神様だって太るんだ

雨竜三斗

1-1 神様だって運動不足なんだ

「やっと話し合いが終わったも~」


神殿の応接の間で、

牛神様のミノリは

安っぽい玉座に座ったまま大きく伸びをした。

今日の仕事もあと少しと言ったところ。


神様は亜麻製の足まで伸びる白いキトンと

黒いヒマティオンを身にまとっていた。


キトンは長い布を体に挟むように二つ折りにして、

両肩をピンで留めたものだ。

街の住民の着ているものと大差はない。


ヒマティオンはその上に纏う衣のこと。

キトンとヒマティオンと神様の丸い体型が程よい影を作り、

布の折れ目はキレイな模様に見える。


布の下から二の腕とワキ、

西半球がチラリとしていた。


肌は柔らかそうで、

二の腕や西半球も愛らしいふくよかさがある。


『チラリ』と表現するには少し長めの時間、

アーリィは神様を見つめていた。


「どうしたも~?」


そんなアーリィの目線に気がついて、

神様はアーリィに顔を向けた。


もちろん神様はアーリィが

二の腕や西半球を気にしていたことは分かっていない。

変な目線だと神様は思っている。


「あ、いえ、ちょっと思うことがあって」

「も~?」


アーリィの曖昧な言い方に、

神様は首をかしげた。


さらにまじまじとアーリィを見つめると、

気まずそうにアーリィは目をそらす。


十八歳のころ、アーリィは神官という

特別な素質がなければできない仕事に任命された。

それから二年ほど、この仕事を続けている。


アーリィはふたつ折りした膝下ほどの白いキトンに、

神官の象徴である青いヒマティオンを

肩を出すように羽織っている。


アーリィの格好は神様と大差ないが、

アーリィはなぜか神様を気にしている。


そんな関係でも神様は、

自分はアーリィのことをよく知った相手だと思っていない。

今もなお、関係は街と同じように発展途上だ。


アーリィのことをもっと知りたい。

神様は椅子に座ったまま、

さらにアーリィの顔を覗き込もうとした。


逃げるアーリィの目線は神様の足元へ。

キトンの隙間から

神様の柔らかそうな足がチラ見えした。

そこでアーリィは『思うこと』を言葉にする。


「神様、運動不足では?」

「もー!?」


神様は鳴き声を上げた。

不思議そうな目から恐る恐るの目になってアーリィを見つめる。


「ど、どうしてそう思ったも~?」


「最近の神様は外に出ていないように思えましたので」


目線を神様の顔に戻したアーリィは、

神様の質問に淡々と答えた。

代わりに神様は目線を落として自分の体を見つめる。


言われてみると

『太っている』ような気がしてきた。

言い訳をつぶやく。


「だって、街は全然大きくならなくて、

 空き地ばっかり。

 今日だって空き地をどう使うか決まらなかった。

 しかもわたしは他の神様たちが

 当たり前に持ってる『ご利益』だってない。

 神としてもっとがんばらないとって思うもお……」


「まあ、牛の神様なんですから、

 牛歩でもコツコツやるのがよいと俺は思います。

 同じように牛歩でもウォーキングはしたほうがよいかと」


「なんで牛とか牛歩とか言うも~」


(アーリィの本音はわたしに

 『太った』と言いたいのかもしれないもぉ)


そう考えながら神様はアーリィに抗議の目を向けた。

アーリィは平坦な口ぶりで答える。


「牛の神様ですから。

 俺の親戚がやってた牧場にいた牛から転生したんですよね?」


「もぉ、合ってるけど、

 わたしは牛だったころのこと覚えてないし……」


「なんにしても運動すればいいだけです」


アーリィは淡々と言ってから、

トントンと今日の話し合いに使った資料の紙をまとめた。


資料の紙は市民から募った

『街にどんな施設がほしいか?』

というアンケートだ。


そこには『特になし』という答えが目立つ。

街の住民は、新しいことに挑戦する気がないようだ。

それを神様もアーリィも感じている。


アンケート結果を見た神様は

悔しそうな顔を見せた。


街の住民たちは今の状況に不満を持っていない。

生活には困ってないし、

自然災害や魔獣魔物などに

街やひとが襲われることはほとんどないので、

今の生活を維持できればいいと思っているはず。


だが神様はずっとこのままじゃいけないと、

なんとなく思っていた。


アーリィも同様に考えて、

このままでは経済が停滞すると言っていた。


変わらなきゃいけないという意味で、

神様は街のことと、

アーリィから言われたことを重ねている。


この世界の街は、神様を中心に発展する。

『街を見れば神様が分かる』という言葉もあるほど。

なので魅力的ではない街は、

神様も魅力的ではないと言えた。


街が魅力的にならないと、

アーリィは街を出て行ってしまうかもしれない。


アーリィは頭のいいヒューマンなので、

仕事に困ることも、

街にこだわる理由もないからだ。


アーリィは神様に運動不足と言った。

それは見た目の整ってない神様と

いっしょにいたくないと思ったから出た言葉なのだと、

神様は解釈している。


(街の発展もうまくいかなくて、

 神は太ってて……。

 今はまだ大丈夫だと思うけど、

 このままじゃアーリィに愛想を尽かされてしまうかも~)


難しい顔をして

アーリィを見つめながら、神様は考えた。

視線に気がついたアーリィは神様の方を見る。


「神様?」

(――だったら)


神様は椅子から立ち上がり、

「も~、決めた!

 わたしダイエットする!」


応接の間だけでなく神殿中に響き渡らせるように、

大きな声で宣言した。


アーリィもこれで少しは見直してくれるはず。

そう思っていたが、


「はぁ、ダイエットですか」


アーリィは眉をひそめ気の抜けた声を出した。

神様のキョトンと目を丸くする。


(もぉ? アーリィの反応が思ってたのと違う……)


しばらくふたりは動かず、

表情を変えずに見つめ合った。

少しするとアーリィは資料を抱えて言う。


「まあ、運動に変わりはありません。

 そうなさってください」


そんなアーリィの言い方は、

神様にはあまり良い返事と感じられなかった。


自分から問題を出しておいて、

そっけない態度をするのは変だ。

神様は少しムッとしてアーリィに聞く。


「じゃあアーリィはどうすればいいと思う?」


「俺も運動について詳しい訳では無いですが、

 まずは街を歩いて見てはどうでしょうか。

 街のひとに聞いてみたり、

 この街にも本屋ができたので、

 そこで探してみるといいと思います」


「アーリィはついてきたり、

 手伝ってはくれないも~」


「手伝いますよ。

 残りの仕事は全部俺がやるので、

 神様は運動のために神殿の外にでてください。


 神様のご加護もありますし、

 この街じゃ人さらいなんてでないでしょう」

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