1-8 神様だって応援されるんだ

「景色が代わり映えしないも~。

 ホントに進んでるのか分からなくなってきた……」


前向きに走り出した神様だったが、

そう言いながら息を切らせ始めた。


どのあたりかなんとなくは分かるが、

具体的にあと何メートルかは分からない。

アーリィは特に気にすることもなくつぶやく。


「まあ、そういう場所ですし」


「西側を走ってもよかったですけどー、

 牧場もなければー、突き当たる場所がないのでー、

 もっと大変だったかもしれないですよー」


「うう、自分の街が大きくなってないのが分かって、

 余計につらくなってきたも~」


「街の発展と神様の運動不足は別の話ですので、

 分けて考えたほうが楽かと」


「わたしはアーリィみたいに賢く考えられないも~」


神様はも~も~文句を言い出した。

するとさらにも~も~と声が聞こえてくる。


「なんかすごいことになってるな」


「さっきの牛さんたちですかー?」


アーリィは思わずタメ口でつぶやき、

レッちゃんは物珍しそうに言った。


道と牧場を遮る柵沿いに、

たくさんの牛たちが群がっていた。

一面の緑に白黒の模様が浮かび上がっている。


――神様がんばってー。

――自分のちからで進めるなんてすごい。

――さすが俺たちの神様だ。

――自分も見習っていい牛車引きになりたいなー。


牛たちはも~も~と応援の鳴き声を上げていた。

さらに牛たちの後ろで、

牧場主が少し困った顔を見せつつ、

神様たちに手を振っているのが見える。


「応援が増えてますー。

 神様ってすごい慕われてるんですねー」


体力に大きな余裕のあるレッちゃんは

キャッキャ言いながら手を振った。


それが分かった神様は、

手を振り返さないわけにはいかず、小さく手を降る。


「やっぱり、外で運動してよかったです」


アーリィは牛の鳴き声にまみれつつも、

満足そうな声でつぶやいた。


それが聞こえた神様は

改めて自分を応援するために集まるたくさんの牛たちを見渡す。


どう言葉にしていいか分からないがとにかく嬉しい。


まるで牛たちに引っ張られているような力を感じる。


牛たちが集まったことで

変わらないと思っていた景色が変わった。

神様は楽しそうな笑みを浮かべながら足を動かす。


牧場地帯を進むと住宅街が近づいてきた。

こちらもさっきまでとは違う光景がある。


「あーかみさまー」

「がんばえー」

「ホントに走ってきたー」

「いっぱいはしれてうしさんみたいー」


今度は子供たちの声が聞こえてきた。

先程のように神様たちといっしょについてきてくれる。


「わたしにも神様が応援されてるって

 分かっちゃいますよー。

 子供にモテモテでいいなー」


レッちゃんは子供の声に紛れる幼い声をあげた。

子供たちの声に紛れて、

少しずつ大人の声も聞こえてくる。


「神様も運動は必要なんだな」

「俺も体動かしたくなってきた」

「神様ー、応援してまーす!」


いつの間にかひとが集まり道ができていた。

その道はもちろん神殿にまっすぐ伸びている。


「なんでみんな集まってるも~。

 アーリィ、なにかしたも~?」


「いいえ、俺も驚いてるので……」


「まるでマラソン大会ですねー。

 こんな光景、久しぶりに見るなー」


目をパチクリさせる神様とアーリィに対して、

レッちゃんはさらに楽しそうな声を上げた。


神殿に近づくにつれて、

ひとはさらに多くなっている。


(わたしの街ってこんなにひとがいっぱいいたのかも~)


そんなふうに思ってしまうほど、

ひとが神殿までの道を作っていた。

そこには荷物やひとを運ぶ牛も足を止めて神様を応援している。


――僕たちの神様なんだから走れるよー。

――子育て大変だけど神様に元気をもらったわー。

――神様はオレたちの希望なんだぞー。


たくさんの声に神様は

背中を押されるようなちからを感じた。


同時に自分の行動が街のひとや牛たちに

エネルギーを与えているような感じも覚える。

それは、


(まるで『ご利益』をあげてるみたいだも~。

 ご利益を配る儀式をしたことないから分からないけど……)


と神様は思った。

少なくとも神様として、

この世界に生きる存在として喜ばしいことなのは分かる。


おかげで神様は力強く足を進められた。

さっきまで出ていた大変さを感じる言葉は出てこない。


だからかアーリィとレッちゃんからも言葉がなかった。

ただ、神様の背中を見守るだけ。


よいよ、神殿に到着した。

最後にその階段がある。


神様は息を切らせつつも、

神殿の階段を登りはじめた。

一段一段しっかりと。


ひとの道は神殿までは伸びていない。

それでも神様を応援する声は神殿にまで届いている。


「神様、東の関所まで走ってきたってマジ?」


「最近うまくいかないけど、

 神様見て元気もらえたよ」


「俺も運動するべきか」


さらに神殿で働くひとたちや、

用があって立ち寄ったひとたちも、

手を止め足を止め、

窓から顔を出して神様に応援の声をかけている。


よいよ足が痛くなってきた。

でもあとちょっと。


「神様ー、急に止まらず

 ゆっくりと中庭まで進んでくださいねー」


階段を登り切ると

後ろからレッちゃんの声が聞こえてきた。

答える余裕のない神様だったが、

レッちゃんの言う通りにする。


出発地点である、

中庭の芝生まで着くと、神様はへたり込んだ。


レッちゃんも足を止めて、

全く疲れを感じない声をかける。


「ゴールでーす! お疲れ様でしたー」


「おつかれです……。俺もさすがに疲れた」


アーリィも神様の隣に座り込み、汗を拭った。

それを見て神様は嬉しそうに笑ってアーリィに伝える。


「アーリィ、いっしょに走ってくれてありがとう。

 アーリィがいなかったらわたし、

 走り切れなかったかもしれないも~」


「いえ、俺も、街のひとたちがあんなに神様を応援してるの見て、

 よかったなって思いますし……

 俺もいい運動になったし……」


神様がまっすぐとアーリィを見つめると、

アーリィが顔を赤くしてそらした。


レッちゃんは疲れてもないのに座り込んで、

神様とアーリィをニヤニヤと見ている。


「お熱いですねー」

「暑いんだも~」「暑いですよ」


神様もアーリィも当たり前のことを言われたと思って、

揃ってぼやいた。

レッちゃんは苦笑いする。


「そういうんじゃないけどー。

 お互い分かってないならいっかー」


レッちゃんはひとりなにかに納得したように言った。

心当たりはなく神様とアーリィは顔を合わせて確認し合う。


「それじゃー、今日の運動はここまでですねー。

 お風呂上がったあとに足をもんであげると、

 明日の筋肉痛を和らげてあげられるかもですよー」


「も~すでに明日痛いも~」


「いいですねー。

 すぐに筋肉痛が来るのは若い証拠ですよー」


「神様で若いのはあまりいい気しないも~」


「じゃー、神官さんはどうですー?」


レッちゃんは聞きながらアーリィの足に手を伸ばした。

なんだか手付きがいやらしいと神様は思って目を細める。

アーリィも同じ様に思ったのか、すぐに足を引っ込める。


「いえ、俺は立ち仕事で慣れてるので、

 疲れても筋肉痛にまではならないです」


「そーなんですねー。

 明日はまた違う運動するのでー、

 今日と同じ様にお待ち下さいねー」


「も~!? 大変だったから

 二、三日はお休みするんじゃないかも~?」


「足を動かすような運動はー、しませんよー」


「でも、体操服が汗でぐっしょりだも~」


「もちろんー、代えを明日持ってきますねー。

 神官さんの分もですよー」


「分かりました。

 今着てるのは、こちらで洗濯させてください」


「はいー、よろしくお願いしますねー」


「アーリィも~、

 勝手に話を進めないでほしいも~」


「ではではー、また明日ー。

 体を冷やさないうちにお風呂入って着替えてくださいねー」


言いながらレッちゃんは素早く駆けていった。


神様が上り下りに苦労した階段も、

レッちゃんは有翼人が空を飛ぶより

軽やかな足取りで降りていく。


「さて、とりあえず、

 お風呂ですね。浴室の準備をしておきますので――」


アーリィは言いながら立ち上がった。

すると神様はアーリィのショートパンツを握る。


「立てないも~。浴室まで連れてってほしいも~」


「ですので、ここで休憩してていいです。

 動けるようになったら浴室まで来てください。

 そうすれば、時間がちょうどいいと思います」


そう言ってアーリィは行こうとするが、

神様は手を離さなかった。

アーリィは顔を向けて要件を聞く。


「おんぶしてわたしをお風呂に連れてって、

 そのままいっしょに入ってほしいも~。

 レッちゃんの言った通りマッサージだも~」


「は?」

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