2-1 神様だって『英雄のポーズ』するんだ

「はい、二着目の体操服です」


次の日、レッちゃんは

昨日と同じ様に謁見の間にやってきた。


体操服の入った布袋を、

神様とアーリィに差し出す。


「うう、昨日みたいな大変な運動じゃないといいも~。

 足の痛みもちょっと残ってるし」


それを見て神様は顔を落とした。昨日、神様はアーリィの励ましにうなずいたが、いざやるとなると不安は生まれた。


「今日は足を動かさない運動をしますよー。

 ご心配なくー」


「ならこれに着替えなくていいんじゃないのかも~?」


「いいえー、動きやすい格好をすることに

 越したことはありませんよー。


 ささ、今日は運動するだけでなくー、

 一度覚えると太りにくくなることを教えますからねー」


レッちゃんはじゃれるような動きで、

神様を回れ右させて背中を押した。


レッちゃんの言ったことが気になった神様は、

眉をひそめつつつぶやく。


「一度覚えただけで、

 太りにくくなること……。分かったも~」


神様は着替えるために奥に引っ込んだ。

ふとアーリィを見ると

『やってみましょう』と言った感じでうなずく。


(昨日、お風呂に入れてもらって、

 マッサージしてもらって、励ましてもらった。


 アーリィはちゃんとできると思ってくれている……と思う。

 だからわたし、神様としても

 ひとにいいところを見せるという意味でも、

 やってみるも~)


そう思いながら着替えてレッちゃんの前に戻ってきた。


着替え終わったアーリィは神様をちらりと見て、

間が悪そうに目を泳がせる。


(う~、でもこの格好だと、

 アーリィはわたしのことを太ってると思ってイヤなのかも~。

 太ってるわたしといっしょにいたくない?


 でもわたしをダイエットさせるために、

 いっしょにいてくれる?)


神様も気まずそうな顔をして目を泳がせ始めた。

レッちゃんはふたりの顔を

交互に見つめてからニヨニヨと笑う。


「まだお互いに恥ずかしがってるんですかー?

 その調子だと、今日の運動は大変かもしれませんよー?」


「恥ずかしがってると大変な運動ってなんだも~。

 もしかしてえっちな踊りをさせるとか……」


「そんなことさせたら、

 神様の腰が折れちゃいますよー。

 とにかく移動しまーす」


「では、目的地を教えてください。

 牛車を手配しますので」


「神官さん、それだと運動になりませんよー。

 そんなに遠くないので歩きましょー」


レッちゃんは言いながら

足を進めて謁見の間を出ようとした。

神様はレッちゃんの袖を引くように声をかける。


「も~、足は使わないって言わなかったかも~?」


「『運動では』ですよ。

 あ、先に準備運動していきましょーか。

 そうしたら歩くのも楽かもしれませんねー。

 中庭へ行きましょー」


「そういう問題じゃないもー」


言いながらも神様は

レッちゃんとアーリィに続いて中庭に出た。

寝転がったら心地の良さそうな芝生の真ん中に立つ。


「はーい、昨日と同じよーに、

 レッちゃんと同じ動きをしてくださいねー」


レッちゃんはピンとまっすぐな姿勢になった。

昨日の神様はレッちゃんと同じ様な

きれいな姿勢になるよう力んだが、

今日はそんな気になれない。


「神様、体のちからが程よく抜けてていいですねー」

「疲れてるだけだもー」


「神官さんはレッちゃんのこと

 ちゃーんと見てて偉いですよー」


「俺も準備運動を学んでおけば、

 神様に指導できるって思ったので」


「それじゃー、レッちゃんのことも見てくださいねー。

 両手と右ももを同時に上げてー、下ろしまーす。

 次は両手と左ももを上げてー、下げてー。

 これを交互にー。いっちにーさんしー」


「もぉ、もぉ、も~、もぉ」

「ごう、ろく、しち、はち」


「おふたりとも昨日よりできてますねー。

 にーにーさんしー」


「もぉ、もぉ、も~、もぉ」

「ごう、ろく、しち、はち」


「はーい、次は足の裏を手に付ける運動ー。

 いっちにーさんしー」


「もぉ、もぉ、も~、もぉ」

「ごう、ろく、しち、はち」


「準備運動最後は重心を前に傾ける『英雄のポーズ』。

 いーち、にーい、さーん、しーい」


「もぉ~、もぉ、も~、もぉ」

「ごう……ろく……しち……はち……」


「ゆっくり姿勢を戻してー、準備運動かんりょー」


レッちゃんは清々しい朝を迎えたような声で言った。

対して神様は夕日を見つめるようなため息をつく。


「やっぱり最初の運動だけで疲れるもー」


「体力がつくと慣れてきますよー。

 こうして運動に慣れることが、

 ダ――体型を整えることにもつながるんですよー」


レッちゃんは言い直しつつも神様に説明をした。

周囲には物珍しそうな顔をした

神殿の職員たちがこちらを見ている。


中には見様見真似で同じ動きをする食堂のおばちゃんもいた。

この運動で、肩が軽くなったのを実感したように腕を回す。


「神様のためにも、一度息を整えましょうかー。

 お腹に手を当てて、ゆっくり口から吐いてー。吸ってー」


「ふも~」


「神様ー、吸うのではなくー、

 吐くことの方にー、意識を向けるといいですよー」


「ふー、どうしてー、ふー、だもー?」


「肺の空気がなくなるとー、

 無意識に吸おうとするんですよー。

 ですからー、片方だけに意識を向けるだけでー、

 ふかーい呼吸ができちゃうんですー」


「なるほど、これが腹式呼吸……。

 やり方が分からなかったけど、こうすればいいのか」


レッちゃんの説明を聞いて、

アーリィは納得をつぶやいた。


アーリィが実践するのを見て、

レッちゃんはウキウキと褒め言葉をあげる。


「神官さんすごーい。

 腹式呼吸もご存知なんですねー」


「神官であれば、人前に出て

でかい声で喋ることもあるからって、教わりました。


でも結局よく分からなかったので、

改めて教わることができて、ありがたいです」


「えへへ……神官さんのお役に立ててよかったです」


テレテレした顔でレッちゃんは言った。

アーリィは相変わらず堅苦しい顔をしているが、

神様は口をとがらせる。


(これじゃまるで、

 わたしはアーリィの役に立ってない感じするも~。

 実際、わたしはいるだけ神様になっちゃってるから、

 あってるのかもだけど……)


「この息遣いは今日の運動に使うのでー、

 神様も今から覚えておいてくださいねー」


「分かったも~!」


「おっ、良い返事ですねー。

 神様もやる気になったところで目的地まで移動しますよー」

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