第二話    PTメンバーからの異常な暴力

 亮二さんは本当に心優しく、義勇を重んじる探索者の鏡のような人だった。


 そんなC級探索者だった亮二さんから、僕はこの世界について色々と教えてもらったものだ。


 僕たちがいるのは日本という国であり、その日本の「武蔵野市」という場所の地下に数十年前に巨大なダンジョンが出現した。


 そのときの国のトップは大騒ぎになり、やがて世界中にも軍事や経済の面で様々な影響を与えたという。


 正直なところ、すべてにおいて僕にはチンプンカンプンだった。


 僕にはそれらを理解するだけの予備知識どころか、自分がどこの生まれでどうやってダンジョン内に入ったのかも皆目見当がつかない状態だったからである。


 その中でも言葉が通じたのは僥倖ぎょうこうだった。


 亮二さんが言うには少しイントネーションとやらがおかしい部分はあるが、ちゃんとした「日本語」を話せるので日本人だろうと言っていた。


 僕は亮二さんたちと同じ黒髪黒瞳で、中国人や韓国人とも違う日本人特有の顔立ちをしていたからだという。


 まあ僕には日本人、中国人、韓国人という人種がわからなかったのだけれど。


 それはともかく。

 

 いくら亮二さんに助けられたとはいえ、いや助けられたからこそ何かしらの仕事をしなければならない。


 よほどの事情があったと思ってくれた当時の亮二さんは、身元の保証がなくてもダンジョン内で金を稼げる職業を僕に教えてくれた。


 それが探索者たちの雑用と荷物を運ぶ仕事である。


 そう、現在の僕の仕事――だったものだ。


「数馬さん、本当に僕はクビなんですか?」


 くどいぜ、と数馬さんはギロリと睨みつけてくる。


「何度も言わせんなよ。俺たちは名誉と大金を稼げるB級探索者――ダンジョン探索配信者になれるんだ」


「それはわかりました。でも、それと僕がクビになるのと何の関係が……」


「大ありだ。配信活動をするということは、俺たちの活躍が大勢の人間たちに視聴される。そうなればお前のような汚らしい身元不明のガキは、この新たなリーダーとなった草薙数馬が率いる【疾風迅雷】のパーティーに相応しくない。それがお前をクビにする理由だ」


 僕は頭を金づちで殴られたような衝撃を受けた。


 まさか、そんな理由でクビにされるなんて。


 僕は膝に手を置いて立ち上がると、ノロノロとした動きで数馬さんに近づいた。


「お願いです、数馬さん。クビを撤回してください。ここを追い出されたら、僕には行くところがなくなってしまいます」


 亮二さんが亡くなる前までは、迷宮街にあった亮二さんの部屋に一緒に住まわせてもらっていたが、亮二さんが亡くなったあとは当然のことながら部屋からは追い出された。


 お金は荷物持ちの仕事をした給金を溜めてはいたが、迷宮街では最低でも1人の保証人がいなければどこの部屋も貸してくれない。


 そこで亮二さんが亡くなったあと、数馬さんたちに頼みこんで保証人になって欲しいと頼んだが、誰も首を縦に振ってくれなかった。


 理由は「お前みたいなガキの保証人になって、何かあったときに面倒事に巻き込まれるのはご免だ」というのが数馬さんたちの主張だった。


 それでも荷物持ちの仕事があれば、お金はかなり減って食べ物も制限されてしまうがまだ簡易宿泊所なんかに寝泊まりできる。


 だが、その荷物持ちの仕事までなくなってしまったら本当に生きていけない。


 探索者斡旋所で他のパーティーの荷物持ちの仕事をするという手もあるが、そこでもやはり身元保証の壁が立ちはだかってくる。


 表向きには荷物持ちの仕事は身元の保証がなくてもできるが、荷物持ちを雇う相手が荷物持ちの身元保証を欲するパーティーが非常に多いのが現状だった。


 なので僕は数馬さんの襟元を両手で掴んだ。


「お願いです、数馬さん。どうか、このまま僕を荷物持ちとして雇って――」


 ください、と頼もうとしたときだった。


 ドンッ、と腹部に重い衝撃が走った。


 僕は「ガハッ!」と唾を吐いて後方へと吹き飛ばされる。


「おい、たかが荷物持ちの分際で誰の襟を掴んでんだよ!」


 数馬さんは怒りを含んだ足取りで僕に近づくと、地面に倒れていた僕の身体を何度も踏みつける。


「面白そう、うちもやるやる」


 僕は身体を丸めて数馬さんの蹴りに耐えていると、そこへ「面白そう」という理由だけで美咲さんまで僕に蹴りを浴びせてきた。


「ふむ、パーティーは一心同体。皆がやるなら俺もやろう」


 続いて正嗣さんまで僕に蹴りをお見舞いしてくる。


「や……やめて……助け……」


「うるせえよ! てめえを庇ってくれる亮二は死んだんだ! それに前から気味が悪かったんだよ! てめえは一体どこの誰で、どうやって1Fダンジョンの危険地帯に1人で気を失った状態で生きていられたんだよ!」


 言いながらも数馬さんの蹴りは止まらない。


「そうそう、マジで気味悪かった。でも、こいつがパーティーに正式に加入してからわたしたちの力はいきなり上がった実感があるよね。何でなんだろう?」


 言いながらも美咲さんの蹴りは止まらない。


「ふむ、そこのところは俺も不思議に思っていた。まるで拳児がパーティーに入った途端、神から加護を受けたように俺たちの力はメキメキと上がった。そのおかげで数馬はオーク・エンペラーを倒せたんだからな」


 言いながらも正嗣さんの蹴りは止まらない。


「おい、正嗣。まるでこいつのおかげで俺たちの力が不正に上がったような言い方はするな。すべては俺たちの日頃の鍛錬の成果なんだよ。だから――」


 数馬さんは僕の胸部をブーツの厚底で踏みつけてくる。


 このとき、首からかけていたペンダントの鎖が千切れた。


 それは十字架の中心に「〇」の輪がつけられたペンダント。


 僕が亮二さんに拾われたときから、僕が肌身離さず持っていた唯一の装飾品だったという。


 僕は咄嗟にそのペンダントを拾ってうずくまった。


 このペンダントだけは絶対に守らないと。


 なぜか前からそう強く思っていたため、僕はこのペンダントを奪われないように身体を丸めた。


「ケッ、そんなしけた安物そうなペンダントなんぞいるか」


 後頭部に重い衝撃が走った。


 数馬さんに蹴られたのだ。


 その蹴りの衝撃が脳内にまで行き渡ったとき、僕の意識は不当な暴力から逃れようとシャットダウンしようとした。


 その直後、数馬さんの下卑た声が頭上から聞こえた。


「さっさと死にさらせ、この何の役にも立たねえクズ野郎」


 そして僕の意識は暗闇の中に落ちていった。

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