことはしませーん。

 けどー『ダイエットをする』意味について、

 もう少し考えてもいいかもですねー」


「もっとがんばれってことかも~?」

「そんな感じですねー」


別にレッちゃんは怒っているわけではなさそうだった。

だが神様は顔に影を落とす。


(まだまだがんばりが足りない……。

 でも体力がないから、運動をこれ以上増やすのは難しい。

 だから運動以外でダイエットにつながることを考えよう)


――神様! レッちゃんさん! おまたせしましたぜ!


考えていると、ニューの力強い鳴き声が聞こえてきた。

レースのために鍛えたニューが牛車を引いてやってくる。



「へー、馬車よりも乗り心地いいかもー」


ニューの牛車に乗ったレッちゃんは明るい声で感想を言った。

レッちゃんの声を聞いたニューは嬉しそうな鳴き声を上げる。


神様は幌から顔を出して夕焼け空を眺めていた。

ニューがレースのために鍛えていたからか、

牛車は神様の思ったより早く住宅街に入る。


すると腹の虫をくすぐるような

おいしそうなシチューの香りがした。

食事の前にまたお風呂で汗を流したいという気分に食欲が勝つ。


(今日もいっぱいご飯が食べたいも~。

 パンにシチューをつけて、

 マヨネーズとサラダ、牛乳いっぱい……)


まだ分かってもない今夜の夕飯のことを考えた。

食事は神殿の食堂で取るので、

メニューは食堂のおばちゃんにおまかせだ。


裕福な街というわけではなく、

神様だけが特別な料理を食べることはしない。

それに神様は豪華な食事より、みんなと同じ食事を、

いっぱい食べられるほうが好きだ。

今日もいっぱい食べることを想像していると、

神様は当たり前のことに気がついてつぶやく。


「そっか、食べるから太るんだ」

「うん? どうしたんです?」


神様のつぶやきを聞いて、アーリィは声をかけた。

牛車の乗り心地を味わっていたレッちゃんも、神様に顔を向ける。


「レッちゃん、ご飯の量を減らすって……

 効果あるかも~?」


真剣な声で神様はレッちゃんに聞いた。

レッちゃんは珍しく少し眉を潜めて答える。


「んー、レッちゃんはあまりオススメしませんねー。

 もちろん暴飲暴食なんて言っちゃうくらい

 食べてるならダメですけどー」


「わたし、いっぱい食べていっぱい飲んでる方だと思ってたんだも~。

 だからこれを見直したら、

 痩せて運動も大変じゃなくなる気がするも~」


「まあ、神様がたくさん食べて飲んでることは否定しませんけど、

 俺はなんだかうまくいかない気がします」


アーリィもレッちゃんと同じく、

賛成できないと眉を潜めて言った。

牛車の前からニューの声が聞こえる。


――神様、牛はいっぱい食べてなんぼだ!

 運動するならなおさらだぜ!


「今のわたしは神なんだもー。

 牛とは……どう違うんだもぉ?」


「でもでも、ニューくんの理屈は

 ひとにも当てはまりますよー。

 激しい運動をするからこそ、いっぱい食べるとか、

 いいものを食べる必要がありますねー」


レッちゃんは運動を教えるのと同じ口ぶりで、

ニューの言葉に付け足した。

ニューがまた嬉しそうに鳴き声をあげる。


「わたしの食事を一番見てるアーリィは、

 たくさん食べて飲んでることを認めたも~ね?」


ニューをスルーして神様はアーリィに顔を向けて聞いた。

アーリィは淡々と答える。


「はい。あ、レッツさんたちにお断りしておきますけど、

 飲んでるのはお酒じゃなくて牛乳ですよ。ご心配なく」


「だとしても~、

 いつも食事大盛りにしているのを普通盛りにするくらい、

 したほうがいいって思ったんだも~。

 今晩から減らすも~!」


神様はぐっと力のこもった腕を見せて宣言した。

レッちゃんは小さく拍手を送る。


「おー、そこまで決心が硬いのであればー、

 レッちゃんからこれ以上言うことはありませんねー。

 料理のことになると早口になる知人エルフがいるせいで、

 ダイエット料理とかは専門外ですしー」


「レッちゃん、なんか苦いコーヒーを

 飲んだみたいな顔したも~。なにかあるも~?」


「なんでもないですよー」

そう言ったレッちゃんはぷいっと進行方向を向き直した。

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