1-2 神様だってダイエットはわからないんだ

「なんかアーリィに言いくるめられた気がするも~」


神様は神殿の外に出て不満を隠さずにぼやいた。


たそがれるように目線を向けると

街まで通じる石畳の道と階段が伸びている。


神殿は街役場でもあるため、

多くのひとが行き来できるよう作られていた。


道の向こう、街には住宅街やお店もあるが、

それは神殿のある街中心部だけ。

住宅街を挟んで向こうにはのどかな牧場が広がっている。


これが自分とアーリィの関係と同じ、発展途上の街だ。

おまけに今、問題は増えてしまった。

豊かな街までの道は遠いと感じる。


「だけどダイエットはしないとで、

 そのやり方を調べないといけないのは確かも~。

 牛歩でもコツコツと……」


アーリィに言われたことをつぶやきながら、

神様は長い神殿の階段を降り始めた。


石畳の道も階段も、

ひとが歩きやすいよう考えて作られている。


だが、

「もぉ……久しぶりに歩くと疲れる神殿だも~」


運動不足の神様にはそれなりに大変な道だった。

急ではないが階段をゆっくりと下る。


「神様お疲れ様です」

「おつかれも~」


通りかかりに神殿で働く

猫系獣人女子に挨拶をされる。


住民の前ではしゃきっとしないと。

神様は丸くなりつつあった背中を伸ばして挨拶を返した。


神殿で働いているひとたちは

ラフな格好にエプロンをつけている。


神殿で働いていても神官ではなく、

役場で働く職員だ。

特別な素質を持っている者だけが神官の仕事に就ける。


だけどそこに上下の関係があるというわけではない。

獣人女子は気軽に話をする。


「今日はひとりなんですね?」


「も~。アーリィは自分が仕事をするから、

 わたしに街に行ってこいって言ったも~」


神様は獣人女子の言葉に口を尖らせて答えた。

なぜかアーリィがそばにいないことを不満に思い始める。


お世話係と説明できるだけあって、

神様の側に神官がいないのは珍しい。


「いつも街のためにがんばってくれて

 ありがとうございます」


「も~。神様はひとのため、

 ひとは神様のため。当然も~」


それでも獣人女子は、

神様も神官もそれぞれの仕事をしているだけと思ったようだ。

神様は複雑な気分になって、

この世界のスローガンで返した。


神様は街の中心になり、住民に『ご利益』を与える。


その代償としてひとから信仰を得られなければ

消滅してしまう存在だ。


なのでこのスローガンは神様もどんな種族も、

この世界に生きる命であり、

役割が違うだけ。

この世界では平等であることが表されている。


獣人女子はそんな神様の返しに、

文字通り猫の笑みで返してから

神殿の階段を登っていった。


若く獣人らしい身のこなしを、

神様は羨ましく見つめる。


長く感じた神殿の階段を降りた神様は、街を見渡した。


この街の主な移動手段は牛車で、

今日も多くの荷物やひとを運んでいる。


他の街の移動手段は馬車が多く、

こういったところは牛神様の街ならでは。


牛車といえば遅い印象を持たれるが牛は体力が多く、

一度に運べる荷物やひとも多い。

神様はそんな働く牛たちと自分を比べる。


(みんな少なくとも牛車を引いていても、

 今のわたしよりは早く歩けそう。

 せめてわたしが走ったら追いつけるくらいにはなりたい。

 そのために痩せないと……)


そう思うと神様はゆっくりと歩き始めた。

アーリィの言っていた本屋がある、

新築の建物が目立つ地区を目指す。


新しいお店ができるときは神殿に申請が必要なので、

神様は本屋の場所を知っていた。

この街では珍しいあまり陽の光が入らないような構造が

特徴の建物に入る。


「いらっしゃいませ。

 おお、これは神様、なにかお探しですか?」


店主と思われる男性はカラスのような

羽のついた有翼人だった。


この街の本屋も珍しいが店主も

このへんではあまり見かけない種族だ。


さらに店内には

同じくここらへんでは見かけないエルフの女性もいる。


そんなところに気を取られてか、

神様はオロオロしながら聞く。


「えっと、ダイエ――じゃなくて、

 運動の仕方が書かれた本を探してるも~」


神様は慌てて言い直した。


(ダイエットの言い換えができる言葉を

 考えておけばよかったもぉ……

 ちゃんとごまかせたも~かな)


恐る恐る神様は

難しい顔をして考える店主を見つめる。


「運動の仕方……、

ちょっとそういう専門書みたいなのはないです。

申し訳ない」


店主は背中の羽を揺らしながら頭を下げた。

神様も申し訳なさそうに手を前に出して振る。


「もおもお、そんなに謝らなくていいも~。

 わたしが変わった本を探してるのがいけないんだから、

 顔を上げても~」


「いやぁ、恐れ入ります。

 神様のお探しの本はなんとかして入荷

 ……と言いたいんですけど、

 売れ線以外を入荷するのはちょっとためらってて」


顔を上げた店主は頭をかきながら、

店内に目線を動かした。

神様も店主に合わせて目線を動かす。


(どんな本があるのかも~?)


店内にある本は小説や画集ばかりだった。

小説のジャンルは恋愛やミステリー、旅行記が多く、

画集はここではない街の風景画や、

美の女神と称された別の街の神様が売れ線らしい。


特に美の女神は『名は体を表す』という、

アーリィの使いそうな難しい言葉を実践したような見た目だ。

おっぱいは大きくお尻は柔らかそうで、

それでいて二の腕や腰はほどよく引き締まっている。

自身の美貌に絶対の自信を持ち、

それがひとのためになっていることを知っている顔で描かれていた。

あまりの眩しさに神様は眺めるのをやめる。


ふと店内に居たエルフの女の子が

神様たちの様子をちらりと見た。


彼女は

『好きな男の子を催眠術にかけて連れてきたけど、

 返したほうがいいかもしれない』

というすごいタイトルの小説を立ち読みしているのが見える。


この街では神様の『ご利益』とは別に『ご加護』があった。


ご加護は、神様を含めるこの街の住民を、

本人の承諾なしに街から連れ出されることを防ぐというもの。

そもそもエルフの女の子が呼んでいたのは小説、作り話だ。

本当にそんなことが起こるわけがない。


それが分かっていても

背中がソワソワするような感じを覚えた神様は、

すぐに目線をそらした。


エルフの女の子も整った細い体をしていたので、

自分と比べたのだろうと神様は考える。


「もしお時間ありましたら、

 他の本屋もご覧になってください。

 みんな同じ組合なので、

 商売敵とか考えなくても大丈夫ですし、

 なにより神様のおちからになりたいですから」


「ありがとも~」


有翼人の店主から応援されたような言葉を聞いて、

神様は元気にお礼を言ってお店を出た。

そのあとエルフの女の子と思われる声が聞こえる。


「これくださーい」

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