2-3 神様だって牛乳好きなんだ

「いいですねー。

 好きなことなら叫びやすいし、

 言うことで幸せになりますよー」


レッちゃんは興奮した声でアーリィの提案を認めた。


神様は、レッちゃんが『好きなもの』に

興味津々なのだと声だけでなく、

目の輝きで感じられる。


――オイラが好きなのはレッちゃんさんだぜ!

 あ、神様今のは内緒にして!


「ニューには聞いてないし、別に言うつもりないも~」


神様は文句を言ってからうつむいて考えた。


(でもなんでアーリィはそんなこと思いついたも~?

 まー、なんて間抜けな声で叫びたくないっていうのもあると思う。

 わたしの顔を見て思いついたってことは、

 わたしが『好きなもの』を気にしてるのかも~?)


確認するためにアーリィの顔を見る。

するとアーリィは目をそらした。

もう一度アーリィの顔を追う。


「……俺に聞かなくても、

 神様は好きなものくらいすぐに思いつくでしょう?」


「アーリィはすぐに思いつかないも~?」


「はい。俺の好きなものの中に、

 人前で、ましてや大声で言えるようなものが

 ぱっと思いつきません」


アーリィは腕を組んでぷいっとそっぽを向いた。

これ以上は聞いても話してくれなさそう。


「じゃーあー、神様の好きなものを叫びましょー。

 なんですかー? 教えてくださいよー。

 あ、レッちゃんはかっこよくて

『特別な素質』を持った男性でーす」


レッちゃんは聞いてもないのにそんなことを言った。

神様は体をビクッと震えさせる。


(ええ、かっこよくて『特別な素質』を持ってるなんて、

 それってアーリィのこと?)


神様は詳しく聞こうにも、

どう聞いたらいいか分からず、

ただレッちゃんの顔を見つめるだけだった。


レッちゃんは神様がどう悩んでいるのか

分かっているかのように、

ニヤニヤとしながら神様を見つめている。


――ん~、それってオイラのことか!


急にニューはそんな(鳴き)声を上げた。

神様は体の力が抜けてガックシと肩を落とす。


「ほらほら、ニューくんも

『僕のこと好きじゃないのかも~』って聞いてますよー」


「この子は自分のこと『オイラ』って言うも~」


「それはともかく、先日、

 神様は牛乳をおいしそうに飲んでたじゃないですかー。

 だから『わたしの好きなものは牛乳―』

 って叫べばいいんですよー。

 なんのやましいことはありませんー」


「確かに……」


「はい、ご納得いただけたところでー、

 いい感じに声を出す方法をお教えしますよー。

 神官さんも叫ぶことが思いつかなくても、

 いっしょにやってくださいねー」


レッちゃんは仕切り直すように

手を叩いて神様とアーリィに言った。

そこでふたりは(ニューも)レッちゃんに目を向ける。


「街の方を向いてー、足を肩幅に開きまーす。

 余計な力を入れず、楽にしてくださいねー」


「も~、でもなんか緊張しちゃう」


「でしたら、地面についている足やお腹を意識してくださーい。

 特にお腹は力を入れることになるので、

 今から意識をしておきましょー」


説明をしながらレッちゃんは、

説明したとおりの姿勢になった。


神様とアーリィは準備運動と同じ様に

レッちゃんの姿勢をマネする。


「お腹に手を当ててー、

 アーリィさんはもう少し下、腹筋に手を当ててー」

「ここか」


「そうしましたら、まずは息遣いの練習からしましょー。

 息を吐いてー、お腹を凹ませて、

 肺を腹筋で押し上げる感じでー。

 神様、まだお腹に空気が残ってますよー」


「ふも~……っ」「ふー……」


「はい、お腹のちからを緩めると息が吸えますー」


「ほぉ~」「すぅ」


「この息を思いっきり吐き切るのとー、

 大声を出すのを同時にするとー、

 とってもいい声がだせますよー」


「これ、思った以上に大変も~」


神様は腹痛を起こしたようにお腹を抑えて、

背中を丸めた。

アーリィも疲れたからか、肩で息をしている。


「普段からこの呼吸法が身につくと、太りにくい体になったり、

 素質があるとデーモンスレイヤーになれたり、

 生命エネルギーの循環を良くして老けない体になったり、

 普通のひとにはできない芸術的なポーズがとれたりするって

 古代英雄譚にも書かれてるんですよー」


「そ、そこまでなれたらすごいけど……。

 未熟な神と普通のひとには無理も~」


「呼吸法には無限の可能性があるってことですよー。

 デーモンスレイヤーにならなくても、

 太りにくい体になることはできますから、

 がんばりましょー」


レッちゃんは言いながら神様とアーリィの横に動いた。

神様が釣られて横に体を向ける。


「はい、次は本番、大声を出しますよー」


言いながらレッちゃんは、

神様の肩を持って正面に動かした。

神様の視界に自分の神殿や街が見える。


「神殿に声を届けるくらいの気持ちで叫びましょー。息を吐いてー」

「もぉ……」


教わった通り神様は、

お腹に力を入れてもう出ないと思うほど息を吐いた。

レッちゃんは神様のお腹を触って言う。


「まだ出せまーす」

「もっ……もぉ」


さらに神様は絞るように息を吐いた。

本当にこれ以上は出ないと思ったとき、

「吸って」


「ほぉっ」

レッちゃんの声を合図に神様はお腹の力を緩ませた。

自然と空気が肺に取り込まれる。


「いいですねー。

 今みたいにお腹を凹ませながら声を出しましょー。

 さんはい」


「わたしはこの街の牛乳が好きいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」


神様自身思ってもないほど大きな声が出た。

アーリィは口癖の『まあ』ではなく

『もお』の口になって神様を見つめる。


叫び声に合わせて、

牧場中の牛たちは応援と喜びの鳴き声を上げた。

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