1-9 神様だって恥ずかしいんだ

「アーリィ、おも――大変じゃないかも~?」


神様は自分をおんぶしてくれているアーリィに、

言葉を選びつつ聞いた。


本当は『重くないか』と聞こうとしたが、

本当に『重いです』と言われてしまうのが怖い。


なのでこのような聞き方になった。

アーリィは正面を向いて、

神殿の廊下を歩きながら答える。


「聞くぐらいなら、

 おんぶしてほしいなんて言わないでください」

「ごめんも~」


すぐに神様は謝った。

しょぼんとしてアーリィの背中に顔を埋める。


(うう、やっぱり重いんだも~。

 でも動けなかったのは本当だし、

 アーリィの言う通り待ってるのは絶対寂しいし、

 嫌われる理由が増えた気がするも~)


そう思って神様は

ギュッとアーリィにくっつく腕に力を入れた。

するとアーリィはちらりと神様を見て言う。


「まあ、今こうして考えると、

 あのまま神様を置いてくのはなんか良くない気がします。

 なんで、これでいいです。

 謝らないでください」


「……も~」

謝るなと言われた直後なのに、

神様は謝りそうになったので、

言葉の代わりに鳴き声で答えた。


それでよかったのか、

アーリィはまた前を向く。


途中神様とアーリィの着替えを取ってきて、

神様はアーリィにおんぶされて脱衣所までやってきた。

脱衣所の戸を開けるとアーリィは緊張した声で言う。


「まさか服を脱ぐのもやってほしいとか言わないですよね?」


「それは言わないも~。

 着るのときも自分でやったも~」


神様の答えを聞くと、

アーリィは安心して息を吐き、

神様をゆっくりと下ろした。

すると神様は慌てた声を出す。


「痛い痛い痛いも~」


「子供っぽいですが、

 座って服を脱いでください。

 今カゴを持ってきます」


アーリィに言われて神様は

脱衣所の床にぺたんと座り込んだ。

すると痛みは和らぎ、ふとももに床の感触が伝わる。


「床がひんやりとして気持ちいいも~」


「かといって、床に寝込んだりしないでください。

 レッツさんも体を冷やさないよう言ってますし、

 ナマケモノみたいですよ」


「わたしは牛神だも~」


「牛って言ったらそれはそれで

『も~も~』言うじゃないですか」


文句に文句を返しながら

アーリィは洗濯物を入れられるカゴを差し出した。

すぐに神様の視界から外れる。


「アーリィ、なんでわたしの見えないところにいるも~?

 このままわたしを置いてどっか言っちゃうも~?」


「神様と神官の関係とはいえ、

 女性が服を脱ぐのを見るわけにいかないからです。

 俺は神官ですから、

 神様を置いてどこかに行くわけないでしょう」


「うん、その通りだも~」

 それを聞いて安心した神様は服を脱ぎ始めた。


「ん~、っしょ~。

 胸が大きく、服がひっかかるも~」


「そういうことは言わなくていいです」


「このブラも、今更ながらすごいきついも~。

 でもこれはおっぱいを痛くしないため

 って分かるから仕方ないかも~」


「だから、そういうのは言わなくていいです」


アーリィは二度も神様のぼやきに、

言いづらそうな文句を飛ばした。

神様はブルマを脱ぎながら不思議に思って聞こうとするが、


「なんで――痛い痛い痛いも~」


足を動かしたとき、

筋肉痛に響いて声を上げた。

アーリィは呆れたような声でつぶやく。


「なにやってるんですかも~……」

「それはわたしの口癖も~」


神様は筋肉痛をこらえながらブルマとパンツを脱いだ。

自分の体が汗でひんやりとするのを感じ、

アーリィを呼ぶ。


「アーリィ、服脱いだかも~?

 早くお風呂に入れてほしいも~」


「なんか今日の神様、わがままじゃないですか?」


「筋肉痛と疲れて動けないからだも~」


「日頃運動しておけば、

 こんなふうにならなかったでしょうに。

 はい、背中に乗ってください」


文句を言いつつ、

なのに間が悪そうな声でアーリィは神様の前にやってきて、

背中を見せた。神様は甘えるように背中に乗る。


「ところで、アーリィはなんで腰にタオル巻いてるも~」


「ヒューマンは裸を見られるのが

 恥ずかしい種族だからです」


神様は不思議そうに聞く。

まるで答える気がないような、

適当な言い方をしながらアーリィは神様を背負って浴室へ。


この浴室は神様専用であるものの、

一般家庭より大きく作られていた。


他の街の職人に引いてもらった水道設備や

魔法でお湯を温める仕組み、

さらにこの街の近くでは取れない石が使われているので豪華さを感じる。

おまけにこの石は水などで滑らない。


アーリィは神様を浴槽の前で下ろし、

桶を取ってくる。

「お湯をかけます」


なんだか難しい計算を終えたかのような声で、

アーリィは言った。

神様の頭からていねいにお湯が流れる。


「もぉ~。温かい~。

 お風呂がこんなに気持ちいいのは、

 久しぶりかもしれないも~。

 それにアーリィにお世話してもらうのも久しぶりだも~」


神様はまったりとしすぎた

フニャフニャの声でつぶやいた。

対してアーリィは特に気にせず淡々と答える。


「まあ、そうかもしれないですね。

 最後にしたのはいつだか忘れましたけど」


「わたしは覚えているも~。

 神殿を建てたすぐあと、

 こうしていっしょにお風呂に入ったも~。

 それ以来いっしょに入ってくれなくなったけど」


不満そうに口を尖らせて神様は言った。

アーリィは返事代わりか

黙って神様にもう一度お湯をかける。


「神様があまりにわがままを言うので入っただけです。

 シャンプーしますよ」


「も~」

アーリィの手が神様の髪に触れると、

神様は甘えるような返事をした。


いつも使っているのと同じシャンプーだが、

今日は特別いい匂いが漂う気がして、

神様はスンスンと鼻を動かす。


「髪洗ってもらうの気持ちかも~」


「いえ、本当なら、

 入浴のお世話を担当するひとを雇うべきです。

 けど、俺たちの街にそんな余裕も、専門家もいない。

 かといって裸を恥ずかしがるヒューマンの俺が、

 毎日するのは大変です。恥ずかしさで死にます」


ぶつぶつと言いながらも

アーリィの手はとても優しく神様の髪を撫でていた。


決して上手ではないだろうし、

慣れているわけでもないのは神様も分かる。


「でも、アーリィの洗い方、

 とってもいいってわたしは思うも~」


嬉しさが伝わるように、

優しさに答えるように神様は言った。


アーリィが器用なのと、

神様の髪を慎重に扱う心遣いを感じる。


(アーリィ黙っちゃった。

 ねぎらうつもりで言ったけど、

 やっぱりアーリィも疲れてるのに

 わがまま言い過ぎちゃったかも~)


そう思って神様は顔を落とした。

ちょうどアーリィの手が離れる。


「アーリィ、わたし――」

「シャンプーを流します」


神様の言葉はお湯でシャンプーごと流された。

不安の代わりに不満の鳴き声がでる。


「も~、わたし言いたいことがあったのに~」

「もう一回かけたら言ってください」


宣言どおりもう一度お湯が流れた。

牛なのに犬や猫のようにプルプルと首をふる。


「はいどうぞ。言ってください」


「もういいも~。

 ちょっと動けるようになったから、

 自分でお風呂入るも~」


すねた声をあげながら神様はお湯に浸かった。

すると不満が溶けるように神様は体の力が抜けるのを感じる。


「もお~」

「あとすることはないので、ゆっくり休んでてください」


気の抜けた神様の声を聞いて、

アーリィはそう神様に伝えた。


自身もお湯をかぶって浴槽へ入る。

もちろんアーリィは腰に巻いたタオルはとっているが、

神様はアーリィが妙に離れていることに気がついた。

声をかけつつ手招きをする。


「もっとこっちに寄るも~」

「広いのにその必要あります?」


「じゃあなんで普段はそばにいてくれるも~」

「そりゃ、神様の身を守るためとか、仕事のためとかですよ」


「なら今もそうしたほうがいいんじゃないかも~」

「……まあ、そうですね」


アーリィは神様の言葉を聞いて、

渋々ひと一人分だけそばに動いた。


神様もアーリィに寄ると、

何故かアーリィはまたひと一人分離れる。


「だから、なんで離れるも~」


「これが適正距離だからです。

 これ以上はお互いの体が見えてしまいますし」


「ああ、そっか」

神様はアーリィの言葉に思うところがあり、

その場にとどまった。

うつむいてお湯越しに自分の体を見つめる。


(わたし、ダイエットが必要な体だった。

 だからアーリィはあまりひとに見せるものじゃない

 って言いたいんだも~)


思いながら自分の胸に触れた。


自分は牛神なのだから、

胸も大きいのだと思っていたが、

こういうところも太っている証拠なのだと感じる。


マラソンをしていたときは、

ややキツめのブラで抑えていたほどだ。


次に神様は太ももに触れた。

こちらも牛らしいと言い訳していたが、

限度があるということだろう。


なんとなくもんでいると、

アーリィが気を使って声をかけてくる。


「レッツさんも言ってましたので、

 あとでマッサージしましょうか。

 まあ、俺は専門家というわけではないので、

 効果は保証しませんが」


言われて神様は顔を上げた。

アーリィの方を見るとひと一人分そばに寄っている。


(まだアーリィに見放されたってわけじゃないも~。

 アーリィもがんばってほしいと

 思ってるからこう言ってくれるんだも~ね?)


神様はそう思いながらコクコクとうなずいた。

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