第23話

 立川のスライム迷宮から奥多摩まではタクシーを使った。柊の顔は売れてしまって電車は危険だというのもあるうえに奥多摩にいなければいけない身だ。いつものジーンズと黒いパーカーだがマスクと眼鏡で変装して奥多摩に急いだ。

 武装の所持は禁止されているので短刀はギルドに置いてきた。代わりの短刀は奥多摩ギルドにあるものを借りる予定だ。

 1時間半も走れば奥多摩に着く。駐車場は満車だ。かなりの人が集まっているらしい。ギルドの裏口で降ろしてもらった柊は人目につかない様に戸を潜る。ギルド内の喧騒が伝わってきて、柊は緊張してきた。

 ギルドのカウンター内にこっそり忍び込めばギルド長の田中と目があう。


「む、無事にこれたか」


 田中の声にカウンター内にいた職員の目が柊に注がれる。あれがイーター?という囁きが柊の耳に入るがそれはスルーした。


「はい。今日はよろしくお願いします」

「武装は安口さんに渡してある。早業ではなくて申し訳ないが」

「あいえ、短刀なら何でも大丈夫です、たぶん」

「そう言ってもらえると助かる。こっちで安口さんが待ってる」


 田中に誘導され、柊はカウンターから出た。カウンター前には休憩スペース的にテーブルやベンチなどがある。基本的な作りは全国共通にしてあるのでスライム迷宮と変わらない。職員にとっても探索者にとってもその方が都合が良いのだ。

 そのスペースにはカメラを構えた配信者や武装した探索者などがひしめいており、柊は少し顔をひきつらせた。


「イーターが出てきました!」

「武器もなしとか迷宮を舐めすぎじゃね?」

「大遅刻だろ!」

「あれでフラックを倒せんのか?」


 言いたい放題だが柊はこれも聞こえないふりをした。


「ず、ずいぶん人が多いですね」

「まぁ、あれだけ大々的に宣伝すればねぇ」

「その甲斐はあって大掃除ができそうです」

「……詳細は聞いていないが、うまくいった様子だな」 


 田中が安堵のため息をついた瞬間、「柊少年!」という安口の声がギルドに響き渡った。

 安口はいつものパンツスーツ姿だがその上にローブを羽織り、杖も持っている。どう見てもアンバランスだが突っ込むとろくなことにならないと感じた柊は黙っていることにした。柊の服のセンスも似たようなものだ。


「遅れてすみません」

「里奈から連絡は貰っている。おまけもついていたようで災難だったな」


 安口が苦笑する。イヴァンのことだろう。


「余裕でしたので問題はなかったです」

「ふふ、頼もしいな」


 柊が軽く答えれば安口は愉快そうに笑う。彼女は全く心配していなかったようだ。


「今日は私とこの4人を加えて潜ってもらう。彼らは関東でトップを走るパーティで【シャイニング】だ」


 安口が紹介すると、彼女の後ろに控えていた男性4人が前に出てくる。鎧を着こみ、準備は万端の様だ。年齢は柊よりも上だが30には届いていないだろう。

 【シャイニング】は埼玉の大宮迷宮をホームとしている6人パーティだが、今回柊と共に潜るのは4人で、リーダーの甲斐がロード、侍にビショップと盗賊という上級職パーティだ。ここにいないふたりは女性で侍とビショップだとか。一緒に奥多摩には来ているらしいがどこかで見ているのだろう。

 4人は揃って柊のことを胡乱な目で見ている。スライムイーターが特殊なフロアボスと戦っていると聞かされているが信用はできないのだ。


「3階までは彼らが露払いをする予定だ」

「あ、そうなんですね。よろしくお願いします」


 柊が丁寧に頭を下げる。パーティーを組むなど初めてのことだ。


「ちなみに魔法使いは私が担当だ」


 安口が胸を張る。シャイニングの面々は苦笑いだ。上役が現場に出るとろくなことがない上に何かあるとギルド運営に問題が生じる。「彼らは、もしかして安口さんの護衛なんじゃ?」と柊が言い淀んでいると安口の眉間にしわが寄る。


「なんだ、おばさんじゃ戦力にならないかい?」

「イエメッソウモアリマセン!」


 柊が直立不動で応えると、シャイニングの面々は小さく笑った。柊は短刀2本を受け取り、配信者のカメラが向く中、シャイニングを先頭に迷宮に入る。

 安口が巻物を取り出し「ロミルワ増光」と唱えると明かりが浮かぶ。


「さて行こうか」


 安口の合図で一行は歩き始める。

 1階2階でエンカウントしたモンスターははシャイニングの面々が蹴散らした。3階に入ると顔つきに緊張感が見え、歩みも慎重になる。オーガの群れに対しては安口も魔法で援護していた。


「ここから先は4階だ、柊君が先導してくれ」


 安口に言われ、柊が前を歩く。柊としては周囲の気配を感じるべく慎重なつもりなのだがその歩みが速い。安口は一度柊と奥多摩迷宮に潜っているので違和感はないがシャイニングの面々は違う。散歩のように気楽そうに進む柊に困惑気味だ。

 階段までの最短距離を進む一行はガスドラゴンの集団とエンカウントした。


マダルト凍結!」


 柊が唱えた冷気の呪文がガスドラゴンを襲う。冷気の嵐が去った後、ガスドラゴンはは全て倒れていた。戦闘態勢に入っていたシャイニングの4人は瞬殺に唖然とした顔になる。


マダルト凍結一発かよ」


 リーダーの甲斐がぼやいた。死体はすぐに迷宮に吸収され、金貨と剣2本が残されていた。安口の指示でビショップが拾い鑑定をする。


「まっぷたつの剣です」

「おお、4階で出るとはがいい」


 甲斐は嬉しそうだ。この探索におけるドロップアイテムは全てシャイニングがもらう契約になっている。運がいいのは柊のLKが20もあるからだが、彼らはそれを知らないし柊も気にはしない。どうせ装備はできないのだから。


金貨が残るんですよね」

「スライム迷宮は特殊だからな。あそこは、でいいんだ」


 不満の言葉を履いた柊に、安口が慰めの言葉をよこす。

 一行は再び進み始めた。

 5階に辿り着くまでに4回の戦闘があり、モンスターが多ければ呪文で、少なければ柊が斬り倒した。それぞれドロップアイテムがあり、武具の他に指輪もあった。アイテムをすべて貰えるシャイニングの足取りは軽い。

 このころには柊を疑問視する者はいなかった。現金なものだ。

 5階に入っても柊の快進撃は続く。階に降りるまでに5階の戦闘があったが、5階層のモンスターとの戦いの経験を増やしたいシャイニングも加わり、危なげなくこなしていった。

 彼らとしても柊という絶対的な存在がいる中で比較的安全にモンスターの動きなどを知ることができるまたとない機会でもある。トップパーティーは謙虚でもあった。

 6階に入ると迷宮の様相が変わり、石造りの壁になり、空気に腐敗臭が混ざるようになった。


「ゾンビとか増えましたね」

「臭いがきついわね」

「消臭剤でもぶちまけたい」


 面々はやはり臭いが気になるようで、それは柊も一緒だ。さっさと終わらせて帰りたいと思い始めていた。


「モンスター、きます!」

「ゴーゴンが3体!」

「ブレスに気をつけろ!」


 エンカウントしたのは神話に出てくる牛の魔物ゴーゴンで石化ブレスを吐くモンスターだ。


マニフォ麻痺


 どの戦闘でも一番先に行動できるのは柊だ。即座にマニフォ麻痺の呪文を唱えゴーゴンを無力化する。柊の超越したIQをもって唱える呪文に抗えるモンスターはいない。


「今のうちに!」

「「「イエスマム!」」」


 安口の指示にシャイニングの動きも迅速だ。麻痺で動けないゴーゴンの首に剣を突き立て息の根を止める。流れるような一連の動作はもはや作業だ。そして必ずドロップアイテムがある。


「ちっそくの指輪と沈黙の杖ですね」

「柊君と潜るだけでぼろぼろアイテムが出てくるのもスライムイーターの特殊性かもしれないわね」


 安口もやや呆れ顔だ。最初はレアアイテムを手入れることに興奮したが戦闘のたびに出てくるのでは持ち運びも大変だ。シャイニングの4人はもちろん安口も柊もドロップアイテムを持ち運んでいる。嬉しい悲鳴と誤算だった。

 ゾンビの群れを焼き尽くし、ナイトストーカーの集団を斬り裂き、一行は進む。マッピングは後回しとしたが何度も行き止まりに阻まれ、ようやくボス部屋前の扉に辿り着いた。人工的な石造りの壁が無骨さと不気味さを掻き立てる。

 ボス戦の緊張からか顔を強張らせるシャイニングをよそに安口はハンディカメラを用意している。


「安口姐さん、よく落ち着いていられますね」


 甲斐が安口に声をかけた。やや震えているのは仕方がないだろう。彼らの実力からするとフラックは格上なのだ。


「私はオーガロードで味わったからね」

「そうでしたね。しかし、ここにつくまで無傷とは、信じられない」


 甲斐は柊を見た。柊はのん気にストレッチをしているが、その顔に緊張はない。ただ、今までの戦闘を見れば、甲斐もわかる気がした。柊は圧倒的な力でモンスターをねじ伏せてきたのだ。


「まず柊君はフラックのステータスの確認。シャイニングは状況次第だけど周りのモンスターの排除だ」


 安口が動きん確認をする。今回でフラックのステータスや戦闘方法などを記録できれば他の迷宮で挑む際の参考になる。これまでは余裕などなく記録などできなかったが柊の存在が可能にした。

 柊が部屋の扉に手をかける。


「行きます」


 柊は扉を開けた。

 扉の先は体育館ほどの空間があり、その中央には小さな人型のモンスターが木の粗末な椅子に座っていた。緑の帽子をかぶったピエロ。その顔は鷲鼻でトランプのジョーカーそのもの。武器は柄の長い大きな鎌でその姿は死神を彷彿とさせる。

 小さな体だが不気味さと存在感は大きい。


「あれがフラック……」


 誰かが呟いた。

 柊は無造作に前に出てラテュマピック識別を唱える。


フラック

HP 200

ST 150

IQ 300

PI 125

VT 50

AG 300

LK 10


 柊が読み上げる様を安口はカメラで記録する。


「強い!」

「マジか!」

「死にたくなかったら動け!」


 シャイニングの4人の内、甲斐と侍が前に出てビショップと盗賊は安口の前に陣取った。


マポーフィック大盾


 ビショップが防御を高めるの呪文を唱えるとフラックが立ち上がった。大鎌を頭上に掲げ、名状し難い声を上げた。


「召喚だ。各自注意!」


 安口から檄が飛ぶ。

 フラックの周りの床が不気味に明滅し、鎧を着た武者8人がせりあがってくる。当世具足に槍を携えた武将だ。


「マイナーダイミョウ? いや違うな」


 安口が記憶を探るが一致しない。思考の隙に柊が動いた。


ラダルト氷嵐


 オーガロードをも凍結させたラダルト氷嵐が出現したばかりの武者を襲う。ブリザードに耐えた武者もいたが甲斐と侍に斬られ、安口の唱えたマハリト大炎で燃やされた。

 召喚したモンスターを駆逐され怒りの表情を浮かべるピエロに、柊が突貫した。振られる大鎌を短刀でいなし、フラックに肉薄する。

 フラックが息を大きく吸い柊に向けて口を開けると吹雪が巻き起こる。氷のブレスだ。

 だが柊は吹雪に突入しフラックの眼前に出る。

 短刀を一閃。フラックの首が飛んだ。

 ブレスが晴れた後には、床に転がるピエロと貌に霜がついた柊の姿があった。


「フラックが敵にならないとはな」


 カメラを構えている安口が呆れ口調でぼやいた。ドロップ品は剣、鎧、盾、小手、兜だった。

 ビショップが鑑定している横で甲斐が安口に話しかけている。


「通常の倍はありますね」

「出るのはありがたいが、多すぎるな」


 もはや持ち歩くのにも限界だった。7階を探索もしたかったがそれは無理の様だ。


「カシナートの剣と防具が悪のシリーズで小手が銀の小手でした。本当に貰っても良いので?」

「短刀が出れば別だったが柊君には不要な装備だからな」

「ありがたく使わせていただきます。ホームの大宮迷宮の5階攻略も捗ります」

「生存を第一に頼むぞ」

「承知してます。俺たちも死にたくはないですからね」


 そんなふたりの話をよそに、柊は7階への階段を覗いていた。下は6階と同じような石造りだった。鼻につく腐敗臭もあり、聞いた話ではアンデットこそが主だと思い出して柊はうんざりとした顔になる。


「よし、地上に戻ろうか」


 荷物のまとめを終えたのか安口が声を張り上げた。柊も皆のところに戻るが、来た行程を歩くのは面倒だと感じ始めた。服の臭いも気になりさっさと帰りたかった。


「呪文で帰りましょう」


 無意識に言葉に出していた。

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