1-6 神様だって準備運動するんだ

中庭に出た神様たちは、生い茂る芝生の真ん中に立った。


日がよく当たり、神様たちの体を程よく温める。


「はーい、まずは焦らずにゆっくりでいいので、

 レッちゃんと同じ動きをしてくださいねー」


言いながらレッちゃんはピンとまっすぐな姿勢になった。


合わせて神様とアーリィも同じような姿勢を取る。

とはいえ、レッちゃんの姿勢はとてもキレイで、

それをマネしようと神様の体に力が入る。


「神様―、あまり力まずにー。

 余計な力がないほうがキレイに見えますよー」


「も、も~」


「神官さんも、神様ばかり見てないで、レッちゃんを見てくださーい」


「もぉ!?」「別に見てません」


レッちゃんがアーリィに注意すると、

思わず神様も鳴き声を上げた。


対して注意された方のアーリィは淡々と答える。


(アーリィ、なんでわたしを見てたも~?

 やっぱりわたしの体型が良くないって思ってるも~?

 それともわたしのことを気にかけてくれてるも~?)


神様は硬いアーリィの顔を覗き込んだ。

神様に見つめられていると分かっていても、

アーリィは真正面を向いたまま反応しない。


「はいはい、準備運動始めますよー!

 ではまず、両手と右ももを同時に上げてー、下ろしまーす」


言いながらレッちゃんはしなやかな動きで、体を動かし始めた。

ぎこちなくも、レッちゃんに言われたとおりゆっくりと同じ動きをする。


「いいですよー。

 そしたら両手と左ももを上げてー、下げてー。

 これを交互に繰り返しまーす。いっちにーさんしー」


「もぉ、もぉ、も~、もぉ」


神様はレッちゃんの掛け声に合わせて、

鳴き声を出しながら手足を動かした。

レッちゃんは楽しそうに神様に声をかける。


「いいですよー、神様ー。

 神官さんもー、神様と同じように声を出してくださーい」


「俺は、神様みたいに、鳴かない、ですよ」


アーリィは掛け声と同じリズムでレッちゃんに返した。

神様は声を出さずに、不服な顔でアーリィを見る。


「べっつにー、神様みたいなー、

 かわいい声じゃなくてー、いいんですよー。

 それも聞いてみたいですけどねー」


レッちゃんは微笑ましそうに言いながら

ゆっくりと手足を下ろした。


それに合わせて神様とアーリィも手足を下ろす。


「はーい、次は同じように手足の上げ下げ運動ですけどー、

 足の裏を手に付けるくらいあげましょー」


「もぉ……それは、難しいんじゃ」


レッちゃんが次の動きを見せると、

神様は息を見出しつつ言った。


これもレッちゃんには予想通りのようで気にせず神様の不安に答える。


「付く『くらい』でいいんですよー。

 ちょっとずつ動かせるようにしましょー。

 はい右から、いっちにーさんしー」


「もぉ、もぉ、も~、もぉ」

「いち、に、さん、し」


「その調子で動きと声を合わせましょー。

 神様ー、腕と足の動きが合ってませーん。

 神官さんー、勢いをつけると体に良くないですよー。

 体の動きを意識してー、レッちゃんの動きをよく見てー」


「そういうものなのか……」


アーリィは初めて得た知識をかみくだくように答えて、

レッちゃんの動きに目をやった。


(なんかレッちゃんは、

 アーリィに見てもらいたくて言ってる気がするも~)


レッちゃんの言うことに

神様はそんなふうに感じて思うことがあるが、

運動についていくので必死な体は

口にエネルギーを使ってくれない。


「準備運動は次で最後でーす。

 次も両手を大きく上げて、手のひらをあわせまーす。

 そのまま右足を前にだして、

 重心を前に傾ける『英雄のポーズ』でーす」


「英雄じゃなくて神なんだも~」


神様はそんな文句のようなことを言いながら、

レッちゃんの指示通りに体を動かした。

レッちゃんは『英雄のポーズ』に見合う整った姿勢を見せる。


「ひとはみんな英雄に憧れを持ったり、

 頼ったりしたいんですよー」


(まるで自分がそうだと言いたげな感じも~)


神様はまたレッちゃんの言い方を気にするが、

それを指摘する余裕はない。


それでもレッちゃんの目線が、

アーリィに向いていることは気になる。


「足を前に出したときに息を吐きましょー。

 神様ー、大変でも息を止めちゃ効果半減ですよー。

 呼吸法をよくすることは神様の目的に繋がりますからねー」


「もっ? そうだも~、しゅーちゅーしゅーちゅー」


ハッと我に返った神様は

レッちゃんの体の動きに意識を戻して、

体を動かした。

レッちゃんは満足げにうなずく。


「こういう簡単な運動でも、体の動き、

 呼吸について意識することで、

 体の余分な脂肪と心の余分な考えを洗い流すことができまーす」


「簡単な運動?」


レッちゃんの何気ない言葉を神様は繰り返した。

レッちゃんはニッコニコでうなずく。


「はーい。だってー、これは準備運動ですよー。

 それとこの準備運動は『必ず』本番の運動をする前にしまーす。

 もしレッちゃんがいない自主練のときでも

 しっかりやってくださいねー。

 はい、準備運動終わりでーす」


「も~」

神様は芝生の上に座り込んだ。



「ではー、今日の運動について説明しまーす。

 神様はそのまま聞いてくださいねー」


レッちゃんは本当に息一つ乱さず、説明を始めた。

神様は肩で息をしながら顔を上げて、

ちらりとアーリィを見る。


アーリィも体が熱くなるのを感じているようで、

少し呼吸を深くしつつレッちゃんを見ていた。


(アーリィもちょっとは大変って思ってるも~)

そう思うと少し心と体が軽くなる気がする。


「でも、準備運動のほうが

 複雑って思うくらい簡単なことですよー。

 ずばり、東の関所まで走ります! マラソンです!」


「もぉ!? 東の関所って結構距離あるもぉよ!?」


神様は声を上げた。

アーリィも声こそ出さなかったものの、

少し目を見開いている。


「知ってますよー。

 昨日神様からご依頼を受けてからー、

 体操服の準備と下調べをしてきましたからねー。

 往復で5キロくらいです」


「まあ、距離はそんなもんです。この街は大きくないですし」


「アーリィ~、そんなふうに言うことじゃないも~」


「走る距離について言ってますか?

 街が小さいという事実について言ってますか?」


「両方だも~」


「距離感が分かってるなら走れると思います。

 レッツさんだって、適当に言ってるわけじゃないでしょう」


「ですですー。神官さんはご理解が早くて助かりまーす。

 そんな神官さんとレッちゃんが付いてるんですから、できますよー」


「も~、なら頑張ってみる……」


アーリィとレッちゃんに言われて、

神様は自信のないまま答えて立ち上がった。

レッちゃんは神様に先に行くよう細い手で促す。


「それじゃ、神様、レッツスタートでーす」


「こういうときはレッちゃんが先に行くんじゃないもぉ?」


「レッちゃんが先に行ったら、

 神様が追いつくの大変じゃないですかー。

 こういうときは、早く走れるひとが、

 後ろを追いかけるんですよー。

 神官さんもレッちゃんといっしょに神様の後ろを走ってくださいねー」


「分かりました」


(アーリィはわたしの隣を走ったほうがいいんじゃないかも~。

 でも、レッちゃんの理屈なら、アーリィのほうが足速いから、

 わたしの後ろのほうがいいのかもぉ)


神様はそう思いながら足を進めて、

最初は歩き、少しずつ走り出した。


足音でアーリィとレッちゃんが

後ろをついてきてくれるのが分かる。


「ゆっくり走りだすのはいいですよー。

 レッちゃんたちのことは考えず、

 走り続けられるペースで足を動かしてくださいねー」


「言われなくてもふたりに合わせる余裕はないも~」


すでに上がりそうな息といっしょに、

神様はレッちゃんに答えた。

すぐに神殿の階段に差し掛かる。


「階段は飛ばしたりせず、一段一段降りましょー。

 降りの階段って意外と足の負担がかかるんですよー。

 でも手すりは触らずにー」


レッちゃんに言われて、神様はすぐに手を引いた。

バランスを取れるのは自分の体だけなので、

助言どおり一段一段を踏みしめる。


「神様、また大変そうに階段降りてる」

「やっぱり慣れてる神様でも大変なんだ」


神殿で働く獣人女子ふたりが、

神様を見て思ったことをつぶやいた。

もちろん神様はそこに答える余裕はない。


(慣れてるわけじゃないけど、大変なのはあってるもぉ)


と思うだけ。

はっはっと息を吐きながら、階段を降りた。


階段を降りると街の大通りに出る。

大通りと言っても牛車用に舗装された道は、

すれ違い一車線のみ。


大きな街であれば神殿をぐるりと囲う大きな馬車道があるという。


「神様ー、ペースを落とさないでくださいねー。

 一度止まっちゃうと、走り出すのに苦労しますよー」


「も~、休憩はないのかも~?」


レッちゃんに言われて神様は東に足を向けて走り出した。

全く疲れを感じさせない声でレッちゃんは神様の文句に答える。


「折り返し地点で『少し』休憩は入れますよー」

「『少し』なの~」


「休憩すると体が冷えちゃうのでー。

 レッちゃんに文句を言う体力は、走るのに使ってくださいねー」


そう言われて神様は文句を呼吸にして走った。

神様の走るペースは決して早くないが、

さすがに並走していた荷物を運ぶ牛車より早い。


「おっ、神様だ」「運動してるのか」


牛に乗っていたドワーフがふたり、

物珍しそうに神様を見た。


なんだか関心したような声でつぶやき、なぜか牛を降りる。


「おいらも歩こう」

「たまにはな」

そんなドワーフふたりを追い抜いて神様は走り続けた。


神様たちは住宅街へと入る。


平屋の木造建築が多く、

東の関所の向こうにある山脈を望むことができた。


ここに来ると車道を通る牛車の数も減るためか、

子供が外で遊んでいる。


「あっ、かみたまだー」

「いつもとちがうかっこー」「こんにちはー」


「こ、こんにちはだもぉ~」


子供たちに挨拶をされたのであれば、

いくら大変でも雑に扱うことはできない。


神様は乱れた息で挨拶を返した。

すると子供たちは神様に走ってついてくる。


「かみさまもかけっこだー」

「しんでんから走ってたのー?」

「がんばえー」


「も、もぉ~?

 なんでついてきたり、お応援してくれるもぉ?」


ついてくる子供たちを見て、

神様は不思議そうな鳴き声と疑問をあげた。


レッちゃんは微笑ましいものを見てクスクスと笑う。


「だってー、がんばってるひとを見たら応援したくなるのは、

 ひととして当然ですよー」


「そ、そういうも~なの?」


「はい。神様とは応援する側であり、される側なんです。

 みんな同じです」


「じゃあ、アーリィもわたしのこと応援してくれてるも~?」


アーリィに教えられるように言われ、

神様は思ったことを口にした。


聞いてから神様はちらりと後ろを見ると、

アーリィは無愛想な顔をして考えている。


「神様ー、ちゃんと前を向いてないと危ないですよー」


レッちゃんに言われて神様は前を向いた。

すると小さめの声で、

「そうなります」


とアーリィから質問に対するであろう、

短い答えが聞こえた。


それでは聞くとそっけない返事に聞こえる。

だが神様は胸がポカポカして暖かくなるのを感じた。


自然と足取りも軽く、

神殿から走って溜まった疲れが少し消えたようにも思える。


(なんかがんばれる気がするも~)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る