第三話 ここではない別世界の光景 ①
そこは灰色の建物と大地が赤く彩られた異様な場所だった。
建物は誰も住んでいない廃墟だとすぐにわかる。
だが赤い色の正体を、拳児こと僕は最初こそ判別することができなかった。
なので僕は、地上に向かって少しばかり高度を落としていく。
すると、その色の正体が血の色だということが把握できた。
人間の血ではない。
大地を赤く染め上げていた血は、夥しい数の魔物の死体から溢れている鮮血だったのだ。
人型の魔物もいれば、四足歩行の動物型の魔物もいる。
数はざっと見ても正確な数字は把握できない。
数千、いや数万はあるかもしれない。
もしも地上に降り立ったら、魔物たちの死体と血の匂いで卒倒していただろう。
そんな僕は地上から百メートル以上は離れた天空を自由に飛び回る鳥の視点となって、廃墟と魔物の死体で埋め尽くされている大地を
一体、ここはどこなんだ?
明らかに先ほどまでいたダンジョン内ではない。
迷宮街にあるコンクリートとやらの建物とは違い、廃墟は石を積み上げて造った簡素な建物ばかりだった。
それに空には2つのモノが浮かんでいる。
光すらも吸収しそうな黒い太陽と、血のように真っ赤な月の2つだ。
武蔵野ダンジョンの1Fは地上と同じく「朝、昼、夜」のサイクルが流れている空間で、地下世界なのに地上と同じ空の上には太陽と月が1つずつ存在していた。
けれども、この場所はすべてにおいて違う。
まるで、別の世界に来てしまったような場違い感がある。
ただ、僕はこの異様な場所を眺めても特に感情は揺さぶられなかった。
それどころか、なぜか妙に懐かしい感じがあったのだ。
とはいえ、どんなに記憶の引き出しを探っても場所の答えは出てこない。
代わりに出てきたのは、一体ここがどこかという疑問である。
僕は誰かに倒されたのだろう大量の魔物の死体を見下ろしながら、ここがどこかわかるような何かを必死に探した。
そのときである。
どこか遠くのほうから大気を振動させるほどの衝撃音が轟いた。
間髪を入れずに廃墟が一斉に崩れるほどの強震も発生する。
僕は衝撃音が発生した方向に顔を向け、そこへ行きたいと強く願った。
直後、僕の身体は意識に呼応したのか凄いスピードである場所に向かって飛んでいく。
時間にして数十秒だろうか。
僕はふと視界の中に何かを捉えた。
荒涼とした大地の一角に3人の人間がいたのだ。
気になった僕は3人の人間の元へと飛んでいく。
近くまで来ると、やはり3人とも人間だったことがわかった。
1人は20代半ばと思しき金髪の青年であり、身体には白銀の鎧と右手には半分に折れた大剣を持っている。
2人目は円錐形の先のとがったとんがり帽子を被り、全身黒ずくめのローブを着ていた10代後半の少女。
3人目も女性だが、こちらは20代前半ほどだろうか。
銀髪で不思議な紋章が刺繍された純白のローブを着ている。
そんな3人はかなり疲れているのか、表情には疲労の様子がうかがえた。
「みんな……平気か?」
金髪の青年がたずねると、とんがり帽子の少女は「ちょっと無理っぽいかも」と青白い顔のまま答える。
一拍の間を置いたあと、銀髪の女性もこくりとうなずいた。
「わたしも正直なところ、もう魔力が尽きてしまいました」
俺もだよ、と金髪の青年は大きく息を吐いた。
「〈勇者〉だ〈剣聖〉だともてはやされていたが、やっぱり最後の最後には
「うん、そうね。私も〈魔聖〉なんて呼ばれた魔法使いだけど、
とんがり帽子の少女がにこりと笑うと、銀髪の女性も「わたしもそう思います」と同意する。
「あらゆる守護魔法を会得して〈賢聖〉と呼ばれたわたしですが、
そう言いながら銀髪の女性が空を見上げたときだ。
空の一角に渦巻いていた巨大な黒雲から一筋の光が飛び出てきた。
それは黄金色に輝く光の塊であり、その黄金色の光の塊は僕たちのほうへと向かってくる。
僕が呆気に取られている中、3人は光の塊が向かってきても微動だにしない。
それどころか心の底から安堵しているのが伝わってくる。
やがて光の塊は僕たちの目の前に降り立った。
僕は何度も瞬きを繰り返す。
そこに悠然と立っていたのは、全身が黄金色の光で包まれた20代半ばぐらいの黒髪の男だった。
純白の拳法着のような衣服をまとい、腰には黒い帯をしっかりと巻いている。
身長は正嗣さんと同じ2メートルぐらいだろうか。
正嗣さんのような筋骨隆々としていたが、僕は一目見て黒髪の男の〝筋肉の質は違う〟と思った。
正嗣さんは筋トレによって特定の箇所だけ不自然に筋肉が発達していたのだが、黒髪の男の肉体は純粋に闘いの中で発達した印象を受けたのだ。
なので鈍重な感じはまったくない。
機能美に優れた完璧な肉体だった。
まるで人間という種が、最後に到達できる肉体の最終形態。
強さの結晶と言っても決して過言ではないだろう。
それほど黒髪の男からは並々ならぬ強さが感じられた。
「ロイド、シャルル、ミザリー、ようやくあいつを追い詰めたぞ」
黒髪の男は3人を見渡しながら言った。
「もうすぐだ。もうすぐ魔王を倒せる。さあ、一緒に行こう」
黒髪の男は鼓舞するように言ったが、一方の3人の表情は暗かった。
「悪い……俺たちはもうここでリタイヤのようだ。あとはお前にすべて任せる」
か細い声で答えたのは金髪の青年である。
「何を言っているんだ、ロイド。〈勇者〉のお前がここで弱気になってどうする」
「違うよ。ロイドは弱気になったから言っているんじゃない。本当に私たちはもうここまで」
黒髪の男はとんがり帽子の少女に視線を向ける。
「シャルル、お前までどうした? それでも攻撃魔法を極めた〈魔聖〉か」
とんがり帽子の少女――シャルルは「残念ながらね」と苦笑する。
直後、銀髪の女性が「ケンさん」と黒髪の男を真摯に見つめる。
「2人の言うことは正しいです。力が尽きた以上、私たちはあなたの足手まといになる。だから、ケンさん。私たちにかけている【聖気練武】の〈
「ミザリー……お前まで何を」
黒髪の男――ケンは明らかに動揺する。
〈大周天〉を解くとはどういうことだろう?
などと思ったとき、ロイドが「ミザリーの言うとおりだ」とケンに真剣な眼差しを向ける。
「俺たちはもう十分にお前の〈大周天〉の加護を受けてきた。だが、それでも最後の最後でこの様だ。俺たちはもう闘えない。だから俺たちにかけている〈大周天〉を解いて、お前の本来の力のすべてを取り戻せ。そして、あいつを……魔王ニーズヘッドを倒してこのアースガルドに平和を取り戻してくれ」
頼む、とロイドは涙を流しながらケンに頭を下げる。
「それができるのはもうお前しかいない。クレスト聖教会の最強の
次の瞬間、はるか頭上から何かが爆発するような衝撃音が轟いた。
僕はハッとして空を仰ぐ。
いつの間にか、空一面がゾッとするほどの黒雲に覆われていた。
そして――。
空気が揺れるほどの雷鳴とともに視界が真っ白になり、僕の意識は一瞬でかき消えた。
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