1-4 神様だって「ビシバシ」は怖いんだ
街に通じる階段をのぼると、
神殿の中庭に出る。
中庭は芝生が生い茂り多くの草木で彩られ、
東西に建つ神殿が眩しい朝焼けや夕焼けを
調整するように建てられていた。
芝生をまっすぐ突っ切れば謁見の間、
その奥が神様の私室につながっている。
「はあはあ、疲れたもぉ……」
神殿の階段を登り切ると神様は足を止め、
膝に手を付き肩で息をした。
当然隣のレッちゃんは息ひとつ乱さず、
公園を出発したときと同じ表情だ。
「生活圏内でもこんなに疲れちゃうなんてー、
まずはダイエットどころか運動不足の解消からですねー」
「とりあえず……、
直ぐ側に食堂があるから、牛乳をもらうも~」
そう言って神様はヨレヨレの足で
中庭から右に歩き出した。
レッちゃんは軽い足取りでついてく。
「おや神様、おかえりなさい。
その様子だといい感じに運動できたみたいですね」
入ってすぐの席でアーリィは、
牛乳たっぷりのアイスココアを飲んでくつろいていた。
神様は倒れるように椅子に座り、
アーリィに文句をつけるように言う。
「神殿の階段を降りただけで疲れたも~。
牛車を頼めばよかったと今更思うも~」
「それじゃ運動になりません。
ところでそちらのエルフの女性は?」
「初めまして神官さーん!
運動インストラクターのレッツと申しまーす!
気軽にレッちゃんと呼んでくださーい」
神様が紹介をする前に
レッちゃんは元気にアーリィの側に寄り、
食堂中に心地よく響く挨拶をした。
食堂でだべっていたリザードマンの男性職員や、
獣人女子職員たちが目を奪われる。
「はい、レッツさん、よろしくお願いします」
対してアーリィは仕事相手にするような、
淡々とした口調で挨拶を返した。
レッちゃんは思ってたのと違う反応だったのか、
ちょとんと固まる。
それを見て神様はホッと息を下ろした。
(よく分からないけど、
悪いことが起こらなくてよかったもぉ。
よく分からないけど)
内心そう思っていた神様の息遣いを聞いて、
アーリィは立ち上がる。
「神様、牛乳を飲みに来たんでしょう。
俺が取りに行きます。
レッツさんもいかがでしょう。この街の名産ですので」
「あ、はい。レッちゃん、
他所の街から来たって言いましたっけー?」
「俺は街の住民の顔はだいたい覚えています。
ですので別の町から来られた方はすぐに分かるんです」
アーリィはそう言ってカウンターまで歩いて行った。
レッちゃんはそんなアーリィの後ろ姿を目を輝かせて見ている。
「あの調子だとアーリィは、
わたしがレッちゃんを連れてきた理由も分かってそうだも~」
「うん、察してると思うー。
かっこいいー、頭いいんだー」
レッちゃんは神様の言うことに答えはしたが、
目線をアーリィから動かさなかった。
神様はムスッとした顔でレッちゃんを見ている。
(やっぱり変な感じも~)
「神様、神官さんはオッケーしてくれそうですねー」
「もっ、そうだも~ね」
急にレッちゃんに言われて、
神様はぴくっとしつつ答えた。
レッちゃんは神様の反応を気にせず話を続ける。
「今日はレッちゃんも準備があるので
あいさつだけにしますけどー、
明日からビシバシやりますからねー」
「も~、ビシバシ……?」
「もー、ビシバシ!」
神様は怖がった単語をオウム返しすると、
レッちゃんは牛の食事のように繰り返した。
そこにアーリィが牛乳をふたつ持って戻ってくる。
「レッツさんは神様の運動を見ていただけるんですね」
「はい!
ここに来るまでに神様の運動不足の度合いは
分かっちゃいましたー。
なので明日からビシバシやりますよー
って話してたところです」
「そんな怖い単語何度も言わなくていいも~。
レッちゃんってエルフの皮被った
デーモンとかじゃないよね?
今はニッコニコだけど運動の指導になると、
古代文明で歌になるほど恐れられた
『ガミガミおじさん』になったりしないかも~?」
「ヤダナーソンナワケナイジャナイデスカー」
「急に片言になったってことは、
今の話のどこかが合ってるも~!?」
レッちゃんの反応を見て、
神様はアーリィがテーブルにおいた牛乳ではなく、
アーリィに泣きついた。
アーリィの左腕に抱きついてプルプルと震える。
「できれば神官さんも
ご一緒に運動してみてはどうでしょう?」
「俺も? 俺は神様ほど運動不足ってわけじゃ――」
誘いに対してアーリィは断りを言いかけたが、
「アーリィ……」
神様はうるうるした上目遣いでアーリィを見つめた。
アーリィは続きの言葉を詰まらせて神様と目を合わせる。
「……そんな売り飛ばされた牛みたいな顔で見ないでください」
ため息交じりに言いながら
アーリィは牛乳をテーブルに置いた。
それから自身も椅子に座り直して続きを口にする。
「いっしょにしますよ、運動。
神様が運動不足なら、
いっしょに仕事をしている俺も運動不足だと思います。
まあ、それに自分で言った手前もありますし」
「も~、アーリィ、ありがと~」
淡々としつつも言葉を選ぶように言ったアーリィに、
神様はおでこをこすりつけながらお礼を言った。
アーリィは穏やかな顔で神様を見つめる。
「よかったですねー神様」
そんなやりとりを
レッちゃんはニヤニヤとした目で見ていた。
レッちゃんの表情に気がつくと
アーリィはわざとらしい咳払いをする。
「神様、疲れてるんでしょう?
早く牛乳を飲んだらどうです?」
「そうだったも~。レッちゃんも飲むも~」
神様はそう言って席に座り、
牛乳のビンにぐいっと口をつけた。
レッちゃんも遠慮なく牛乳を口にする。
「おいしいですねー。
レッちゃんが飲んできた牛乳の中で間違いなく一番ですよー。
それに健康にもとてもいい感じがしまーす」
「えへへ、わたしから絞ったってわけじゃないけど、
褒められると照れるも~」
「神様から絞った牛乳なんてえっちー。
神官さんのミルクココアも、神様のお乳がいっぱい入ってるんですかー?」
レッちゃんはわざとらしい照れ方をしてアーリィに聞いた。
アーリィはマグカップから口を離すと
淡々とした声で答える。
「神様は『自分から絞ったわけじゃない』
って言ったじゃないですか。
まあ、それよりも、運動に必要なものはありますか?」
「もー、神官さん真面目なんですからー」
「わたしの口癖取らないでほしいも~。
まあ、でもアーリィが真面目なのは確かも~」
「神様も俺の口癖取らないでください。
経費とかそういうのはこちらで持つので、
予算についてはよほどの金額が出てこなければ大丈夫です」
アーリィはため息交じりに言って話を続けた。
レッちゃんは指を口でくわえるような仕草をして考える。
「んー、これといってないですよー。
服はレッちゃんが用意するのでー、
明日それに着替えて運動しましょー」
「本当にそれだけでいいも~?
なにか道具とか、ないのかも~」
「教えるひとに準備をさせない指導が、
レッちゃんのウリなんですよー」
レッちゃんは力こぶを見せるような
動きをしながら言った。
続けて、
「必要なものを考えるとー、
運動するための施設ってなっちゃいますよー。
それって建てるのにお金とひとと時間が
いっぱい必要じゃないですかー?」
「もぉ……時間もひともわたしの街にはないもぉ。
場所はあるのに」
神様は街の発展が進まないことを思い出してしょんぼりとした。
レッちゃんは元気づけるように明るい声で言う。
「でもでもー、レッちゃんはこの街でできること、
いっぱいあるって思いましたよー。
明日からがんばりましょー」
「う、うん」
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