1-7 神様だってがんばれるかもなんだ
「牧場まで走ってこれたも~」
いっしょに走っていた子供たちが
飽きて別の場所に行ってしまった頃、
神様たちは牧場エリアへ入った。
道に沿って建てられた柵、見渡す限りの草原、
たまに見える木造の小屋、そして牛たちが目に入る。
「牛さんいっぱいいますねー。
やっぱり牛神様だからですかー?」
レッちゃんは知っているが、
神様やアーリィから説明が聞きたそうな声でそう聞いた。
神様に余裕はないと感じたアーリィは、
レッちゃんに仕事と同じ口ぶりで説明をする。
「はい。もともと神殿のあった場所も牧場で、
そこにいた一匹の牛が今の神様に転生しました。
当然ご加護やご利益を求めて、
ここで牧場を運営したいというひとが集まります」
「神様のご加護ってー、
牛さんやひとを勝手に街の外に連れ出せないってヤツですよねー。
なら、ご利益ってなんですかー?
牛さんが元気になったりとかですかー?」
「実はこちらの牛神様のご加護は分かってないのです」
アーリィはさも当然のことを説明する声で言った。
神様はしょぼんと肩を落とし、走るペースも落とす。
「そんなことあるんですねー」
「俺も神様とお会いして初めて聞きましたよ」
「も~」
「今のは神様の鳴き声? 牛さんの鳴き声?」
「わたし、神様としては未熟だから……」
神様は自信のない声でつぶやいた。
小さな声だが牧場に吹く穏やかな風に乗って
アーリィやレッちゃんにも聞こえる。
「まあ、神様と言ってもこの世界に生きる存在ですから。
発展途上なときは必ずあります」
「そうは言っても――」
未熟なままでは良くないと神様は目線を落とした。
街が発展しないままではひとが出て行ってしまうかもしれない。
「なんだか牛さんがいっぱい寄ってきますねー」
自信のない神様を気にするように
道の柵に沿って牛たちが寄ってきた。
神様が走るペースを落としたこともあり、
牛たちがいっしょに歩いてくる。
――神様、気を落とさずー。
――大丈夫です? 牧場の天使に撫でてもらいます?
――私達は牛乳出す以外できないけど、神様はがんばってるわよ。
――弟が先に牛車デビューしやがったが、自分も頑張ってる。
牛はそんなことを神様に言った。
神様は牛たちの顔を見て口を丸くする。
「神様に声をかけてるんでしょう。
ご利益とは関係ありませんが、
牛神様なので牛と話ができます」
アーリィはレッちゃんに聞かれる前に説明をした。
それから神様の横に出て、神様と牛の顔を覗き込む。
「当然俺は、牛たちの言葉が分からないですが、
神様を応援しているように見えます」
「ひとだけじゃなくて牛さんからも慕われてるなんて、
すごいですねー」
「そ、それほどでも~」
牧場の牛たちに加えてレッちゃんからも褒められて、
神様はテレテレした笑みを浮かべた。
走る足も少し軽くなりペースが上がっていく。
「おっ、神様の走るペースが戻りましたねー。
このくらいのペースで行きましょー」
「も~」
#
「や、やっと関所が見えてきた……」
牧場で牛たちの応援を受けた神様だったが、
そのテンションは長持ちしなかった。
牧場はとても広く体力がある牛といっても、
ずっと神様といっしょに来てくれるわけではない。
ここまで来るとアーリィの呼吸も乱れていた。
神様はアーリィを気にかけたかったが、そんな余裕はない。
「神様も神官さんも、もうすぐ折返しですよー。
体が冷えない程度に休憩しますからねー」
レッちゃんは本当に息を乱さず、
出発のときと同じノリで言った。
もちろん神様はレッちゃんの言葉に反応できずにいる。
#
関所は峠を塞ぎ街の境目になるように作られていた。
木だけでなく石レンガも組み合わせて作られた無骨な建物で、
山から降りてくる魔物や獣などを
寄せ付けないようにするための設計である。
「うう、ここに来ると風が冷たいも~。
いくらマラソンで熱くなっても、あの先はイヤも~よ?」
神様は風を感じて目を細めた。
この関所を境目に気候はガラリと変わる。
そのためこの関所の役割は、
街を守るためというより風よけが主な役割だった。
「分かってますよー」
レッちゃんはいずれ連れていくことを企んでいそうな、
いたずらな声で言った。
神様はそんなレッちゃんに文句を言おうと思うが、
別のものが目に入ってしまう。
「関所の警備員が、珍しそうにこっち見てるも~」
「まあ、神様が牛車も使わず街の端っこまでやってきたら、
俺だって気にします」
「大変なことが起こったって思われないかも~?
ううん、今も~十分大変だも~けど」
神様は息を切らせながら不安を口にした。
そうしているうちに関所の出入り口に到着する。
すると狼系獣人の男性警備員も
ハアハアと息を切らせながらやってきて聞く。
「か、神様? 神官さん?
えっと、なにかあったんでしょうか?」
「神様の運動不足解消のためです。
まあ、神様は大変ですけど、お気になさらず」
「ご、ご苦労さま?です?」
警備員は言葉であってるのか分からず、
疑問形でねぎらった。
神様はなんとか笑みを作ってうなずいて返す。
「あはは……もぉ」
「えっと、レッツさん、
こういうときの飲み物ってなにがいいんですか?」
「冷たすぎないお水でーす。
警備員さーん、お願いしまーす」
「あっ、はい!」
レッちゃんがウインクをしながら警備員に言うと、
警備員はしゃきっと背筋と耳を伸ばした。
それを見て神様は目を細めて思う。
(わたしの前ではしたことなかったのに、
なんだかレッちゃんの前でカッコつけてるみたいに見えるも~)
思ったことを言う体力はないので、
神様はお盆にコップを乗せて持ってくる警備員を眺めていた。
警備員は木の棒を追いかける犬の足取りなのに、
コップの水をこぼさず持ってくる。
「神様、お水をどうぞ」
「ありがとも~」
神様は目を潤わせてコップを受け取った。
すぐにコップに口をつけて水を喉に流し込む。
「あの神官さんと、えっと、そちらの――」
「神様に運動をお教えすることになった、レッツでーす。
レッちゃんって呼んでくださいねー」
「はいっ! レッちゃんさん!
と、ときめくお名前ですね」
「ふふっ、北の街に伝わる英雄譚みたいなセリフありがとー。
お水もごちそーさま」
レッちゃんは警備員に言いながら
水を飲み終わったコップを返した。
警備員は嬉しそうにキリッとした笑みを見せる。
「いえ、神様と街のお役に立つのが、
自分たちの仕事ですのでっ」
「いつもご苦労様だも~。
ところで、今日はやけにカッコつけてるも~」
水分を取って少しに元気になった神様は、
警備員にコップを返しつつそう聞いた。
アーリィも同じ様にコップを返しつつ木の緩んだ声で言う。
「そうだな。いつもは山から吹く風に
『寒い、寒い』って言ってるのに」
「気を引き締め直しただけです!
そ、それでは自分は仕事がありますのでこれで!
神様、がんばってください」
警備員は神様とアーリィに上ずった声で答えて、
関所に戻っていった。
コップはお盆の上で横になっている。
「ご苦労さまでーす」
レッちゃんは新しい友達と出会ったような声で、
小さく手を振った。
それから立ち上がって神様の方を見る。
「さぁ、神様、行きましょー。
冷たい風も吹いてますし、
ずっと休憩してたら体を冷やしちゃいます」
「も~、ここまで来るのも大変だったのに、
こんなに短い休憩で行けるも~?」
神様は不安を口にして立てなかった。
アーリィは先に立ち上がり、神様を見つめる。
「前にも言いましたが、
神様は遅くても足を止めずに進んだほうが良いタイプです。
必要以上に休憩すると動けなくなります」
「寝てると牛になるってことも~。
牛からすれば悪口だも~」
「それは食べてすぐに寝ると太るって言葉ですし、
行儀の悪さを指して言うものですよ」
言いながらアーリィは神様に手を差し出した。
神様は顔を上げてアーリィを見つめる。
「俺もできると言ったからには、
いっしょに走ります。がんばりましょう」
「分かったも~」
(そこまで言われたらやるしかないも~)
神様はアーリィの手を取った。
手に触れたとき神様は口を丸くする。
(普段はペンや書類を持つ
細く長い手がたくましく感じる……)
「神様、自分で立ってください」
アーリィはぼーっとしていた神様の手を引いた。
力の入った手がより強く神様の手を握る。
神様はぼーっとしつつも、胸の鼓動が早くなるのを感じた。
アーリィは不思議そうに神様の顔を覗き込み聞く。
「どうしました? なにか気になることでも?」
「なんだか、がんばれそうな気がするも~」
そう言って神様はしっかりと立ち上がった。
前向きな言葉と動きにアーリィは満足げにうなずく。
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