2-2 神様だって叫ぶんだ
「って牧場まで来たら、
昨日の四分の一と同じくらい歩いたことになるも~」
神様は牧草の上に座り込んだ。
レッちゃんは座り込んだことに何も言わず、
牧場主の家を指差す。
「今日はこの牧場で運動をします。
レッちゃんは牧場主さんに話をしてきますねー」
「俺も行きます。
神様はここで休憩しててください」
「牧場主さんには昨日のうちに話ししてあるのでー、
柵を開けてもらえれば結界も大丈夫ですけどねー」
アーリィとレッちゃんは
そんな話をしながら歩いていった。
神様は楽しそうなレッちゃんの後ろ姿を見て悔しい顔をする。
「も~、置いていかれた気がするも~。
もっと痩せていれば、体力があったら……
それができたら最初からこんな苦労しなくて済んでるも~」
――神様また来たー。
もおもおと神様が文句を言っていると、
牧場にいる牛が近づいて(鳴き)声をかけた。
それを聞いてか数匹の牛が寄ってくる。
――今日は走ってない?
「うん、何をするかはちゃんと聞いてないけど、
今日はここで運動することになったも~」
――仕事に運動にご苦労様だ。
――あたしたちは乳出して、荷物運んでいればいいけど、
神様は大変なことをしていらっしゃるので、尊敬します。
――聞きました? 牧場に天使が着たって……
神様と牛たちが話をしていると、
勢いよく若いオス牛が他の牛に割り込んで来た。
一際大きな(鳴き)声で神様に聞いてくる。
――神様! さっき神官さんのヤツと
いっしょにいた美人エルフは!?
「レッちゃんって言うエルフだも~。
わたしに運動を教えてくれるインストラクター?
って仕事をしてるらしいも~」
――ニュー、あんた昨日神様と走ってたの見てなかったのかい?
――牧場の天使にも興味ないっていうし、なにしてるんだ?
――オイラは牛レースで世界を取る練習をしてたんだ!
だが、あんな美人を載せられるなら
牛車の仕事をしてもいいかもしれないな!
ニューというオス牛は
自慢げな鳴き声を上げながら近寄ってきた。
他の牛たちより足が細いが筋肉質で頑丈さを感じる。
さらに普段から角も態度も前傾姿勢で、
今も他の牛たちに細い目を向けられていた。
当然ニューは周囲の目を気にしないで鼻を鳴らす。
「神様、こんにちは。
お疲れなのに、うちの牛たちの話にお付き合いいただき、
ありがとうございます」
そんなニューたちのいるヒューマンの牧場主は、
のほほんとしつつも気を使った言葉を神様にかけた。
アーリィとレッちゃんも牧場主に続いて戻ってくる。
「こんにちはも~。牛たちの話を聞いて、
わたしも元気をもらったからお互い様も~」
神様は立ち上がって牧場主の挨拶に答えた。
神様に礼を言うように牛たちも鳴き声をあげる。
「今柵を開けますので、
牧場はご自由に使ってください」
「ありがとうございまーす」
「いえいえ……」
言いながら柵を開けた牧場主は口元をニヤケさせた。
すると先程から騒がしくしていたオス牛のニューが
うるさい声をあげながら、レッちゃんに寄っていく。
――あるじ! なにレッちゃんさんにデレデレしてるんだ!
ささ、レッちゃんさん、オイラが案内するぜ!
「あらあら、人懐っこい牛さんだー。
神様、この子なんて言ってます?」
「その子はニューって言うも~。
レッちゃんさんを案内するって」
「うれしー。じゃーあー、
この牧場で見晴らしのいい場所をー、
教えてほしーなー」
レッちゃんはモテてるのが
嬉しそうな声でニューに言った。
ニューはさわがしい鳴き声を上げて、
レッちゃんを先導する。
「さ、ニューくんの案内してくれる場所が、
今日の運動場所になりますよー」
#
広い牧場を少し歩いて丘になっている場所にやってきた。
周囲には神様たちより背の高い木などがないので、
街の中心にある神殿と周辺の建物を望むことができる。
「いいねー。思ってたよりいい場所があるじゃーん。
ニューくん、教えてくれてありがとねー」
――レッちゃんさんに褒められた!
このままレッちゃんさんの牛車として雇ってくれてもいいですぜ!
「えへへー。牛の言葉は分からないけど、
ニューくんが誇らしくしてるのが分かるよー」
ニューの勇ましい鳴き声を聞いて、
レッちゃんはコクコクとうなずいた。
神様はニューの言っていることを聞いて、
少し目を細める。
(なんか調子に乗ってる。
レッちゃんのこと好きになったのかも~?)
「それで、今日はここで何をするんでしょう?」
「はいー、今日はここでー、
発声練習――つまり大きな声を出しまーす」
アーリィに聞かれて、
レッちゃんはさらに機嫌の良さそうな声で答えた。
神様は首を傾げてレッちゃんに聞く。
「声を出すのだけで、運動になるも~」
「なりまーす。普通に喋るみたいなのじゃなくてー、
この牧場全部に聞こえるくらいの大声を出すんですよー。
お手本聞かせますねー」
するとレッちゃんは息を吐いてから
『すぅー』っと分かるほど強く吸って、
「もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおー」
教える側だけあってレッちゃんの声は、
神様の思った以上に大きかった。
本当に牧場全体に響き渡ったかのようで、
声を聞いた牛たちが一斉にこちらを見ている。
――レッちゃんさん素敵な声!
案内してからもずっとレッちゃんのそばにいたニューは、
絶賛の(鳴き)声を出した。
レッちゃんはクスクス笑ってから説明をする。
「こんな感じでーす。
もちろんいきなりこんな声を出せっていうのは難しいですしー、
大きな声を出すお腹の運動って
考えていただければいいですよー」
そう説明するレッちゃんのおでこに汗が一滴たれた。
昨日のマラソンでも余裕のレッちゃんが、汗を流している。
「ただ声を出すことが、
実は大変な運動になるってことは分かったも~」
「はい、今日だけで二回も俺の認識が覆って、驚きました」
神様とアーリィは、
気を引き締めたように言った。
レッちゃんは汗を拭いながら言う。
「そんな緊張しないでくださいよー。
余計な力が入ってるといい運動になりませんからねー。
おふたりとも息を整えましょー。
まずは吐いてー」
「ほぉ~」「はー」
「お腹に手を当てて、
お腹を風船だと思って膨らませまーす。
お腹が大きくなっても太ったとか思いませんから、
安心してくださーい」
「すぅ~」
「ふぅー」
「お腹に力を入れて、息を出し切ってー」
「ほぉ~~~」
「はーーーーー」
「吸ってー」
「すぅ~」
「ふぅー」
「はい、声を出してー」
「って、なんて言えばいいか分からないも~」
神様は吸った息とともにレッちゃんに質問を吐いた。
アーリィも同じ様に思ったようで、
息だけを大きく吐いてレッちゃんを見る。
「レッちゃんと同じでいいんですよー。
レッちゃんは神様が真似しやすいように
『もー』って声を上げたんですからー」
「も~、いっつも言ってるけど、
意識して言うのはなんか恥ずかしいも~」
「『もー』も『まあ』も、
出しやすい音なんですよー。
おふたりの口癖をそのまま叫んでもらったほうが、
いい声になるんですからー」
「俺もですか?」
自分も巻き込まれたとアーリィは目を丸くして聞いた。
レッちゃんはアーリィにいたずらな笑みを見せる。
「そうですよー。神官さん、
神様にお手本を見せてあげてくださーい」
「いやだって、俺の口癖は鳴き声じゃないし……」
アーリィは言い訳を考えているように
目をそらしながら言った。
神様はアーリィにお手本を見せてほしいと泳ぐ目線を追う。
「そうだ、別に鳴き声じゃなくても、
自分の好きなものを叫べばいいんです」
逃げられる場所を見つけたような声でアーリィは言った。
神様はちょうどアーリィと目が合い、
心臓が揺さぶられるような衝撃に声を上げる。
「もぉ!? 好きなもの!?」
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