12.「少年」

「ほら仙吉は此処に居るよ」

こう云って、光子は蝋燭の下を指さした。見ると燭台だと思ったのは、仙吉が手足を縛られて両肌を脱ぎ、額へ牛酪バターを載せて仰向いて坐って居るのである。顔と云わず頭と云わず、鳥の糞のように溶け出した牛酪の流れは、両眼を縫い、唇を塞いで頤の先からぼた/\と膝の上に落ち、七分通り燃え盡した蝋燭の火に今や睫毛が焦げそうになって居ても、婆羅門の行者の如く胡坐をかいて拳を後手に括られたまゝ、大人しく端然と控えて居る。

光子と私が其の前に立ち止まると、仙吉は何と思ったか牛酪と化して強張った顔の筋肉をもぐ/\と動かし、漸く半眼を開いて怨めしそうにじッと私の方を睨んだ。そうして重苦しい切ない声で厳かに喋り出した。

「おい、お前も己も不断あんまりお嬢様をいじめたものだから、今夜は仇を取られるんだよ。己はもうすっかりお嬢様に降参して了ったんだよ。お前も早く詫って了わないと、非道い目に会わされる。………」

こう云う間も蝋と牛酪の流れは遠慮なくだら/\と蚯蚓の這うように額から睫毛へ伝わって来るので、再び仙吉だったは眼をつぶって固くなった。

「栄ちゃん、もう此れから信ちゃんの云う事なんぞ聴かないで、あたしの家来にならないか。いやだと云えば彼処にある人形のように、お前の体へ蛇を何匹でも巻き付かせるよ」

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